739:規制緩和
「一部の探索者から、Cランク、Bランクへの昇級基準をハッキリしてほしい、という意見が届き始めてね。君らよりも前からダンジョンへ籠っているCランク探索者を中心としたいくつかのグループや、Cランク待ちのDランク探索者達からだ。君らが先にBランクになった事もあるが、どういう基準で選ばれているのか公開とまでは行かなくてもこっそり教えてほしい、といった内容だね」
ギルマスが頭を掻きながらぽつぽつと話し始める。確かに疑問が湧くところであり、意見が挙げられてもおかしくない納得できる指摘点である。結衣さん達なんてその最たる例だろう。彼女たちよりも先にCランクになった探索者も居ただろうにあれよあれよという間にBランクになり小西ダンジョンの専属になり。先に最深部を探索していた探索者からすれば何で彼女たちだけが先に、という意見が出てもおかしくはない。
「これはあくまで俺としての予想ですが、今の状況で言う所のCランクへの昇級基準は一定額のギルド税と九層十層でのドロップ品の確認、そしてBランクも同様に一定額のギルド税納税と、ダンジョンマスターについて認識している事、このあたりだと思います。現状のままランク昇級基準を緩和しないというのは、今エレベーターが存在しないダンジョンで潜っている探索者からしか新たにBランクは生まれない、生まれた場合何らかの情報漏洩が行われたということになりますね」
ダンジョンマスターと出会う機会というのは、結衣さん達みたいに俺やギルド経由で存在を知らされる以外では十五層のボスを初討伐するか、既に討伐済みのダンジョンで三十層のボスを最初に討伐するか、ぐらいしか選択肢がない。もしかしたら二十一層でも会えるかもしれないが、どちらにしろ先端を走ってない限り昇級の可能性はほぼ無いのだ。既存の栄えているダンジョンから更にBランク探索者を出すことは現状では難しいを通り越してほぼ不可能になっている。
「一般探索者はそういう基準で判断されてるんですね。我々D部隊は別の基準がありますから同じと考えることはできませんが、似たようなテストは行いますね。流石にダンジョンマスターの認知は基準にはなってないはずですが」
高橋さん達は全く別の基準なのだろう。おそらく単体戦力、パーティーとしての立ち振る舞いやチームワーク等、すべてが思い付くわけではないが色々あるんだろう、色々。
「D部隊の基準はともかくとして、大まかには安村さんの言った通りになってるね。Bランクの基準も、ギルド税の納税額も同じくだ。Cランク昇級基準についてはその辺を具体的に公表してもいいんだが、Bランクへの昇級基準の緩和や公開は真中長官も苦言を呈していてね。なにせBランクへの昇級基準を緩くするということは、具体的にはダンジョンマスターの存在を公開するという話にまでなってしまう。事は国際政治的なしがらみが発生する問題だ、ダンジョン庁だけでどうのこうのと出来るわけではない。総理も混じったこの間の会談のおかげで準備が一段階進んだとは言えるんだが、小手先でどうのこうのして何とかなる訳じゃないんだよねえ」
「だとしたら、BランクとCランクの中間を用意してみては? ダンジョンマスターの存在は知らないがCランク探索者として十分な実力を持っていると評価できる探索者については二十八層までの探索を許可する、とかそういうことでどうでしょう」
ただ、この意見には問題があり、既存の探索者証の仕組みをまとめて変更する、という作業が発生する。その作業に探索者証製造マシン君が対応してくれるかどうかは怪しい所だ。毎回黄色くなりながら探索するという可能性も出てくるので作り直しの手間が今まで以上に必要になってくるだろう。事務作業を一人分増やすことになりそうだな。
「それも考慮されたんだけどね。いまいち音頭をとることが出来なかったんだよ。探索者証の更新も必要になるし、どのダンジョンでも二十八層まで潜っていいのか? という問題もついて回る。中々難しいよね」
流石に考えられてはいたか。しかし、どこのダンジョンでも二十八層まで潜れる、ということは更にBランクの発生がしにくくなるデメリットも含まれることになる。それはそれで探索者ランクが機能しなくなることになるだろう。
「なら、いっそのこと今のBランク探索者をAランクに格上げして、新規にBランク探索者を新しく設定しなおして、特定のダンジョンについてはBランクでも二十八層までしか潜れない、もっと詳しく言ってしまえば、今現在エレベーターの設置されているダンジョンに限定して許可を出す、という風に制限を細かくかけることで不満を解消するあたりが落としどころになるんじゃないでしょうか」
芽生さんから意見が出る。その手もあったな。後は時間が解決してくれるのを待つか、みんなに不具合を共有してもらっておくかしかない。
「何にせよ、最先端を走っている探索者の意見としては安村さんたちの発言は中々の重みがある。参考意見として取り上げておくよ。あぁ、いっその事海外でダンジョンマスターの件が公表されないものかねえ」
「そうすれば悩むことも無くなる、と? でも、例の発電方法が確立するまでは公に出来ないって話でしたよね。あれから時間こそ経ったものの、実際に設備を作り上げるまで隠蔽したままにしておくのか、研究室レベルで成功しておいて特許が成立する見込みが立ってから発表になるのか。いずれにせよ清州ダンジョンの騒ぎが一段落したところですし、タイミングとしては悪くないとは思いますが」
「なんにせよ、ダンジョンマスター絡みで変更するタイミングは必ず来るんだから、それまでの繋ぎ、という形でなんとかならないかなというのが今の意見でね? 上手い事いく方法はないかな」
また頭をポリポリと掻きながらギルマスがぼやく。一番手間がかからず他の探索者の不満を解消しつつ、それでいてダンジョン攻略に不安材料を抱えずに済む、ということなら一つあるな。
「後はそうですね、Bランクになりそうな候補者を一斉に集めて講習会を開いて、そこでダンジョンマスターの存在について解説した上でBランクにさせる、というのが現状の変更なしで出来る無理のない方法、と言えるんじゃないでしょうか」
「それも検討されたが、情報漏洩のリスクのほうが大きいということで却下された。Cランク探索者みたいに格下げしてはいおしまい、という訳にもいかないだろう? 日本からダンジョンマスターの情報が漏れたとなれば他の国からの非難の対象になってダンジョン界隈での座り心地が悪くなる」
「だとすれば次に手間がかからないのは、今のBランク探索者をB+という新しいランクに書き換えて、それ以降の新規の探索者についてはBランク免許を交付する、という形じゃないかと思います。そのほうが書き換えの手間も少なくてすむでしょうし、最も短時間で効率よく行えるはずですよ。新しくダンジョンマスターについて知る機会ができたなら、その時に改めてB+ランクを付与すればいいですし、そのほうが多分合理的です」
「そうだねえ。その意見が一番まともそうだ。Aランクは設定されてはいるものの、ダンジョン踏破達成者の証として残しておきたいんだよね。BをB+にするだけなら変更の手間も十数パーティーに限定されたものだし……よし、その意見を具申してみよう。ちょうど来週ギルマス会議がある。その時に話題にしてみるよ」
ヨシ決めた、という感じでギルマスは立ち上がると伸びを始める。悩み事が一つ減ったようなのでそれは何よりだ。
「ところで高橋さん、カニの身とカニミソ、サンプルどのくらい持ってきてます? 」
「ええと……それぞれ二十個と六個ぐらいかな。槍は手に入れられなかったものの、この後皆で茹でて食べようかと思ってたところだけど」
「じゃあ俺からドロップ品サンプルとしてギルドには渡しておきます。それは胃袋に納めちゃってください」
「いいんですか? まだ食べてないけど結構おいしそうだったから楽しみにしてるところなんですよね」
周りの隊員の耳がピクピクと動くのが見える。やはりカニ鍋は楽しみなんだろうか。
「俺はもう味見しましたから。ちゃんと塩茹でにしたほうが美味しく出来上がると思いますよ。パックのまま茹でたらちょっと味気なかったので」
「それは良い事を聞いたな。早速実践させてもらおう」
「という訳でギルマス、このカニの身とカニミソはドロップ価格決めるためのサンプルとして提出しておいてください」
そう言って、エコバッグの中身のカニの身とカニミソをドンドンと出していく。
「多めに仕入れておいたんでこっそり抜いて食べても問題ないぐらいの量にはしてありますよ。値段を決めるにもまずは食べて味わいを比べて、それから流通させても問題ないか、あたりの調査はダンジョン庁に一任します。こちらとしては一日でも早く値段が決まる事のほうが大事ですから、適当にふるまっちゃってください。後出来ればこのリザードマンとカニの正式名称のほうも早めに決めちゃってください」
「悪いね。早速私も持ち帰って一つ茹でてもらう事にするよ。塩水で茹でるほうが美味しいって言ったよね。楽しみだなあ」
早速横領する気満々である。その分も考えて多めに渡しておいて正解だったな。多分長官の手元にはそれなりの量のカニが渡され、ちゃんとしたシェフや漁業関係者の手元に渡り、これが流通するならどのぐらいの価格になりそうか、質はどうか等を判断されて最終的に価格が決まるんだろう。そこそこ高いとカニ漁のし甲斐があるんだが。
「じゃあ用事は済みましたんでここらで失礼しますよ。この後やる事もあるので」
「うん、四十二層踏破お疲れ様。ゆっくり休んでね」
ギルマスルームを後にし、高橋さん達とも別れる。高橋さん達はこれからホームに戻って昼間からカニ料理を堪能するらしい。贅沢な話だが、頑張った分労をねぎらうのも必要だろう。
帰りのバスの中で相談しながら今後について話す。
「この後やる事なんてありましたっけ? 」
「布団屋にサンプルとダーククロウの羽根と、後は商品化のネタを持っていこうかと。カニは……渡すのは今回は止めておこう。普通に商談だけにするかな。後はテントとか机とか買い出しに行かなきゃいけないし」
「そういえばそうでした。テントと机とその他いろいろ、お任せします。私は明日の講義の準備とかあるので」
芽生さんがビシッと敬礼して丸投げしてくる。任せた、ということはいつも通りの物を仕入れておけばいいということだ。あまり深い事もひねったネタも考えずに同じものを必要なだけ。
「任された、本業頑張って。また次に潜る時は……四十一層の地図をきっちり作ってカニ集めと行こうか、それともスノーオウルの羽根集めかどっちかだな」
駅で芽生さんと別れそのまま真っ直ぐ自宅へ。片づけを一通り済ませると早速車でいつものホームセンターへ買い出しに行く。テント二つと机と椅子とノートとボールペン、それとノートを収納できる小引き出し。エレベーター前四点セットを買い入れると、いつものしつこい店員に目を付けられる前にさっさと会計を終えて隣のスーパーへ移動する。
生活必需品と食パンと卵、キャベツをメインとした野菜の仕入れを済ませ、ついでに昼食の弁当を買う。カニを食べたせいか海産物を追加したくなったので鮭弁当をチョイスした。ご飯は大盛。今日働いて儲かった分のご褒美として、贅沢にたい焼きを二尾買う。あんことカスタード一つずつだ。今日の昼食は炭水化物多めだな。足りなかったら肉を足してたんぱく質を補充しておこう。
家に着き、まず昼食を取ることにする。テントの組み立てやらなんやらは食後にしよう。さっそく買ってきた大盛鮭弁当に手を出し、たい焼きで甘さを補充しつつ鮭の塩加減を楽しむ。塩辛さと甘さで無限に入っていきそうな感覚を受ける。甘じょっぱいは正義。
他人が作る飯もたまにはいいもんだ。楽が出来るし献立を考えなくてもいい。普段自分で何とか考えながら食べてるリソースを他に任せることが出来るのは時短にもなる。今後は弁当も買い込んでおいて保管庫に放り込んでそれぞれ食べ分けるということも十分可能ってことか。
保管庫で百分の一に出来るって事は、賞味期限半日の弁当でも五十日は持たせることが出来る。不安は残るが、一週間分買い込んでおいて順次消費するサイクルでも何ら問題はないって事だよな。そう言うリソースの扱い方も今後は考えていこう。
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