216:試験当日
空は晴れ渡りささやかな風が頬を撫でる。爽やかな草原に一本だけ立っている木にハンモックをかけ、そこで静かに眠りについている俺を天使が寝起きの時間を告げに降臨する。そんな感じの目覚めだ。
目覚めの気持ちよさに対して語彙力が足りない。すまないダーククロウ、俺の言葉はこのぐらいで限界のようだ。今度語彙力辞典でも買って勉強してみよう。それまではせめて感謝の祈りをささげよう。
睡眠時間をたっぷりと取ったが寝すぎて体が疲れたという訳でもない。眠ったら眠った分だけ体力が回復している気がする。つまり、昨日一日休んで早めに寝て起きた今はここ数年で最高に体調が良い事になるんじゃないか。ベストコンディションに持ち込めたというわけか。
今日の朝食は言ってしまえば昨日の残り物だ。揚げ物と食パンと卵と刻み野菜。それぞれの量はおいといて肉体労働前のカロリーバランスは悪くないはずだ。いや訂正しよう、悪い。けど精神的には油分が多いほうがとても気分が幸せになるのでそれでバランスが取れていると思おう。
今日は十時に清州ダンジョン前に到達していなければならない。三十分前にはたどり着いて気持ちを落ち着かせる時間が欲しいので到着は九時半というところか。まだちょっと時間があるが、とりあえず文月さんに起きているかどうかの確認だけは送っておこう。
会場までの移動手段だが、色々考えた結果車で移動する事にした。何時に終了するかどうかが不明な所と、持ち物を詰め替えたりする時間が必要になる可能性がある。アレ持っていくコレ持っていく、実は要らなかったなどがいざ開始となってから判明する場合がある。
たとえば時間制限付きで十一層まで潜ってこい、等の場合がそうだ。その場合七層でゆっくり休憩している暇はない。テントとエアマットは要るだろうが他は別に要らない、みたいな状況の場合、それ以外の持ち物は丸ごと邪魔になる可能性がある。
そうなってもいいように荷物を置いていく持っていくの選択肢を得るために車を持ち込んで仮荷物置き場としておくのは重要な事だと考える。
車で出るとなると三十分は余分に時間を取られるぞ、という覚悟が必要だ。朝の時間帯はどうしても混むルートを通る事になる。混んでいる分安全運転を心がけることは出来るのだが、到着はその分遅れる。一時間半ぐらいを見越しておけば多分到着するだろう。
出かける前にとりあえず歩いてコンビニに行っておにぎりを四種類ほど買い入れておく。水とマグカップはあるし最悪文月さんが居るので足りなくなることは無いだろう。お腹が空いてどうしようもない時用の補給品としてライスボールは中々悪くないと思う。
後これも念のためだが、ウルフ肉とボア肉を一つずつ持っていこう。やっぱり食べたかったという時のストレスに対応するためだ。
帰ってくると程よい時間。「今起きた」あ、返事来た。
「遅れないでね。あと車で行く。テントとエアマット積んでいく」確認を取る。
「あい」返事来た。多分大丈夫だろう。
万能熊手、ヨシ!
グラディウス、ヨシ!
ヘルメット、ヨシ!
防刃ツナギ、ヨシ!
安全靴、ヨシ!
手袋、ヨシ!
食料水、ヨシ!
お泊まりセット、ヨシ!
食器類、ヨシ!
指さし確認は大事だ。今日は保管庫を使わない日なので確認事項はいつもより少ない。
さて試験会場に出かけるとするか。自宅から名古屋まではほぼ通勤時間帯なので道路が混みあっている。昨日みたいに制限速度で煽られるような心配は無い。
試験を受ける前に怪我や事故なんてのは真っ平御免だ。大人しく落ち着いて、それでいて周りに遅れない程度のスピードを出して向かう。ラジオはつけっぱなしだ。交通情報を一応確認しておく。特に目立った渋滞は無いらしい。
県境を越え愛知県に入り、車の量はさらに増える。そろそろ色んな職場が増えだすあたりだ。徐々に解消していってくれることを願おう。やがて周りの風景から田畑が減りマンションやアパートメントが増えてくる。都市部に入ったという感じだ。
清州方面の方向指示に従って進路を変える。帰る時は別のルートを考えて来ても良いかもしれないな。もうちょっと田舎っぽい風景を眺めていたかった。
やがて見えてくる真新しい「清州ダンジョン→」の看板。もうちょっとで着く。清州ダンジョン駐車場に車を停め時刻を確認する。……まだ七十分前か。ずいぶん時間が余ってしまうな。時間が来るまで例のダンジョン雑誌でも読んで待つか。
暫く車の中で時間を潰していると、文月さんから連絡があった。
「もうついちゃった。暇」
あっちも早々と着いたらしい。俺も行くか。テントとエアマットを二人分担いで車から出る。ギルドの建物のほうへ行くと暇そうにしている探索者スタイルの女子大生を発見した。
「早すぎない? ちゃんと眠れた? 」
「枕のおかげでまぁ落ち着いて眠ることは出来ましたが。そっちはどうなんです? 」
「もう布団と枕のおかげでバッチリよ」
「そのうち枕だけでも貸してくださいね。本物の職人の力作と素人の凡作の違いを体感したいです」
凡作……俺なりに力作ではあるんだが、でもあの枕と比べると凡作としか言えないな。
「とりあえずそれは今日の試験次第だな。これ、使わないかもしれないけどテントとエアマットと水と……おにぎり要る? 」
「私が預かっておいたほうが潰れないかもしれません。それよりテント要るんですかねぇ今日。休憩どのくらいするかにもよると思うんですけど」
「解らないから車で来た。使わない事にした場合、車に置きに行けるからその分荷物は軽くできるよ」
お互いテントとエアマットを念のためバッグに入れ込むとギルドの建物に入る。時間まで何もないにせよ、到着したことを告げておいたほうが良いと考える。まずは……誰に聞けばいいんだろう。支払いカウンターも査定カウンターも忙しそうだ。前に地図を買った所へ行ってみるか。
「すいません、本日Cランク昇級試験を受けに来たものですが」
「探索者証を見せて頂いてもよろしいでしょうか? 」
受け付けてくれた人に探索者証を見せる。
「安村様と文月様ですね。本日十時から試験開始となりますので、時間までしばしお待ちください」
「建物内に居ればいいんですかね」
「そうですね。時間になったら館内放送で呼び出すことになりますので、それまでは出来るだけ中に居てくださると助かります」
「だ、そうだよ」
探索者証を返してもらい、ついでに十一・十二層の地図も購入しておく。もしかしたら行くかもしれないからな。俺は地図を確認し、文月さんは例の探索者雑誌を読んでいる。
「この新人探索者インタビューとか、その内お鉢が回ってきたりするんですかね」
「出版社が東京だから高輪ゲートウェイ官民総合利用ダンジョン周りで探してるんじゃないかなぁ」
「高輪ゲートウェイ官民総合利用ダンジョンですか。規模もシステムも環境もいいのに評判が悪いと噂の」
「高輪ゲートウェイ官民総合利用ダンジョンって名前が長すぎるのがいけないんだ。全てはそれが悪い」
高輪ゲートウェイ官民総合利用ダンジョンの名前が決まる経緯は、大体のところをなぞるとこうだ。
高輪ゲートウェイ駅内部に発生したため政府主導でダンジョン部分を切り取る形で土地を接収しようとしたが土地の所有者側が……というのは小西ダンジョンでも同じだな。要は折り合いをつけるために駅名をそのまま使ってくれという事になった。その結果高輪ゲートウェイは確定で付くことになった。
何より駅内部に出来たという交通上とても便利な点と、ダンジョン内部の規模からしてダンジョン庁は官民双方が利用できるほうが効率よくダンジョンを運営管理できると考えた。そのため官民総合利用という接続詞が続き、最後にダンジョンとなった。
もしここで土地の所有者が折れて好きな名前を付けてくれと言った場合、高輪官民総合利用ダンジョンとなった可能性もあるが、これでもまだ長い。更にダンジョン庁も気を利かせて高輪ダンジョンぐらいで納めてくれればより舌を噛む探索者が少なくて済んだだろうに。名前というものは大事という事を教えてくれる。
ちなみに駅周辺はグローバルゲートウェイ品川と呼ばれているのでもし駅の中ではなく駅の外にダンジョンが出来ていた場合、グローバルゲートウェイ品川官民総合利用ダンジョンと呼ばれていたであろう可能性はいろんな探索者に指摘されている。
更にページをめくって進む。スキルの評価金額推定のところへたどり着いた。先日文月さんに押し付けた【水魔法】が三千万円。三日ぐらい前に俺が覚えた【雷魔法】が四千万円。金額の基準はよく解らない。
「実際のところどうです? 金額の分だけの利益得られてます? 」
「ん~、一昨日実験した分だと、七層までは四層以外は無傷で何もしなくても通り抜けられるようになったかな」
雷を纏いながら歩いていた時のことを思い出す。
「ワイルドボアが俺に衝突するたびに黒い粒子に変わっていくのを棒立ちで見守るのは不思議な気分だったよ」
「それ、失敗してたら普通に怪我……までは行かなくても痛い目見てた奴ですね」
「実際ワイルドボア程度までなら出力調整でなんとかなるようになった。ドロップ拾うだけの生活というのも中々オツなものだったよ。さすがにソードゴブリンに斬られたらどうなるかまでは試してない」
剣で斬られるのが先か、それとも俺が感電死させるのが先か。それを試す度胸はさすがにない。斬られてからあら~ダメだったか~では済まないからだ。
「後、ダーククロウも何とか出来るようになった。ちょっと手間はかかるけど安全かつ人に見られても良いような狩り方が出来るようになった」
「狩り方が出来るようになったのは良いんですが、結局ドロップ拾い集める手間は人の目がある以上同じなのでは? 」
「今そこで悩んでるとこかな。清州なら山盛りにしてそのまま業者に渡すという手もある。……あぁ、業者と言えばダーククロウの羽根、無事に納品できたよ」
「お、分け前頂けるんですね」
受領書と三万六千円を渡す。確認したが書類の書き方は合っていたらしい。
「私の取り分が三万六千円ということは十二万……単価いくらだったんです? 」
「二千四百円。お任せで向こうに値段付けてもらった」
「品質については綺麗なまま保管庫に入ってるから保存状態も良かったと」
「そういう話だったと思う。溜まったらまた持っていくという感じで一つお客さんが出来た感じかな」
『只今よりCランク昇級試験を開始します。参加される探索者の方は一階総合受付までお越しください』
「時間ですね。準備はいい? ハンカチ持った? トイレは? 」
「トイレはさっき行ったけどもう一回行っておくかな。さぁどんなお題目が課せられる事やら」
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