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隔絶都市へようこそ!〜【愉しみ屋】天寺享一の喧騒的日常〜  作者: 星太郎
第1話〜First meeting of the troublemaker〜
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第1話②:ゲームをしよう

「さぁ、入ってくれたまえ。ここが俺の根城さ。」


 目の前の奇人は、まるで友達を初めて自宅へと招く学生のように嬉々としながら扉を開ける。


 隔絶都市アマイモン、その37番通りの端正な住宅街を通り抜けた先に、男の言う根城はあった。

 通りでよく見る感じの小洒落た喫茶店だ。木組みで建てられたそれは、どこか隠れ家的な雰囲気を醸し出している。


「し、失礼します……」


 どんな場所かと恐る恐る足を踏み入れて行く俺の鼻腔に、とても芳醇な匂いが吸い込まれてゆく。


 入った店の中をぐるりと見回すと、まず目に入って来たのはミルや、ポットなどの珈琲を淹れるための多くの器具が置かれたカウンター。そしてその奥には珈琲が詰まった瓶が数多く収納されている棚がその存在を主張している。


 今は客が居ないようだが、丸テーブルと数個の椅子がセットで配置されている様子を見ると、やはりここは珈琲喫茶のようだ。

 辺りを見終えた俺は、目の前で椅子に座っているお面の男へとゆっくりと言葉を紡ぐ。


「ただの珈琲喫茶じゃないですか?ここのどこがあんたの事務所なんですか?」


 するとお面の男、この街の何でも屋である天寺 享一は「ははは」と笑いながら俺の方を向いて話し始める。


「表向きは珈琲喫茶さ。表の顔と裏の顔がある店って、なんだか隠れ家ぽくって面白いだろう?もちろん事務所はこことは別にあるよ。」

「別って、この店二階も何も無いじゃないですか。この一階だってこの空間以外は一部屋だって無いし……」


 俺がそんなことを言っていると、天寺はさらに笑う。


「ははは、まぁ確かに、地上・・にはこの部屋以外は何も無いよ。隠し部屋なんかも無い。」


 地上には?地下室でもあるのか?


 天寺の言葉によって浮かんできた疑問を俺が頭の中で思案していると、突然隣から天寺の声とはまた違う渋い声が聞こえてくる。


「おやおや、見たことのないお方ですな。天寺様の知り合いか何かですかな?」

「うわ!?」


 いつの間にか全く知らない老人が隣に立っていたことに気づき、驚いた俺は素っ頓狂な声を出してしまう。我ながらこの肝っ玉の弱さは何とかしたいと思う。


「おっと、これは失礼いたしました。驚かせるつもりは無かったのですが、ついつい癖で気配を消して近づいてしまいました。深く謝罪致します。」


 バーテンダーの服を着た、白髪が特徴的な長身の老人は、驚いている俺に対して、丁寧な口調で謝罪し、そのまま深々と頭を下げる。とても紳士的な御老体だ。


「相変わらずだね蔵之助さんは。本当に、七十を過ぎたご老人には全然見えませんよ。生き生きとしていらっしゃる。」


 俺と蔵之助と呼ばれた老人とのやりとりを黙って見ていた天寺は、けらけらと笑い、こちらへと近づいてくる。

 老人に話しかける天寺の口調は尊敬語を一応使ってはいるものの、尊敬の念などはあまり感じられない。なんとも軽々しい。


 俺がそう思っていると、天寺は俺へと老人の紹介を始め出した。


「紹介するよ玄馬くん、こちら、この喫茶店のマスターをしている鬼崎きざき 蔵之助くらのすけさんだよ。いつも俺の何でも屋の仕事のお手伝いをしてもらってるんだ。」


 天寺が簡潔な紹介を終えると、蔵之助さんは俺に対してもう一度深々と頭を下げる。それに釣られて俺も頭を下げてしまう。

 そうしている間に天寺は蔵之助さんへと俺の紹介を終える。


「天寺様のお客様でございましたか。天寺様がここに新顔を連れてくるのは随分と久しいですな。何か特別な事情でも?」

「ああちょっとね。」


 俺へと挨拶を終えた蔵之助さんは天寺へと質問を述べるが、天寺はその質問に深く答えることはせず、軽く受け流す。

 そしてカウンターの奥へと回り込むと、その奥の壁を上へとスライドさせる。ガラッと壁が上に上がると、俺が予想した通り、地下へと続く階段が現れる。


「さぁ、この先が俺の事務所だ。」

「本当に隠れ家じゃねぇか……」


 苦笑いを浮かべながら、俺は現れた階段を覗く。驚き続きの俺に、天寺はとても愉快そうにしている。


「本当に本当に、今日は愉しいね。」



 ————



「どうぞ、そこに腰掛けてくれ。それは座り心地が良いことで評判のソファなんだ。」


 地下へと続く薄暗い階段を下り、現れた扉を開くと、一つの開けた部屋へと出た。

 黒と白の無彩色で統一された清潔感のあるその部屋には、多くの家具が置かれており、ある程度の生活感がある。


 キョロキョロと辺りを見回しながら、俺はソファへと腰掛ける。柔らかいファブリックの暖かな感触が心地良い。

 天寺は真四角の卓上テーブルを挟んで反対側にあるもう一つのソファに、俺と向かい合う形で腰掛ける。


「随分と住みやすそうなお部屋ですね……いや〜月一万五千円のアパートに住んでる俺からするとうらやましい限りですよ。」


 勝手に家賃まで調べられたことを根に持っている俺は、そんな皮肉を天寺へと吐く。

 しかし、当の本人は悪びれる様子も無く、テーブルへと置かれたトランプを手に取り、クツクツと笑う。


「そんなお世辞は要らないよ。そんなことよりも早速本題に入ろうじゃないか……なんで俺のことを探していたのかな?」


 お面の奥の天寺の瞳が鋭く光る。俺は一瞬萎縮してしまうが、ぐっと拳を握り締め覚悟を入れ直し、強気な言葉で応答する。


「俺は数週間前、あんたがネット上に流したこの街のPR声明を聞いたのが理由でこの街に移住してきたんだ。それで、あの声明を出したのがどんな人物か知りたかったんだよ。」

「へぇ〜君、あれ聞いたんだ。暇つぶしにやったことなんだけど、一応効果はあったんだね。ちょっと意外だよ。」


 手にしたトランプをシャッフルしながら俺の話を聞いている天寺は、特にリアクションを取ることなく、淡々と会話を続けてゆく。


「で?俺に会いたかった理由はそれだけかい?それだけの理由でここ数日もの間、大勢の人に情報を求めていたわけじゃないんだろう?」


 流石……といったところだろうか。俺のことを深く考察してやがる。うわべはいいからとっとと要件を話せってことか。

 ここは正直に本音を打ち明ける方が吉だな。


「……確かに、あんたに会いたかった理由は他にもある。」


 あくまで冷静に、緊張や動揺などはしていないことを示すように、堂々と天寺へと俺が天寺に会いたかった理由をストレートにぶつける。


「俺はこの街で、普通じゃ味わえない刺激的な生活を送りたいんだ。だから、あんたの下で俺を雇って欲しい。」


 俺のド直球の返答に、目の前の男から返ってくる言葉はない。少し重たい沈黙が部屋の中に充満する。

 何も言葉が飛び交うことのない空間で、天寺が無言で切り続けるカードの音だけが、俺の鼓膜に届く。


 なんだ?なんで急に黙り込んだんだ?こいつの性格なら今すぐにでも「面白い」だとか「愉しいね」なんてことを言い出しそうだけど……?


 無声の空間で、俺は耳を天寺の方へと傾けながらも、脳内では次に起こりえるかもしれない事態をシュミレーションする。


 ——するとカードをシャッフルする天寺の手の動きがピタッと止まる。


「——!?」


 一瞬ビクッとするが、自分のペースを失うわけにはいかないので、すぐに平然そうな態度に持ち直す。


「……いいよ。君の要件は大体分かったよ。ちょうど人手も欲しかったところだしね。」

「じゃ、じゃあ!」


 了承と受け取れる天寺の言葉に俺は思わず大きな声を出し、ソファから立ち上がってしまう。どうも俺は感情を抑えて行動することが苦手なようだ。

 俺はそのままがっつくように天寺へと質問をする。


「俺をあんたの下で雇ってくるのか?」

「そんなに急がなくてもいいだろ?」


 そんな少し興奮気味の俺に対して天寺はトランプをもう一度テーブルの上へと置き、空いた両の手で「まぁまぁ」と俺を落ち着かせようとする。


 そして「すいません」と俺がソファに座り直すと、天寺は再度トランプを手に取り、もう一度軽くカードを切ると、やっと何かを話し始める。


「ただし条件がある。」


 天寺の言葉はそれだけ。しかし、たったそれだけの言葉で俺は心を深く動揺させる。


 天寺享一はこの街でもかなり異様な存在だ。


 こいつは自分の目的の為なら自らの命すらも道具に使う一種の狂人だと、俺は数日前に聞き込みをしていた人からそう聞かされた。 


 そんな奴が俺に出す条件なんて普通じゃないに決まっている。そう思った俺だが、もう後に引き返すことは不可能だ。


 ならば、これは俺が求む刺激やスリルを得るためには必ず通過しなけれはならない試練だと思うしかない。

 この試練を必ず通過して、俺は平凡な人生とはおさらばしてやるんだ!


 そう決意を新たにした俺の心を見透かしたかように、天寺は俺へと条件の内容を説明する。


「俺と一つ、ゲームをしよう。ゲームに勝てば君も今日からなんでも屋の一員さ。」

「は?」


 あっさりとそして簡潔に述べられたその条件は、俺の覚悟をまるで嘲笑うかのようなものだった。

 けれど、俺はその条件を聞き、ごくりと唾を飲む。


 ——天寺とは何があっても『ゲーム』をするな。


 それは、俺が天寺のことを聞いた人全てが口を揃えて言っていたことだ。

 正直どういう意味かよく分からないが、忠告してきた人達の真剣な顔つきを見るとマジな話なのだろう。


 そして俺は今、こうしてその男から「ゲームをしよう」と誘いを受けている。普通ならばこんな危ない誘いは絶対に乗らない。けれど、俺の望む生活のため、俺はこの誘いを受けなければいけない。


「……俺がそのゲームに勝ったら、俺をあんたの下で雇ってくれんですね?」

「ああ、約束するよ。もし君が勝てば、この街の何でも屋として、この街の際限ない愉しみを体験できる。俺が保障しよう。」


 再三の俺の質問に、天寺ははっきりとそう答えた。

 ならやはりこの勝負、受けてなければならない。そしてこいつを打ち負かして、勝利を手にしなければならない。


「分かりました。やりましょう。覚悟ならとっくに出来てます。」


 覚悟の面持ちで、俺は天寺を見つめ直し、やる気の灯った目で自らの闘志を天寺へと伝える。


「そうかい。それはいい心構えだ。にしても愉しいなぁ〜こうやって他人とトランプで遊ぶのは全く久しいよ。」


 そう笑いながら、天寺は俺の手元へとトランプの山札を置く。不正がないようにお互いに山札をシャッフルしろということらしい。


 俺は自分の元へと送られた山札を掴み、偏りがないようにゆっくりと丁寧にシャッフルする。

 使われているトランプは、シンプルなもので、カードの裏面も、赤い模様が印刷されているだけの単純なデザインで、カード自体に細工などの心配は無さそうだ。


 シャッフルを終えた俺は、天寺の指示で山札をテーブルのちょうど真ん中へと置く。二人ともがきちんと手の届く距離だ。


 いよいよゲームの開始だ、と俺が息巻いていると、天寺は俺の方を見、ゆっくりと口を開く。


「さて、これからゲームを始めるわけだけど、その前に、公平フェアになるよう、俺の技能スキルについて説明をしておこう。」

「あんたの技能スキルについて?」


 いきなり技能スキルという単語が出てきたことに対して、少し反応を示した俺は、天寺の言葉を口に出して反芻する。

 この五日間、天寺の技能スキルについての情報は一切得られなかった。


 住民達の忠告から、恐らくは『ゲーム』に関するものだろうとはたかを括っていたが、確証はなかった。


 そんな貴重な情報を天寺は、惜しげもなく口にする。


「俺の技能スキルはね、《ゲームで負かした人間を、一回だけ自由自在に命令して操れる》、そういう技能スキルさ。」

「な……」


 明かされた内容に、俺は言葉が詰まる。開いた口が塞がらない。

 あれだけ動揺などは見せぬように心がけていたのに、一瞬でそれを崩されてしまった。


 《ゲームで負かした人間を、一回だけ自由自在に命令して操れる》つまり俺は、このゲームに負ければ、天寺の操り人形になるってことだ。


 そう思った瞬間に、心拍数が跳ね上がってゆく。


 もう後には引き返せない。俺にはもうこのゲームに勝つしか選択肢が無くなってしまった。


 そう焦る俺を見て、天寺はお面を被っていてもよく分かるほどに、とても愉快そうに笑う。


「いいねそのリアクション。最高だよ。」


 憎ったらしいほどにケラケラと笑う天寺は、その光る双眼を俺へと向け、静かにゲームの開始を愉快そうに宣言する。


「さぁ、愉しい愉しいゲームの始まりだ。」

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