番外編1話 大人達の思惑
半ば無理やり鏡華を家へ送っていった後、きららは巻波支部へと戻り地下1階のとある部屋へと向かっていった。
彼女の向かう先は、10数人分が囲んで座れる机とそれ相応の数の椅子が用意された、本来は主に会議で使われる大部屋である『ミーティングルーム』。
普段は専用のカードキーによってオートロックで閉じられているその扉だが、カードキーを通す端末には現在緑色のランプが点灯しておりそれは扉の鍵が開いている証だった。
自動扉の為、近づくだけで開いたその扉を抜けて中を見渡したきららの視界には、既に3人の人間が適当に間隔を空けて席についている光景が映っていた。
「あら、もしかしなくても私が最後みたい?」
大部屋にはあまりに分相応といえる程に少ない人数だが、きららの口ぶりからはその場に必要な人員が既に揃っていることを伺わせる。
きららが適当な椅子を引いて座ると、別の席に座っている一人の初老の人間――RWG巻波支部所長である中管次の声が広い空間に重く響いた。
「それじゃ、始めようか。――竜胆鏡夜君、彼……いや今は彼女だったかな。彼女の処遇についての話を、ね」
「そんな勿体ぶった言い方しなくても、予め私が提案しておいた方法で良いかどうかってだけの話でしょう?『護衛一人つけて自由にさせる』って言う奴。はい反対意見のある人ー?」
提示された議題にそぐわない軽い口調で軽く手を挙げてひらひらと動かすきららに対し、席に座る一人であるRWG巻波支部医療部門長、煤達進が若干呆れた様子で言う。
「いやまぁ俺としては別に構わないんだけどさぁ……本部はどうなんだよ本部はよぉ」
「どーせ本部の事だ、巻波支部に任せるとかそんなとこだろ。なぁ所長?」
「そりゃさすがに適当すぎるだろ……」
進に答えるのは、赤みがかった茶髪を無造作に伸ばしている一人の女性だ。
座る椅子をぶらぶら揺らしながらなんて事無いかの様に言い切る彼女に進はげんなりとするが、一方所長はというと顔色一つ変えずに淡々とした口調で告げる。
「そうだね、既に本部から回答は貰っているけど早い話が『定期報告要ではあるがそれ以外は基本的に巻波支部の采配に一任する』との事だ」
「マジかよ、マジかよ……」
「ほらな?あそこ、ってかRWGはそういうとこなんだよ、これでよく組織が回るもんだとたまに思うけどな」
「気持ちは分かるけど進君もそろそろここに慣れた方がいいわよー?」
脱力して机に顔を突っ伏す進に、そら見たことかと言わんばかりに笑みを浮かべる女性二人。
「でも向こうも考え無しって訳じゃないのよ。今回も、もし鏡ちゃんを自由にする事で大鎌の男――『ネームレス』が何らかのアクションを見せるならそれが奴への足がかりに繋がるかもしれないし、別に危険性を考えて軟禁とかするにしてもそれはそれで現状維持にはなるのよね」
「成る程、有体に言えばあいつの命を掛け金にするかどうかって話だからこっちに選択権を与えたって事か。ある意味えぐいやり方しやがる」
きららの補足を聞いて理解はしたものの、釈然としない様子でそう吐き捨てる進。
「掛け金、ね。それを言われちゃうと提案者としてはちょっと耳が痛いけど……でも正直そういう思惑も否定しないわ。さすがにもうそろそろネームレスにちょっかいかけられるのはうんざりだしね」
ネームレス。
鏡華の会った大鎌の男は、無用な混乱を防ぐ為一般職員にはその存在すら隠匿されているが、真実を知るRWGの上層部からはそんなコードネームで呼ばれていた。
正体不明、所属不明。セイバーを所持している、つまりブレイカーである事は確かだがその能力も依然すら不明。その得体の知れなさ故の名無し。
約1年ほど前から姿を見せる様になった彼は、巻波支部だけでなくRWG全体にとっての目の上のたんこぶの様な存在であった。
RWGのあちこちの支部に何の前触れも無く姿を現しては鏡華の時の様にRWG所属のブレイカーを強襲したり、また姿を見せるだけ見せて何もせずに帰っていったりとその行動原理は不明かつ不規則だが、実際に被害は出ており彼に殺されたブレイカーまでいる程だ。
そのネームレスが今回初めて、今までの行動とは別の行動を見せた。
それは人一人の性別を変えるという相も変わらず、いや今まで以上に意味不明なものではあったが、しかし前例の無いそれに何も意味が無いとは思えない。
更に鏡華がセイバーを出せなくなったのも彼女が女性になってから、つまりネームレスと接触してからでありもしこれも彼が意図的に行った事なのだとすれば胡散臭さは更に倍だ。
故に、次にネームレスが何か仕掛けてくるなら鏡華に対してである可能性が高く、それならば軟禁する等して仕掛けにくい状況を作るよりも自由にして、つまり囮にする事で向こうを誘き出す事が出来れば何かの手がかりを、あわよくば捕縛にまで持っていければベスト。と言うのが一つの、『RWG副所長兼技術部門長』としての理由だ。
「それに……言い訳じみて聞こえるかもしれないけど今のあの子をあまり雁字搦めにしたくないのよ。ほら進君、貴方医者ならそういうのも分かるんじゃないの?」
「……まぁな、性別が変わった人間なんて前例が無いから憶測でしか語れないが、肉体もある種の環境の一種として考えるならば急激な環境の変化というのは人間の精神に多大なストレスを与えかねない。それが本人の望まない物なら尚更だ。だから俺もアンタの提案に反対はしなかった、あいつにこれ以上のストレスを与えるのはここの専属医師としては看過できないからな」
女になってからの鏡華はたまに思いつめた表情をしていた。また、女性という性別のせいか性別が変わったせいで溜まったストレスが原因かは分からないが今の彼女は以前よりも情緒が不安定になっている様に、きららには見える。
だからこれ以上彼女の精神に下手な負荷をかけるのは極力避けたい、というのがもう一つの理由。鏡華、いや『鏡夜の親』としての理由だった。
「とは言えね、危険な目には合わせたくないとも当然思っている。だからこそ折衷案として護衛を一人、鏡ちゃんの傍につけて置くわけだけど……本当に良いの、美羽?」
呼びかけながらきららが見るのはこの部屋に居ながら唯一RWG巻波支部の上役で無い茶髪の女性。
危険があるかも知れないのだと言外に言うきららの視線を受けて尚、美羽と呼ばれた彼女は不敵に笑う。
「むしろ大歓迎だ。うちのガキは――鶴来はまぁそこそこ気骨はあるんだが命張る機会に恵まれなかったからなぁ。男ってのは1度や2度ぐらいそういう事経験しといた方が箔がつくんだよ」
今回鏡華の護衛に就くのはあくまでも美羽では無く、彼女の息子である赤金鶴来。
そう、美羽の本名は『赤金美羽』。巻波支部所属の臨時職員であり自称鏡夜のライバルである赤金鶴来の実の母だ。ちなみに彼女、かつては巻波支部所属の優秀なブレイカーとして第1線で働いていたが現在は主婦業の為に退職している。しかしブレイカーとしての実力は健在であり、たまに仕事に駆り出される為今でも臨時職員として籍を置いてあるのだ。
「相変わらずの脳筋主義ねぇ……というか人が危険な目に合わせたくないって言ってんのにそんな物騒な事言わないの」
「『拳は口より物を言う』ってのがうちの家訓だからな。しかしそういうお前も何か企んでるんだろ?ネームレスの実力を鑑みる限りもしあいつが直接仕掛けて来たらまぁ間違いなく鶴来は勝てねぇ。やばいと思ったらさっさと逃げろと再三教えてあるしそれぐらいは出来る様に仕込んでいるつもりではあるんだが、だからと言って護衛させるなら普通もう少し適切っつうか実力も経験も豊富な奴を使うべきじゃねぇのか?それでもアイツを選んだって事はどうせ変なこと考えてんだろ」
「あ、ばれた?美羽って意外と目聡いわよねぇ」
きららと美羽は十数年来の友人、というか腐れ縁の様な関係だ。
そのせいかあっさりと自分の考えがばれた事にきららは可愛らしくちろっと舌を出してみせた。
「その動作はさすがに無いわ、歳考えろよ歳をよ」
「何を17歳よ文句ある!?――分かったわばれちゃしょうがないわね教えてあげる、ぶっちゃけネームレスとかストレスがどうとかなんて殆ど建前でしかないのnot重要!大きさで言うとこれっぽっち!」
美羽の冷めた突っ込みを逆にテンションを上げて対抗しながら、きららは人差し指と親指でCの形を作って『これっぽっち』を表現した。
そのテンションについてこれず頭を抱え始めた進を気にも留めずきららは大げさな身振りで語る。ちなみに相変わらず管次の表情は変わらなかった。
「そうよ本当に重要なのは鏡ちゃんと同い年って所なの、あの子はもう少し友達づきあいというのを覚えるべきなの!義務教育課程は通信教育で全て済ませちゃったから学校なんて行ったこと無いし休みの日は何やってるかって言えば菓子作ってるか自主トレかとかそんなんばっかでお一人生活満喫しまくってるし18過ぎたら即正規職員になるーとか確実に仕事人間ルートじゃない!このままじゃせっかくの青春が進君の髪の様に渇いた灰色になってしまうわ!」
「まぁそりゃ言えてるかもな、なんせぼっちな青春過ごしてきたお前がごらんの有様なんだし」
「ぼっちとか言うんじゃないわよ!あと私は現在進行形で青春中ですー!」
「ていうか何で俺がディスられてるんだ……」
きららと美羽が言い合う中、さり気なく馬鹿にされた進が呆れた様子を見せる。
しかし、コホン。と管次の別段大きくも無い咳の音一つでその他全員の声がいきなり静まった。
「ま、まぁこの際進君の髪の話は置いといて」
「おい。いやまぁ別にいいんだけどさ……」
「私だって鶴来君だけじゃさすがに不安だからね、私も出張あるけど出来る限り合間縫って様子を見に戻ったりする気だし、巻波一のエースである貴方の夫――翔冶さんも今本部に出向中だけど近々こっちに戻す予定だし。ねぇ支部長?」
「え、マジで?」
巻波支部一番の使い手と評されるブレイカーにして、現在その実力を買われて本部に出向中である鶴来の父親にして美羽の夫。
その彼、赤金翔冶が近々戻ってくる事をきららの口から聞かされた美羽は思わず驚きの表情を見せた。
そんな美羽に、きららから話を振られた支部長が説明を付け加える。
「ああ、ネームレスが関わってるなら備えるに越した事は無いからね。既に先程の報告と併せて本部からの許可も貰っているよ、向こうの都合もあるし細かい日取りなんかはこれから詰めていく感じだけど」
「よっしゃ、帰ってきたら久々に戦り合ってみるか!」
「はぁ、よくあんた等それで夫婦生活長続きするわよねぇ……いや、だからこそなのかしら?」
物騒極まりない美羽の言に、きららは呆れ混じりのため息をつきながら言った。
それを合図にするかの様に、管次は手を叩いてその場に居た皆の注目を集めるとすぐに話の纏めに入る。
「それじゃあ話も纏まった事だし、これで解散という事にしようか。進君は通常業務に、きらら君はこの後明日からの出張についての話があるから後で所長室に来てくれ。美羽君も、職員じゃ無いのに時間をとらせてしまいすまなかったね。短時間だけど今日の分の給料は口座に入れておくから」
「あたしとしちゃ別にいいんだけどな、どうせ暇な身だし。まぁ貰えるもんは貰っておくが」
「むしろ俺は特別手当貰いてぇよ、何だってこんな短い話し合い一つでこんなに疲れなきゃいけないんだ……」
「まだまだ若いのに苦労してるわねぇ進君、そんなんじゃただでさえ色抜けてるその髪が真っ白になっちゃうわよ?」
「大体アンタのせいだけどな!というか俺の髪に何か恨みでもあるのか!?」
「あ、そうそうもう言ったかもしれないけど、ここにいる4人以外には鏡ちゃんの中身が鏡ちゃんだって事を教えてないから言わないであげてね?ネームレスの件もあるけど、どっちかって言うと本人たっての希望でねぇ。どうしても鶴来君には知られたくないんだって」
「はいはい、ったくしょうがない奴だな……」
「あいつも大概強情っぱりだよなぁ。ま、あたし的にはそういうのも嫌いじゃあないがな」
管次以外の皆は雑談しながらさっさと部屋を出て行くと、それぞれの行くべき所へ戻っていった。
そして最後に明かりを消して扉、管次も皆と同じ様に廊下へと歩き出した。
一方、竜胆家。
「……くしゅ!こ、胡椒が鼻に……」
自分の預かり知らぬ所で自分の行く末を語り合う大人達の思惑もつゆ知らず、渦中の元少年である少女は可愛らしいくしゃみをしながら夕食の準備に勤しむのだった。
【今日の戯言コーナー】
主人公が殆ど出ない回なので番外編と命打ち1話とナンバリングしてはいるものの果たして2話以降があるのかどうかは管轄外だそうで。




