1512:組織再編
水曜日の朝です。結局あの後、疲れがたまっていたのかシャワーを浴びて仮眠をして起きたら日が暮れていました。やはり十五層まで一気に下りて道中仮眠二回、というのはそれなりに負荷が高かった、ということでしょう。
おそらくエンドルフィンか何かが分泌されていて行動中は疲れを感じなかった、とかそんなのでしょう。流石に今日は遅れることはできませんから、その日はそのままホテルで夕食を食べたらもう一度寝直して、今になりました。お肌のほうは……ちょっと荒れているかもしれませんね。ビタミンをきちんととる食事を心がけましょう。
朝食はトーストと目玉焼きとキャベツ、それにたっぷりのフルーツを取ることにしました。新鮮なビタミンCを過剰気味に摂取しておくことで、普段のお肌にもしっかりと栄養を行き渡らせておきましょう。
いつも通り昨日と違うスーツに着替えて洗い物をランドリーサービスに託すと、早速出勤です。
メイク、ヨシ!
スマホ、ヨシ!
スーツ、ヨシ!
お財布、ヨシ! 中身もヨシ!
お弁当、ナシ! 今日も食堂!
コップ、ヨシ!
装備、ナシ! 一式更衣室に置いてある!
指さし確認は大事です。が、今日はほとんど使わない可能性が高いです。それでも確認をするのが大事……でしたよね、洋一さん。さて、巽さんから何を聞かされるのか楽しみではあります。今日も元気に出勤しましょう。
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七層組には連勤になる今日ですが、どうやら朝の話だけ聞いたら各自解散して休みにするそうです。その為だけに出勤してくるのも面倒くさいことでしょうが、業務命令ともなると仕方がないですねえ。全員そろってそれぞれのパーティーのやることやら今日の予定を確認しあっていると、巽さんだけでなく真中長官も一緒に来ました。
「みんなおはよう。今日は私から皆に直接伝えておくことがある。探索課も一カ月経って、それぞれ仲良くなったり仕事についてかなり理解してきたところだと思う。そこで、探索課内の区切りをもっとわかりやすくして、今後の業務内容に沿わせるように組み換えを行っていきたいと思う。まず最初に言っておくが、巽君は相変わらずの課長補佐の名目でここにいてもらう。彼が鑑定しないと他のダンジョンが回らなくなるからね」
巽さんは据え置きで課長補佐……ということらしいです。まあ、当然の措置だとは思います。もしかしたら課長に格上げされる可能性もあったかもしれませんが、巽さん自身の仕事以外の部分も受け持て、という話になればそこがボトルネックになって仕事が務まらなくなる可能性があります。そこは留意するべき点なのでしょう。
「次に、探索課に新たに三つの係を設置する。仮に第一係、第二係、第三係とする。第一係はダンジョン探索者の育成をメインとして、とにかく深くへ潜ることと、探索者ランクの引き上げを目的とした係だ。ここの係長に阿南君、君を任命します。要するに普段通りにやってくれればいい、ということだ。また、高野君を主任に任命する。阿南君の補佐を頼みたい。二人で三パーティーの面倒を見る、ということになる、忙しさはあるだろうが責任をそれなりに持って立ち向かってほしい」
「わかりました。引き続き努力します」
「了解しました。阿南係長の補佐、やらせてもらいます」
阿南さんは一気に係長ポストらしい。まあキャリア組ですし本来係長待遇で迎え入れるべきところをしばらくお試し期間として好きな所へ異動してもいいという中で探索課に張り付いて仕事をしてくれていたのだから当然と言えば当然でしょう。
高野君は主任ということですが、一応Cランク探索者であることと二十一層まで潜った経験を兼ね備えての一つ上の立場、という認識を改めさせるための人事でしょう。
「次に二係だ。ここはダンジョン庁として拾ってきて欲しい素材をメインとして仕事をしてもらう部署になる。たとえば、そうだな……みんなが解ってる範囲で言えば、あり得ない選択肢だけれどゴブリンソードが全国的に欲しいという需要が高まっている場合、専属でゴブリンソードを手に入れるために出動する、そんな部署だ。ここには今の所誰も所属していないが、そういう係があるということにしておく」
真中長官が前から欲しがっていた、欲しいものをすぐに提供できる部署、ということでしょう。本当なら五十九層辺りに潜って物理耐性と魔法耐性の指輪をたくさん集めてきて欲しい、とかそういう話になるはずです。今は人が居ない、というのはそれだけの人材がまだ育ってないという事でしょうねえ。
「最後に第三係。ここは民間探索者と協力しあってダンジョンの探索度合いを進めることと、最先端の情報を持ち帰るのが役目だ。最先端を目指せるのであれば、どこのダンジョンであっても出張してそのダンジョンに向かい、最先端に近いところを常に探索し続けるという部署になる。ここには、主任として文月君を任命する。それ以外のメンバーは今の所いないが、後日人数が増える可能性もあることを考えておいてもらいたい」
主任ですか。いきなり肩書がついてしまいました。私も昇進です。これでお給料がちょっと増えますねえ。
「そんなわけで、文月君にはしかるべきダンジョンで民間探索者と協力しながら最先端探索を行い、ギルド税によるダンジョン庁の収入確保や新しい素材の発掘、それからダンジョンのまだ明らかになっていない最新の情報や、ダンジョンマスターとの取次なども対応してもらうことになる。主任という肩書の割にはやることが多いが、構わないかね」
真中長官が珍しく真剣な目でこちらを見ています。これは……真面目なふりをして結局こういうことなのでしょう。
「つまり……前通りにやれってことですか」
「そうなる。よろしく頼むよ」
真中長官が表情を崩し、にこやかな笑顔に変わった。要するに、給料ちょっと上げてやるから今まで通り洋一さんと二人でダンジョン探索をしてこい、ということらしいですね。給料面でちょっと増えるのは嬉しいですが、気になる所を詰めていくことにした。
「質問があります」
「なんだい、何でも答えるよ。センシティブな内容であれば答えるのはこっそりお話、ということになるけど」
真中長官はどんな質問が来るかどうかを予想しているよ、といった雰囲気でこちらの質問を待ってくれています。
「私の所属はダンジョン庁本庁のままになるんでしょうか。それとも、派遣されていく先のダンジョンギルドということになるんでしょうか。派遣先のダンジョンに所属が変わるなら更衣室なんかも使わせてもらえることになるとは思うんですが」
「そこはあらかじめ伝えてある。本庁から出向の形で一人向かうから、ロッカーを空けておいてくれとね。なのでこれからは堂々とギルドの更衣室を使って着替えればいいよ。後、完全裁量労働制なのは今後も同じだ。週四十時間ほどを目安に働いてくれればいい、ということになる。だからレンタルロッカーがギルドの更衣室に変わるだけだ。だから心配はしなくていいよ」
なるほど、私個人のロッカーをもう用意してくれるよう手配済、ということですね。細かな所まで指図してくれるいい上司ですね。これでまた一つ楽が出来るようになれます。
「わかりました。安心して現地に向かうことにします。こちらを出るタイミングは私の都合による、という形で良いでしょうか」
「荷物の移動や装備の宅配なんかもあるだろうからね。数日かかることは見込んでいる。後は君の働きを数字で判断してどれぐらい頑張っているかを判断させてもらうことにするよ。問題が発生したらギルドマスターに相談するか、ギルドマスターにも手に余るような状況だと判断された場合はこっちへ直接回してもらって構わない。私の暇つぶし……おっと、私の判断が必要なこともあるだろうからね。さて、それ以外に相談はあるかな? 」
長官が周りを見渡して確認を取る。世良さんが手を上げて発言の許可を求める。
「どうぞ、何かな」
「現状でこのアイテムが欲しい、というものはあるのでしょうか。もし今私たちで取りに行ける範囲で必要なものがあるなら、一係から二係に一時的に移動して採取のための動きに変える、ということもできると思うのですが」
ふむ……現状いける範囲で需要の高い商品と言えばダーククロウの羽根ぐらいだが、エレベーターが使えて簡単に取りに行けるのは……今泉君ぐらいのものですか。それを取りに行かせるかどうかは真中長官のさじ加減次第ですが、そこまで逼迫してる状況なんでしょうかねえ。
「確かに、今の段階で採取してほしいものがないわけではないが、今はまだ雌伏の時かな。目標としては今の所は、だが五十七層以降に存在している。君らではまだまだたどり着けない段階だから、無理はしなくていいしまだまだ考える必要はないよ。本当に欠乏が見えてきた時にお願いする形にはなると思うのでその時はよろしく頼む」
ダーククロウの羽根はそれなりにあちこちで納品されているらしいです。もしかしたらそれぞれの企業が直接探索者に採取を頼むことで、ダンジョン庁自体に取引を頼む企業が減っていてそれで需要があまり伸びてない、という可能性もありますねえ。だとしたら今のうちに強くなれるようにしておくほうが長期的に見てお得なのかもしれません。
「とりあえず、現状はこのような形で運用していこうと思う。実験的な部署だから細やかに部署が変更される場合もある、ということだけは頭に入れておいてほしいが、探索者の本分はダンジョンに潜ることだ。それを出来るだけサポートする形で形にしていくのが我々ダンジョン庁自体の仕事だ。物資面、書類面などでバックアップは充分にさせてもらうので、君らにはそのまま楽しくダンジョンに潜っていてほしい、というのが本音の中の本音だ。是非とも頑張ってもらいたい。では、これで私からの話は終わりにする。なにか他に質問は? 」
黙る一同。質問はない、ということでしょう。結局私を除いてはみんないつも通りダンジョンに潜って魔結晶やドロップ品を持って帰ってくるという行動自体に変化はない、ということでいいようです。
「では、いつも通り業務開始ということで。今日もよろしく頼むよ、では解散」
真中長官が自分の部屋に戻っていく。巽さんも自分のブースに戻り、鑑定業務を開始したらしい。
「阿南係長、ご昇進おめでとうございます。高野君も主任昇進おめでとうございます」
誰かがいじる前に先にいじっておこうと思い、頭を下げながら阿南さんにお辞儀をする。
「やめて、なんか仰々しいから今まで通りで良いわよ。文月さんも昇進したんだからおめでとう。あと、文月さんはもう戻っちゃうのね」
「元々期限付きの東京暮らしでしたからねえ。今まで溜めこんだお金をいっぱい使って苦がないように過ごしてきたので、戻って元通りの生活ができるかどうかが不安ですねえ」
「もう主任かあ。これは出世争いをする必要はないけど、ダンジョン庁に入るまでの頑張りが報われたってことでいいのかな。他の省庁に入った同期に比べたら一歩先んじた、というところでいいのかな」
肩書がついた三人で少し話をしていると、世良さん達が早速いじりにきた。
「三人ともおめでとうございます。ちゃんと肩書つけて話した方がいいですかね? 」
「今まで通りで良いわよ。やることは同じなんだし、肩書を理由に無理をさせたりするつもりはないし、今まで通り頑張っていきましょう」
「俺達の下地は文月さんがしっかりとレールを敷いてくれたからな。後はそれにうまく乗れるように頑張るのが恩返しという所かな。精々こっちで頑張らせてもらうことにするよ」
それぞれでやる気は出たらしく、この短い時間で主任になれるなら自分達にもチャンスがあるかもしれない……と考えているのかもしれません。私の場合どうなるんでしょうかねえ。ただ最深層で潜ってる間に気が付いたら係長になってたりするんでしょうか。
肩書が上がったら給料は上がりますが、他の人の面倒を見なければならなくなる分だけ収入が減ることになるわけですから、うかつに肩書だけが上がるのは避けたいところですね。とりあえず、一人で楽しく自由にやっていられる今ぐらいの肩書でバリバリやっていけるほうがありがたかったりするのですが……
まあ先のことは考えずにいましょう。とりあえず今日明日使わない荷物はとっとと宅配便で洋一さんの家に送り返しておかなければいけませんね。やることはすべてやり終えましたし、早速ホテルに戻って荷造りの準備をしますか。
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