738:たまには失敗料理もいいさ
トーストと目玉焼きを食べながらカニの茹であがりを待つ二人。先に食べ終わって茹であがりを待つ間に、もう一つ調べる事が有ったので海岸へ行き、波に指をつけ、舐める。味は無かった。どうやらこれ、海水じゃないらしい。もしかしたら魔力精製水と同じなのかもしれないな。
茹で始めてから十五分ほど経ち、そろそろかな? という辺りで火を止めてカニを取り出す。どうやらこの真空パックは高温にも対応しているようだ。百二十度まで行ける奴かな? ともかくこれでメインディッシュがようやく完成した。カニは意外と茹でるのに時間がかかるな。
真空パックを開けて中身を取り出す。しっかりと茹で上げたカニから海のいい匂い、つまり磯臭さが少し香り立つ。この磯臭さは何処から来たんだろう。少なくとも海の水からではあるまい。ここの海は潮の香りがしないからな。だがこの匂いが、あぁ今からカニを食うんだという覚悟を嗅覚を通して胃袋に情報を伝達していく。
早速一つ取って食べる。身はぎっしりとしており、柔らかくない、どちらかと言えば固めの肉質だ。もしかしたら茹で過ぎたのかもしれないな。もっと半生ぐらいの茹で時間でも良かったかもしれない。しかし、味わいは間違いなくカニであり、口の中でほのかな甘さと魚介類特有のうまみが広がっていく。
「うん、美味しいな。ちょっと物足りなさはあるけど甘くて美味しい」
「そうですね、塩が振ってあるとより良いかもしれません」
言われたとおりに塩を少し振ってからかじる。塩のおかげか、一気に風味が花開いたように感じる。
「パックそのままじゃなくて、塩水か何かで茹でたほうが正解だったのかもしれない」
「普通のカニは塩茹でしますからね。ダンジョン食品だからと言ってそのまま放り込んだのがいけなかったのかもしれません」
「カニは自分で料理する機会が無かったからな。次回はちゃんと美味しいカニ鍋が作れるように努力しよう」
「美味しい事に違いはありませんからいいんですけどね。ただ、カニ特有の静かに食べるという作業が少ないとは感じます」
たしカニ。カニを食べるときは皆無言になるが、あれは殻をむくのに一生懸命になるからだと思っていたのだが、殻をむく作業から解放されるだけで言葉が紡がれ始めていくのか。
一肩しか茹でていないので二人で二本半、それだけ食べたらそれで終わりのこのカニの身だが、この二本半が教えてくれたことはそれなりに大きい。カニは塩水で茹でるべきかもしれないということと、カニはちゃんとした場所で調理をしたほうがよりおいしそうだ、ということだ。しばらくカニは取り続けるので、試行錯誤をする機会はまだまだいくらでもある。次に活かそう。
カニを食べ終わり手を洗ったところで、荷物整理の時間だ。お互いスーツを着なおすと食事を片付けてエレベーターまで歩く。エレベーターの設置されているであろう場所の前に置いたテントには、高橋さんからの伝言が置いてあった。
「先に四十三層行ってきます。エレベーターは稼働確認済みです」
律義な人だ、報連相がちゃんとできている。見習わないといけないが、それだけ普段から叩きこまれているんだろうとも思える。報告を受け取った意味で伝言に「ありがとうございます 安村」と書き残し、使われたメモはそのまま置いておく。
まずは三十五層へ向かってリヤカーを迎えに行かないとな。まさか一日で突破するとは思ってなかったので一人ぼっちにさせてしまった。すまないリヤカー。
角をかざすと、いつもの通りにエレベーターが俺達を出迎えてくれた。ちゃんと作る場所を吟味して作ってあるだけに、何もない空間に突然浮かんだのではなく背景にめり込む様に設置されている。エレベーターがここにあるという点を除けば違和感はほとんどない。
そろそろ手持ちが枯渇しそうな一階層分だけの魔結晶を燃料として放り込み、三十五層へ向かう。エレベーターがたどり着くと、リヤカーを装着してそのまま一層へ。移動中に早速荷物の区分けを始める。カニの身とカニミソをまとめて一袋に入れて、魔結晶、ワイバーン素材、羽根二キログラム分、熊の胆嚢とポーション……今回は三種類のマップを巡ったから色々種類があるな。カニについてはギルマスに渡す分だけを外に出して、残りは保管庫で保管する事になった。
槍は一応ドロップ品なんだがどうしよう、外に出しておくと邪魔だから保管庫に入れておいてギルマスに会う時に直接渡すほうがいいかな。邪魔だしそうしておこう。
一層へたどり着くと丁度午前八時半。歩いて三十分で開場時間。うん、タイミングバッチリ。そのままリヤカーを引いて一層を抜けていく。時間がぴったりなので潮干狩りは今日も無しだ。
潮干狩りと言えば二十九層から三十二層に居たスライムはどういう意図なのか、ミルコに聞いてみたくはあるな。どうでも良い話と言い切ればそうなんだがちょっと気になる。何らかのキーフックなのか、それとも何となく出してみたくなっただけなのか。実は目撃できていないだけで、高山帯やツンドラ、それからカニうま島にもスライムは生息しているのか。カメラで定点観測が出来るわけではないので詳しく調べるのは難しそうだ。
出入口に到着するとそこそこの人の列。やはり朝一は人が居るな。小寺さん達も混じっていた。
「おはようございます小寺さん。今日は一泊ですか」
「おや安村さん、そちらも一泊のようで。荷物を見る限り、大分深くに潜っていますね」
チラ見したドロップ品から自分達ではたどり着けない場所らしいということを察したらしい。小寺さん達も実力で言えばとうにBランクでもおかしくないからな。これはそろそろダンジョン庁も発表のしどころかもしれないぞ。
「今日のところは豊作ですかね。査定が楽しみですよ」
「我々もBランクになれればそのぐらい稼げるようになるんですか。Bランクに上がるにはどうすれば……と、これは多分機密に当たるでしょうね。聞くのは止めときます」
小寺さんは欲を出しつつも、下手に情報を聞き出して自分に戒告や注意が飛ぶことを考えたらしい。ついでに周りでひっそりと聞いていた人もこっちを向かなくなったのも確認した。ここで話すのはどう考えてもヤバイ、ということが伝わったのだろう。
「うーん……ダンジョン庁がどこまで考えてるか、ですかね。機会があればそれとなく聞き出してみますよ」
あまり期待はしないでね、という前置きを込みで小寺さんに言い含めておくことにする。断言はしないがどう思ってるかについては俺も気になる所だ。
話している間に開場時間になり、退ダン手続きの列が進んでいく。小寺さんはお先に、と前のほうへ行った。多分いつものメンバーも一緒で小寺さんだけこっちに雑談しに来ていたんだろう。ゆっくり列が動き出し、入れ替わりに入ダンしていく人達が見られる。しばらくすると俺達の番になる。
「お疲れ様です。今日も大漁ですね」
「久しぶりの一泊は中々の収穫でしたね。ちなみに今日ギルマスは居ますか? 」
「居ますよ、今日は朝から出勤してきてました」
ギルマスは居るらしい。出張で居ないとかだと報告が後になるからな。それを回避できただけ儲けものだ。
退ダン手続きを終えて査定。結果から言うと三十分ぐらい並んだ。やはり朝一は効率が悪いか。もう少し時間をずらして十時上がりなんかにするほうがこの先は良さそうだ。
「お疲れ様ですねー。今日も朝から満載で嬉しいですねー」
そう言いつつ、ちょっと目が笑ってないあたり今日はいつもよりも忙しいのだろう。種類も量も多いので、いつもより時間がかかってしまった。十分ほど待って結果が届く。いつも通り二等分されたその金額、二千六百四十五万千円。過去二番目ぐらいに多い金額になった。
芽生さんに報酬を渡し、慣れた流れで支払いカウンターで振り込みを選択。そしてそのまま二人そろって二階へ。ギルマスの部屋へ行く。
「やあいらっしゃい。今日は何の報告かね」
いつも通り飄々としたギルマスが出迎えてくれた。
「高橋さん達……D部隊の人たちはまだ来てませんか? 」
「いや、まだだが揃って話し合う予定でもあったのかね」
そうか、まだか。朝一報告と言っていたからもう来ているかと思ったが、どうやら遅刻のようだ。そう考えていたら再び部屋をノックする音が。
「あ、来たかな」
ドアを開けるとそこには高橋さん達が居た。
「と、もしかして都合が悪かったですかね。だとしたら出直しますが」
「いえ、ちょうど俺達も今から話そうと思ってたので。ご一緒にどうですか」
「両方とも同じ用事のようだね。ゆっくり話を聞こうか」
流石にコーヒーを人数分淹れるつもりはなかったのか、そのままソファーに座る。全員が座るほど広くはないので、俺は立ち芽生さんは座る。高橋さんは座り、他のメンバーは立つ。
「じゃ、高橋さんのほうからお題をどうぞ」
「解りました。自分たちは四十二層まで到達してまいりました。その後報告をしにまいった次第です」
「安村さん達が一緒って事は、現地で合流したということで合ってるかね? 」
ギルマスが確認を取る。俺と高橋さんがお互い顔を見合わせると、顎をしゃくってきたのでこっちが話すことにする。
「残念ながら一歩及ばず先着したのは高橋さん達ですけどね」
「じゃあ今回はD部隊の面目躍如といったところかな? 安村さん達が朝一で報告に来るって事はエレベーターも期待して良い、というところかね」
「はい、エレベーターを新たに設置してもらい、エレベーターで帰ってきました」
「新しいダンジョンの情報はあったかね? 是非見てみたいところではあるけれど」
「そこは俺のほうから。これ、お土産です」
パックされたカニとカニミソ、チャック袋に入れられた砂、そして保管庫から槍を取り出しギルマスに渡す。槍はともかくとして、カニの身とカニミソには想像がちょっと結び付きにくいようだ。
「お、その槍はまだ見たことが無かったですね。レアドロップですか? 」
「便宜的にリザードマンと呼びますが、リザードマンの低確率ドロップだと思われます。ちょっと時間を貸してもらえば映像付きでご紹介できますが」
「後このカニはなんだい、カニのモンスターが居るって事かい? 」
「それも映像に収めてあります。スマホに入れてあるんで少々お待ちを。後ギルマスは念のためこの砂を成分分析に回してもらえますか。ダンジョンのオブジェクトにしては持ち出しが出来る貴重な物質だとは思うんで、もしかしたら特殊な成分とか魔素とか含まれている可能性があります」
全員でスマホを中心に円になり、スマホの映像を確認する。芽生さんがリザードマン及びカニと交戦している様が収められている。カニの大きさやリザードマンの姿などがこれで情報共有できたということになる。ついでにマップの広さの大体の広さや構造についても共有した。
「パソコン貸していただければそちらにデータは送れますが」
「でっかいカニも居たもんだねえ。私のパソコン使っていいからそっちに入れといてくれる? 私はその間に高橋さん達とちょっと話し合い」
「了解。じゃあちょっとお借りしますね。後、槍どうします? サンプルとしてそれも持っていきますか」
「そうだねえ……それもとりあえず画像は撮影しておいて。実物を送り付ける前に情報として共有しておきたい」
「解りました。じゃあやっときます。上空からの地図のデータもあるんでそれも放り込んでおきます」
保管庫に放り込んでおいたケーブル経由でスマホの情報をギルマスのパソコンに移す。機密って書いてあるファイルがいくつかあるが、そう言うものに手を出すと後が怖いので見ない事にしておいて、新しくデスクトップにフォルダを作成、今日の日付と俺の名前を付けてその中にぶちまけておく。
「終わりましたよ」
「ご苦労さん、ありがとうね。他のファイルには触ってないよね? 」
念押しの確認をしてくる。そんなにみられて不味いものならデスクトップに置いておくべきではないだろうとは思うが、有る所にそれが有ればいい、という一種の散らかった整頓という奴が出来ているんだろうな。
「触ると大変だろうと思って見てないですよ」
「それは何よりだ。ところで話は変わるが、探索者の視点として安村さんの意見を聞きたいことがある。そろそろアレかね? 二十八層まで潜れるようにした方がいいのかね? 」
聞こうと思っていた所にメスが入った感じだ。ちょうどタイミングも良いししっかりと睡眠もとれている。真面目な話をするタイミングとしては悪くないな。
「つまり、Bランクの基準をもっと緩めるかどうか、ということですか」
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