745:ダンジョンで投網を
今日も気持ちよく肌寒い朝を迎える。もう少ししたらスノーオウルの枕のサンプルが手に入るらしい。どのような形で作るかまでは解らないが届いたらまず早速使ってみないといけないな。ダーククロウの枕との違いを自らの肌で感じて比べることは重要だろう。
いつもの朝食、そして適当な昼食を作り弁当とする。今日は手抜き食の内の一つ、馬肉の生姜焼きだ。何度か試したところ、馬肉でも中々に美味しい生姜焼きが作れる事が解った。疲れそうな時は馬肉、ただ胃袋を満たすためだけならウルフ肉、と使い分けている。今日はどっちかわからないので馬肉で作った。どっちも在庫はあるし、在庫が無くなったら気軽に取りに行けるのでどんどん消費して無くなったらまた取りに行こう。
カニうま島に初めて足を踏み入れて、四十二層へ行き帰ってきて二週間たった。あれから三回ほどカニの身を大量に仕入れるために芽生さんとカニうま島に訪れた。もちろん、エレベーターで四十二層に到着したすぐのタイミングで仮置きのテントの中にいつものレターセットと水分は入れた。小西ダンジョンは出来るだけみんなが楽に対話や情報が得られるためにと誰かが机と椅子を置いている、という噂は他のダンジョンでも広まっているらしい。
レターセットと水分については俺が毎回設置している、という事情を知っているのは小西ダンジョンBランク三パーティーと小寺さん達、相沢君達、そして田中君、という所か。わざわざそれを広める理由も無く、自分たちも便利に情報収集に使っているだろうから細かい所に突っ込むのは野暮といった感じである。
さて、カニうま島だがざっくり言ってカニよりポーションが美味かった、というのが最初に出る感想だ。カニの身やカニミソはまだ査定にかけることが出来ないので倉庫に溜まりっぱなしだが、そこそこ気楽に狩れるカニ。雷切の出力を可能な限り大きくしないといけないが、それさえあれば相手にすることは苦ではないリザードマン。そしてツンドラマップよりも高い確率で落ちるキュアポーション。
魔結晶も一粒で一層から四十二層まで一気に燃料充填が出来るというとても分かりやすい事になっている。狙って作ったわけではないのだろうが、なんともうれしい偶然である。ひたすら狩りに興じて昼食にカニを茹でたり生のままいってみたり、色々味付けを試したり茹で時間を変更したりカニしゃぶをしたりとカニ料理に舌鼓を打ちながらなので、探索というよりもピクニック感のほうが強かった。潮風にお肌がやられる、という訳でもないのでしいて強敵を挙げれば砂浜の砂だろうか。こいつは中々に厄介で靴の隙間から入ってきては足の踏ん張りを邪魔してくる。
そしてこの砂だが、調べてもらったところ何処の砂浜とも違う、という結果が返ってきた。日本各地の砂浜をいくつかピックアップして成分分析をかけたがどことも違う砂らしい。そして、平均的な砂というものに対してわずかながら金銀が多めに含まれているらしい。ただ、ここから貴金属を抽出して純金純銀としていくにはコストがかかりすぎて今のところ採算には見合わないということも解ったそうだ。
ここからわかるのは、異世界にもこちらの世界と同じ成分が含まれている、ということだ。異世界にも金銀はある。これだけでも充分な収穫だと個人レインで興奮気味に真中長官が長々とウザトークを送ってきていた。ちゃんと既読は付けておいたが返事はしていない。多分返事をつけると長くなるだろうという俺の長年の勘がそう告げていた。
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四十二層から帰ってきた後ギルマスと相談していた探索者ランクの件だが、どうやら俺たち側から出した案が採用されたらしく、Bランクの上にB+ランクが新たに増設され、Cランク探索者とBランク探索者の探索者ランクの上昇基準が明確にされた。
Cランク探索者は九層十層の素材、つまりジャイアントアントの素材を査定にかけた経験がある事とギルド税百万円納付の実績、Bランク探索者はダンジョンハイエナのドロップ品である所のヒールポーションランク3の査定経験に加えて五百万円以上の納付実績がある場合に、Cランクは試験の後、Bランクは書類のみでの達成となった。
新しく作られたB+ランクの昇級基準は明確にされていないため、これでまた別の疑問を呼んだことになるが、それでも探索者の意見としてはCランクBランクの基準が明確になったことで二十二層以降へと深く潜ることが出来る権限を得たことになる。
また、同時に各ダンジョン一律で制限されていた二十一層までの探索区域を三十層までは自由に、それ以降はB+ランクの探索者でないと探索不可能という風に区切った。三十層までにした理由はボスぐらい自由にみられるようにしてあげても良いんじゃない? というギルド側の判断だったらしい。
セーフエリアで区切らない中途半端な場所までなのだが、それを言うとDランクの探索可能基準になっている十層というのも中途半端な基準と言えるので細かい事を気にするのは止めた。
いずれにせよ、今まで表に出てこなかった昇級基準というものを僅かばかりでも緩和して探索者の意見を聞いて、完全に希望の通りとはいかなくとも、かなり譲歩したラインを引き出すことが出来たのではないかと推察している。
今までダンジョンマスターの存在の認知で区切られていたBランク探索者への道が急激に門戸開放となったことで、CランクからBランクへ昇級するパーティーがあちこちに誕生する事になる。ギルドの混雑を解消するため、BランクからB+ランクへの更新が優先される事になった。
Bランク探索者は全国でも十数パーティーしかいないため比較的スムーズに行われたが、Bランク探索者証に”+”と書かれた印鑑を表面にポンと押されるだけの更新だったため、これで本当に大丈夫なのかと不安になったが、元々Bランクの人たちは何処までも潜れる仕様になっているので表現上この形で問題ないとのこと。
ただ新しくBランクになった人たちは三十層までの制限が付くのでちゃんと作り直す、という形になったようだ。結構合理的だった。
ギルドはCランクからBランクへの更新だけでなく、Cランク試験の新規受験者も増えたため対応に追われることとなった。とくにCランク試験については条件を満たしていたにもかかわらず今まで受験の事を知らずに探索していた探索者も多数いたため、一気に試験が混雑しあまりの人の多さに同時受験者が多発した。おかげで免許更新から一週間の間にCランク試験を受けた探索者は同時に試験を受けた受験者の多さからイージーモードでの試験だった、と言われるほどである。
小西ダンジョンでもCランクからBランクへの昇級は行われ、小寺さん達や相沢君達、顔を見知ったパーティーは軒並みBランクへの昇級となった。お祝いに二十一層でBランク祝いでどんちゃん騒いでいたらしい。知っていたら差し入れぐらいしたものだが、出会ったのが帰り道で、酒の飲み過ぎでフラッフラになった小寺パーティーだったので残念ながら参加することが出来なかった。
何で酒抜いてから出てこなかったんだろうと思うのは俺だけだっただろうか。それとも、飲み過ぎでその判断すらつかなかったのだろうか。ともあれ、酒はやはり飲まないでおこうと心に決めるのであった。
Bランク探索者が増えたことでBランク帯の情報もCランク探索者に降りていくようになり、表立って言えない秘密は俺の【保管庫】の話とダンジョンマスターの存在だけになった。
そもそも小西ダンジョン限定で言えば、俺が査定にかけている品物が二十二層以降の物であることが内輪で知られているためにある程度のBランク帯の情報は公然の秘密であったのだが、Cランク探索者にも情報が行き渡るにつれてその情報の制限もかなり緩くなった。
掲示板では主に二十四層のクイーンスパイダーの人気がやはり高く、今日のクイーンスパイダーなどと言って動画を撮影し、戻ってきては動画を上げるといった定点観測も流行っているらしい。何処のダンジョンにもクイーンスパイダーは居るらしいのでクイーンスパイダーの周囲のダンジョンスパイダーの密度や、クイーンスパイダーから新しくダンジョンスパイダーが増える瞬間の撮影に成功した動画が再生数を稼いでいた。
ただ、二十五層以降の情報が一気に少なくなり、二十五層のカメレオンダンジョンリザードが肉眼では見づらいなどの情報を仕入れずに突入したパーティーが怪我人を出して帰ってくるなど、やはり新規の階層に挑むには多少の壁があるようだ。みんな通る道は同じか。
結衣さん達もBランク探索者であったためB+ランクに自動的に上がった。なぜ上がったのかを不思議そうにしていた。ギルマスから直接説明を受ける形で俺と一緒に機密情報のランクで分けている事と、今までと同じことやってて構わない事を伝えると、給料据え置きで肩書だけ上がったようであまりいい気分はしないと言っていた。確かに言う通りではあるな。
結局Aランクは不動の地位として置いておくことにして、ダンジョンを制覇したパーティーにだけ付ける名誉ランクだということは動かさないようにするらしい。何故かはわからないが、Sランクというものは作りたくないというダンジョン庁の意思があるらしい。
たしかに金融機関や国債の格付けなんかを考えると、Aの上はAAだったりA+だったりするし、Sランクという肩書は日本特有の物らしかった。もしくは真中長官がSランクという表記はあまりにも創作過ぎるとして避けているのかもしれない。
さて、今日も一人で探索だ。ここのところは日課目標である一人でスノーオウル狩れるもん! をスローガンにしてダンジョンへ潜る毎日だ。今のところ怪我も無く事故も無く、毎日ちょっとずつではあるがスノーオウルの羽根を集めることに成功している。もちろん、朝の行きと夕方の帰りには茂君に欠かさず会いに行っている。
おかげでこの二週間で二十キログラム近いダーククロウの羽根と二キログラムのスノーオウルの羽根を得ることが出来た。サンプルを届けに行くときについでにまとめて納品しようと思っている。一気に二十キログラムを納品した事はないので、羊羹の代わりに何かが来るのか、それとも羊羹が倍の量出てくるのかは気になる所だ。
最近は悩み事が無くいわゆる思考停止状態で探索を行っているため、潮干狩りの機会がない。悩みが無いということは基本的に良い事ではある。しかし、俺のアイデンティティである潮干狩りをしなくなったら俺は潮干狩りおじさんではなくただのおじさんになってしまうのではないかと芽生さんに相談した。
「いい加減スライムから卒業してもいいのでは? 今更潮干狩りおじさんって呼ぶ人もそういないでしょうに。スライムにかまうのも結構ですが私たちにかまうのも大切ですよ? 私のほうは親公認ですからいくらでもイチャイチャしても問題ありませんし、結衣さんからも苦情が出ない程度に構ってくれるほうが大事です」
二人に構うのは……結衣さんについてはちょっと最近おざなりかもしれないな。連絡を取ってダンジョン外でもイチャイチャする時間が必要だろう。予定を考えておこう。どうすれば結衣さんは喜んでくれるかな。
探索については、B+ランクにもなってまだスライム狩ってるのかと言われるところもでもあるし、潮干狩りおじさんと呼ばれることも少なくなってきた。つまりただのおじさん、もしくは安村さんだ。潮干狩りも卒業する時期に来たのか。いやでも二十九層で見かけたら普通にバニラバーをあげつつ潮干狩りしているので、潮干狩りおじさんではあるらしい。
アイデンティティというのは一度受け入れると手放すには惜しさというものが生まれてくる。今後はアレか、潮干狩りおじさんから投網おじさんにレベルアップして茂君とスノーオウルに対して戦っていく方がメインになるのかな。投網おじさんも悪くないかもしれない。
あれこれ考えてても何も進まないからとりあえず今日も働きに行こう。茂君に投網を投げて羽根を確保、そして三十七層か三十八層へ潜ってスノーオウルにも投網を投げる。潮干狩りおじさん改め投網おじさんは今日もダンジョンへ行く。ダンジョンで投網を投げながら。
ここまででまた一区切りです。
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