1386:風呂上がりの帰り道
水分をしっかり補給して、暑さから体が解放されて軽く水風呂状態なのでちょっと体が火照っているように感じる。いや、実際に体は火照っているのだろう。流石の俺もこの落差にはちょっと来るものがある。
いくらウォッシュと乾燥と水分補給はしたとは言え、三時間ほどぶっ続けで低温サウナに入り続けていたという状況は、過酷な状態に置かれやすい探索者としてはかなり慣れたほうのはずである俺もちょっと参り気味だ。帰りは少し楽をさせてもらうことにしよう。
「ちょっと芽生さんに頑張ってもらうか。俺は体力を回復しながらゆっくり後を着いていくことにするよ」
「解りました。グリフォン二体じゃない限りは問題ないはずなのでその間に体をいたわりながら着いてきてくださいね」
芽生さんの先導で、方向を指示しながら七十二層を七十一層へ戻る。普段は俺が前を進んでいるが、今日は俺が三歩後ろについていく。芽生さんに言った通り、グリフォン二体が来た時はそれぞれ、他のケースはグリフォンを優先退治。二体ともだった場合は可能なら芽生さんだけで倒してみる。そういう陣形で進むことになった。
芽生さんの実力ならグリフォン二体でも充分に戦えるとは思うのだが、そこはそれとしてせっかく二人でいるのに片方が戦わないでは格好がつかないし、戦えないほど疲弊している訳でもない。ただ、ちょっと体がしんどい、というか確実に低温サウナで疲れ切っている、というのが正直なところだ。
サメ二体が突っ込んでくるが、芽生さんがサッサッとウォーターカッターで頭から切り飛ばして黒い粒子に還していくため、足元にちょうどいい感じにドロップ品が転がり込んでくる。これもまた悪くない。その辺も調整して距離とタイミングと威力を調節しているのだとしたら大した腕だろう。俺でもまだここまでの微調整は出来ない。
大分体力が回復してきた、というか意識もしっかりしてきたところで、芽生さんに声をかけて並んで歩く。回復力の速さも身体強化によるものなのかな。だとしたら嬉しいが、単純に歳のせいだったりはしないだろうな。そもそも若いならサウナに何時間はいってても平気というわけではないだろうから、やはり早めの【熱変動耐性】取得は必要事項に感じる。まず、ボスに挑む前には欲しい。
あの様子だとボスも火属性っぽい何かだろうし、近寄るにしても攻撃を避けるにしても、【熱変動耐性】がなければ常に継続ダメージを受けながら戦うようなものだ。そんな戦いをボス戦でまで行いたくない。
「うむ……ボス討伐の報酬が【熱変動耐性】になるのか、それともボス前にドロップしてくれるのか、これはちょっとした賭けだな。出るまでボスとは戦わない、という選択肢すらありうる」
「安全策で言えば【熱変動耐性】が出てからボス戦、というほうが正しい道順な気がしますねえ。無理をしないのが第一ですから、七十五層を探索してボス部屋かボスを見つけたらそこでしばらくスキルオーブが手に入るまでしばし足踏みしましょう」
「そうだな、ボス戦中に気が遠くなったり水分不足で痙攣しだしたりしても困るし。それに七十五層はボス階層にもかかわらずモンスターが多そうな雰囲気だった。あそこでしばらく戦い続けられるならスタミナ的にもスキルオーブのドロップとしても中々期待が持てる。次回をお楽しみにって奴だな」
そのまま七十一層まで戻り、七十一層から七十層へ。歩いているだけでも消耗するマップとはいえさすがの身体強化のおかげか体調も戻ってきた。戦闘にお互い入り始めてキュアポーションもドロップ。これで美味しさは担保されたようなもの。今日は芽生さんにもしっかりとした収入を持ち帰ってもらえる様子だ。
ざっくりと計算してみるが、魔結晶はともかくとしてキュアポーションが四本。これだけで二億の収入になるので一億は確実に稼いで帰ってきている。後は魔結晶がどれだけの金額になるかだけだな。
流石にヘルハウンドの魔結晶だからいくらです、と断言できるわけでもないし、これがいくらでこれがいくら、と入念に調べてもらえるわけでもない。重さで魔結晶をカウントする機能までは保管庫にはついていないので、これはいくら分になるのかちょっと解らない所だ。
後は安いがフカヒレがあるのでこれもそこそこの収入になる。あぁ、グリフォンのドロップ品の査定開始が待ち遠しい。その分だけでも何千万か、もしくは一億ぐらいにはなるような気がするのでその時までじっと保管庫で寝かせておくだけだな。
よそ事を考えていたら七十層の階段までたどり着きながら戦闘を繰り返していた。最後のサメをアッパーカットをするように雷撃を喰らわせて、上から落ちて来る魔結晶とフカヒレをキャッチ。これで今日の探索終わり!
早速七十層に上がって車を出して乗り込み、エレベーターまで向かう。芽生さんが「運転しちゃだめですか? 」とか言い出したので「免許取れたらな」と返すとむくれてしまったのはちょっとした余談だ。
エレベーターについて車を収納。まだむくれている芽生さんをリヤカーと一緒にエレベーターに押し込むと、一層まで直通で倍速。久々に茂君を刈らずに直帰するな。さて……
「疲れたな流石に。汗をかくというのは存外に体力を消耗するらしい」
「それはあれだけ汗かけば人間疲労もしますよ。明日はちゃんと休んで……明日は税理士さんの所に行くんでしたねえ。今夜はゆっくり休んでください。多分見えない疲れがそうとうに溜まってると思います」
「そんな気がしてきた。だんだん身体も火照ってきたし、明日辺り熱が出るかもしれないな。風邪だけはひかないようにしっかり休むことにするよ」
こうして話してる間も時々耳鳴りがする。これは思った以上に体にダメージが入っている可能性がある。ちょっとリヤカーにもたれかかって……とその前に荷物を仕分けないと。魔結晶とポーションだけの仕分けだが、これが収入に直結するのでしっかりとリヤカーに乗せなければ。
……保管庫を触ろうとした指先がちょっと震える。そして若干頭がふらついてきた。これはあれかな。風邪ひいたかな?
「どうやら風邪の症状があるらしい……と。キュアポーションランク3で治ると思う? 」
「試しにキュアのランク3で試して、症状が落ち着いたらってことで良いと思いますが大丈夫ですか? 視界ふらついてたりしません? 」
「視界は大丈夫だけど頭がボーっとしてきた。体力部分はヒールポーションでなんとかなるだろうけど病状のほうはキュアポーションだと思うから……ランク3、あったあった」
シャドウスライム狩りでたんまり溜めこまれたランク3をグイッと飲んでしばらくボーっとしていると、だんだん楽になり始めた。風邪には断然ランク3。現状そういうことで良いらしい。
しかし、七十二万円を瞬時に使い切る判断ができるようになったのは俺の中では高得点かもしれない。ちょっと前の俺ならケチってランク2を複数本飲むとかそんなやんちゃをしてそうなイメージだ……と、空腹感が俺を襲う。急いでバニラバーを二袋開けて、経口補水液の残りと共に胃袋にしまい込む。
空腹は何とか落ち着いてきた。喉も今は乾いてない。帰りに経口補水液を箱で買うぐらいの準備は必要だな。この階層に通い続ける限り何本あっても困らないと思うしな。ついでに疲労抜きに一枚ドライフルーツを噛みこんでおくか。
後は……予想よりも失っていそうなカロリーを補給するためにちょっと贅沢な飯を食べることで補充しよう。帰ったらちょっと出かけて経口補水液の補充と一緒に食事を買いに行こう。
一層についてリヤカーを装着。退ダン手続きをすると査定カウンターへ急ぐ。今日はいつもより一本早いバスで帰れそうだな。一人で潜るよりも手間が少ない査定を受けると、本日の分を二分割で出してもらった。今日のお賃金、一億六千九百九十九万八千円。思った通りの金額になったな。
着替えて帰ってきた芽生さんにレシートを渡して支払いカウンターに並ぶ。支払いカウンターは支払いとは別にもう一人、多分去年のギルド取引記録を受け取りに来ているのであろう人たちで少し混んでいる。
振り込みを済ませると、今日は冷たい水をもらう。今は熱い湯より冷たい水が飲みたい。多分まだ水分が足りてないんだろうな。もう一杯飲むと、バスの時間を確認してバス停へ。外の冷たい風がまだ涼しくすら感じる。よほどあそこの環境は人間には向いてない所なんだと再認識した。
「さて、次は二日後か。明日は半日は休めるかな。しっかり休んで体調を整えておくよ」
「そうしてください。一人だけの身体じゃないんですから」
芽生さんのねぎらいの言葉がうれしく感じたので頭をグリグリしてやる。芽生さんはちょっと面倒くさそうだが嫌がってる風ではないので適度になでなでした後開放。もう一枚ドライフルーツを噛みこんで、疲労感をきっちり抜いておこう。この後も色々動くんだから疲れは取れているほうが良い。
バスではぐったりしていたが座って休んでる間に体力が回復してきたらしく、立ち上がるのもおっくう、というのはなくなってきたのでこのまま家に帰るぐらいは問題ないだろう。
さて……電車の乗り継ぎも問題なく行えたので疲れは取れたな。これで今日残り数時間動き出す準備は整えられたはず。電車が最寄り駅に着き、家に到着。車の運転は問題なくできるようなのでスーパーへ向かう。
目的は経口補水液の補充と弁当の追加だ。流石にカロリーを使いすぎて頭が回らなくなるようならもっと昼食を豪華にするなり水分をきっちり取るなりしてあの階層を攻略するための戦略を練らないとな。
スーパーにたどり着いて、経口補水液を二箱補充。とりあえずこれだけあればしばらくは持つだろう。後は夕食をちょっと豪華にするため、単品のおかずをいくつか購入。こういう時は揚げ物だ。揚げ物はいい、胃袋を豊かにしてくれる。
鶏の唐揚げとイカの唐揚げとサラダを付け足すと、ミントタブレットとコーラの在庫を確認して買い足すと、ミルコのおやつも何か新しそうな商品を見繕う。ミルコにお供えをするとちょっといいことがあるらしいからな。これから毎日お供えをしようぜ。
会計を済ませるととっとと荷物を車に積み込んで保管庫へぽい。そのまま家へ帰る。探索の片づけをしながら今日の弁当は何にしようかを考える。カロリーの多そうな弁当がいいから……揚げ物か。揚げ物系の弁当を……と検索すると、トンカツ弁当が出てきた。よし、これでいくか。
片付けを済ませると買ってきたものと弁当をレンジでチン。温め終わって蓋を開けると、家の中に味噌カツのいい匂いが広がる。この味噌の甘い香りが良いんだよな。早速胃袋のほうも匂いを嗅ぎつけてグウウゥゥと良い感じに体を締め付けるように早く食わせろと訴え続けている。
早速食べよう。サラダをまず片付けて、今から胃袋にカロリーが行くぞと一報を入れる。その後で切り分けられた味噌カツを一枚、よく噛んでから胃袋に流し込むことにする。口の中で芳醇に味噌が香り、そしてきちんと揚げられて中に閉じ込められていた脂分が口の中を更に滑らかにする。
ゴクンと飲み込み、胃袋へちゃんと連絡通りのものを入れると、胃袋は素直に活動を開始する。これからどんどん揚げ物を入れていくからな。しっかり働いてくれよ。
付け合わせの漬物も間に挟みつつ、ご飯とトンカツを交互に入れつつ、イカと鶏の唐揚げも間に挟む。今日のカロリーは中々のものになるだろうが、しっかり汗をかいて体を動かし、疲れるまで探索を行ったのだからこのぐらいのカロリー摂取はむしろ少ないかもしれないというところまである。
胃袋にしっかり働いているぞという信号を送ってもらうと、ワシワシと次々に飯を詰め込む。うむ、トンカツも美味いがスーパーの出来立て惣菜も美味い。やはり出来立てをそのまま運んでこれる保管庫は優秀だな。
しっかりと弁当を食べ終えて満足。さあ、後は風呂に入ってゆっくり寝ることにしよう。今はゆっくり寝ることも探索の内だ。今日の疲労は表面上は抜けているが、芯に溜まった疲労は抜けきっていないと考えたほうが良い。その為の布団が俺を待ってくれている。
さあ、明日は半日休みだ。その間に疲労はすっかり抜いて……念のためにドライフルーツをもう一枚噛みこんで、風呂でスッキリした後眠ることにしよう。早めに眠ってしまっても疲れが残っているならこの布団はそれを補ってなお余りある疲れを取り除いてくれる事だろう。
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