第60話 俺の妹は、実は凄いのかもしれない。
おっさんに相談を終えた後、俺は真っ直ぐ家に帰ってきていた。
玄関には一足の学生靴が揃えられており、リビングの灯りが煌々とついている。
……予想はできていた。
俺が被害者ということは、水瀬もまた被害者であることに変わりない。
水瀬の友人である彼女が、ここにいても何も不思議ではなかった。
一体、何を言われるか。
だって今回で、二度目だ。
彼女に迷惑をかけるのは……。
そしてまた、再び彼女に頼ろうとしている。
そう考えるだけでも、自然と足取りが重くなる。
親しい仲とはいえ、それなりに思う部分は俺にだってある。
それでも、そうだとしても、今は前に進むしかないのだ。
たとえ、罪悪感に苛まれようとも……。
「……よし。行くか」
一歩、また一歩と足を踏み出して、俺はリビングへと入って行く。
まず初めに視界に入ったのは、ソファーに仰向けで寝っ転がりながら少女漫画を読んでいる彼女——————岬守美彩の姿だった。
制服はソファーに掛けられており、代わりに俺のTシャツと短パンを着ていた。
ヘソを出してゲラゲラと笑っている彼女の姿を見ていると、緊張感など一切感じられなかった。
もしかして、水瀬から話を聞いていなくて、まだ知らなかったりするのか……?
いや、そんなことはないはずだ。
だとすれば、この違和感の正体は一体……。
てか、なんで俺の服着てるんだよ。
「……ただいま」
恐る恐る、様子を伺うように美彩に挨拶をする。
それから間も無くして、返事が戻ってきた。
「おっかえり〜」
「……」
「……」
……何というか、拍子抜けだ。
一瞥をくれることなく、美彩は少女漫画を読みながらヘソで俺の挨拶に応じた。
いつも通りすぎて、つい事案があったことを忘れてしまいそうになる。
俺の方から、話を振ってこいってことなのだろうか。
まあ、美彩の友達を巻き込んだのは事実だし、それが道理か……。
咳払いをしてから、俺は再び彼女に話しかける。
「そ、その、なんだ。水瀬さんから何か話って聞いてるか……?」
「んー? いや、何も聞いてないけど?」
「そ、そうか! なら良いんだ……」
踵を返して、自室へと向かう。
違和感の正体は、これだったのかもしれない。
自分の中で美彩は知っているものだと勝手に決めつけていた。
これも全て、あのおっさんが変なことを言うからだ。
「今回のキーは岬守美彩だ」って——————
「——————水無川さんの口からは聞いてないよー」
そう言ってから、美彩は「これは絶対にありえないだろ」と口にしながら鼻で笑った。
俺の足取りが、ピタリと止まる。
違和感の芽が、再び顔を覗かせる。
そして俺は、再び彼女の元に戻って口を開いた。
「……お前、やっぱり、知ってるのか?」
「まあね〜。美彩ちゃんは何でも知ってるんだよ〜ん」
「……なら、変なおっさんのことも、知ってるか?」
美彩の、パラパラとめくっていたページを送る手がピタリと止まった。
俺と彼女の間に、奇妙な時間が生まれる。
それから彼女は、両足を揃えたまま天井に向かって思いっきり蹴り上げ、その反動を使って身体を一気に起こした。
「知ってる変なおっさんは沢山いるんだけど、ひょっとして上下灰色のスウェットを着てるおっさんのことかな?」
「あぁ、多分その人のことだわ」
やっぱり、あのおっさんのことを知っているらしい。
というか、それよりも……。
「てか、お前の知り合いに変なおっさんどんだけいるんだよ。マジで気をつけろよ」
「あー違う違う、そういう意味じゃなくてな? 知ってるって話だったら、通りすがりの見覚えのある変なおっさんも数に入るでしょ? つまり、知ってる変なおっさんは沢山いるってこと!」
「完全な屁理屈だな」
「屁理屈ではない。なぜなら、我は間違えたことを言っていないのだからな!」
前髪をかきあげ、決めポーズを取る美彩。
まあ、美彩がそう言うのであればそれでいいや。
これ以上続けても、話が一向に前に進みそうにないからな。
そして俺は、彼女の後に続いて言葉を放った。
「やっぱり知ってたんだな。今日お前と知り合いなんだって聞いたんだよ」
「外道先生は本当におしゃべりだなー。そんなことをわざわざ言う必要ないのにねー」
あの人、外道先生って言うんだ。初めて知ったわ。
だから職員の人も外道って言っていたのか。
てっきり、あの軽薄そうなおっさんの蔑称なのかと……。
「でも、そっか。お兄ちゃんは、出会っちゃったんだね……」
美彩の表情を見て、俺は思わず言葉を失った。
その表情は、なぜか悲しみと後悔に満ちていたから……。
気がつけば俺は、彼女に問うていた。
「……美彩? どうした、大丈夫か?」
「え? あぁ、うん! 大丈夫、大丈夫!」
「そうか? それなら良いんだけど……」
「それより! 外道先生とは何を話したのかな? この妹ちゃんに教えておくれよ」
「分かった」
それだけ返事して、俺は包み隠すことなく外道先生に話した内容をそのまま美彩に伝えた。
そして、今回のキーは美彩だってことも——————
一通り伝え終えると、彼女は顎に手を添えて何かを考え始める。
対策、でも考えているのだろうか。
それから数分も経たずにして、彼女は悠然とした態度で言葉を口にした。
「なるほどね、多分分かったよ。外道先生の意図と今回の答えもね」
「マジかよ……。当事者の俺が全く分からないっていうのに……」
「しょうがないよ。お兄ちゃんは、まだ情報を持ってないんだから。それに、今回は当事者であればあるほど、その本性に気が付きにくい」
「それって、どういう……」
「言ったところで、多分信じられないと思うよ? あと外道先生に言われたと思うけど、それに至るまでのプロセスが紐付かない。要するに断定するだけの根拠がないんだよねー」
「確かに言われたわ……。ということは、あとは答えに至るまでの過程となる情報を集めるしかないのか」
「そうだねー。でも、次の展開は簡単に予想できるよ」
「…………ん? 聞き間違いじゃないよな。お前、今なんて言った?」
「ん? 次の展開は簡単に予想できるよって言ったんだけど?」
「……お前、実は凄いヤツだったんだな」
「えっへん!」
両手を腰に当てて、胸を張る美彩。
これで本当に彼女の言う通りになれば、冗談抜きで俺が思う以上に凄いヤツなのかもしれない。
そして彼女は、置いていた少女漫画を手に取り、どこかの名探偵のように少女漫画を指差し代わりに使って言葉を綴った。
「よく聞きなさい、ワトソン君。次に動くのは——————」
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