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鴉の子  作者: 詠城カンナ
第六部 鴉の少年
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******



それぞれが再会をよろこびあっていた。

ぼくも、久しぶりに加世たちと話した。

みんなずっと大人っぽくなっていて、すこしだけ戸惑ったけれど。

なんだかひとりだけ置いて行かれたみたいで、寂しいな。


それから意外なことに、夜桜たちに謝られた。

今までぼくを使おうとしていたことも含め、頭を下げられた。

でも恨みなんかないし、なによりみんな和解したみたいで、そんなところに水をさしたくない。

あの冷たい表情のトカゲにも笑みが見えていたから驚きだったのは秘密だ。



とにかく、新しく動きだした国を、世界を見てほしいと口々に言っていた。

争いはなくそうという動きが広がっていて、人々は穏やかさを求めているみたい。

自然と話はこれからのことになっていって、ぼくはみんなと別れるんだなぁと思うと、またちくりと胸が痛んだ。

姫は戸惑いがちな夜桜から母親のこととかいろいろ聞いていたみたい。

いつか会えるといいな。

華虞殿はお腹の赤ちゃんをちゃんと産んでみせると言っていた。

大きくなったら、ぼくも見てみたいなぁ。





「夜呂」

ふと、姫が口をきった。

みんな笑みを消して耳を傾ける。


すべては終わったんだ。

これからは平和が待っている。

みんなで、一緒に――。



でも、きっと気づいている。

『みんな』じゃないってこと。

だってこの屋敷にはもう鴉たちがいない。

『彼』の姿がない。


「喜助は……」

泣きそうな顔になって、姫はぽつりと声を落とす。

思わず、という感じで夜呂がその肩を抱いた。




目をとじる。

暗い暗い闇のなかで、ガラガラ声の鴉が鳴いた気がした。

「姫、姫」と口からこぼれる声は、とても切なくてやさしくて……。

ぼくは胸のあたりがじんわりしてくるのを感じて、戸惑う。

喜助は、とっても姫のことが大切だったんだと思う。

同じくらい、姫も喜助が大好きだったんだ。

彼は、自分のすべてを失っても姫を助けたかったんだ。

たとえそれが罪滅ぼしだとしても、ただ家族だからだとしても、理由はいくらでもつけられた。


「暗紫」


目をあける。

姫がすぐそばにいて、すこし困ったような顔をしていた。

「どうしたの?」

きょとんとして尋ねると、やっぱり苦笑をにじませたまま、それでも口をひらく。

「屋敷の主は鴉の主……それはとても孤独なんだ」

姫の声は、とてもよく響いた。

しんと静まりかえるその場がすこし居心地悪い。

もぞもぞと身を動かして、ぼくは姫を見上げた。

「知っているよ」


――知っているよ。


ずっともやもやしていたけれど、ようやくわかった。

屋敷の敷地から出ようとしたときに感じた激しい痛みの意味が、ようやくわかった。

ぼくは、屋敷に縛られているんだってこと。

それはたぶん、人里離れたこの地で、たったひとりで生きていくということ。

だって『封じ』は消えるはずだったんだ。

それなのに、『ぼく』は生きている。

存在している。

本来闇と一緒に封じのぼくは消えるはずだったのに。

……『彼』のおかげなんだろうか。


「ごめんね」

頭にのせられた細い手が、ぼくの髪をいとおしむようになでる。

ごめん、なんて言わないで。

「喜助は……もう、いないの……?」

思わず口走るようにつぶやいてしまった。

瞬間、姫の目に動揺が走る――いや、悲しみなんだろうか。

しまったと思った。

なんてことをしてしまったんだろう。

姫の傷をえぐるようなことを、ぼくは言っちゃったんだ!

あわてて「ごめんなさい」と謝ると、姫はふるふると頭を振った。

「いい。大丈夫……」

今にも泣きそうな顔。

ぼくもつられて泣きそうになる。

たぶん、それくらい姫にとって『彼』が大事な存在だってわかったから。


「喜助と別れたとき……違和感があったんだ」

ぽつりとこぼれた声。

彼女の目は、なにかを探るように遠くを見ていた。

「わたしも、消滅する可能性が高かったんだ……それくらい、マヨナカサマに力を奪われていたから。だから、きっと喜助が助けてくれたんだ。そのとき……」

姫の黒い瞳に、わずかに戸惑いがまじる。

「そのとき、すこしだけ痛かったんだ。喜助の魂が……別れたような気がして……」

魂は力であり心であり命なのだと、姫は言う。

「わたしは……喜助は、幸せだったかな」

「あなたが幸せならば」

ぽつりと、たぶんひとり言のようにつぶやかれた問いかけに、ぼくは即答した。

ちょっとだけ目を見開いて、だけどすぐに姫は柔らかく笑った。




――そうして、ぼくたちは一度別れることになった。

思ったよりも姫の状態が芳しくないらしい。

無理をしていたみたいで、ふいにうつむいたかと思ったらくず折れるように倒れてしまった。

みんな心配して駆けより――それこそ夜呂なんか真っ蒼だった――介抱しているうちに、ひとつ烏の鳴き声が響いた。

それに反応して目をあげると、一羽の黒い鳥が空を旋回して降りてくる。

朱楽、と烏は名乗り口をきいた。

どうやら一羽だけ弾き飛ばされたみたいで、彼女はぼくとともに屋敷に残って世話をしてくれるみたい。

姫は永い間闇に捕らわれ屋敷の主を務めていたのだから、身体を壊しても無理もないと朱楽は言った。

だから養生するため、山を下りる。

ずっとずっと長い長い間山で暮らしていた姫が、その世界から飛び出す。

彼女がなにを想うのか、ぼくには計り知れないけれど。

でも、せめて、幸福であればいい。

喜助が願ったような世界が、彼女のまえに広がっていればいいと思う。



見送りはすこししんみりしてしまった。

屋敷の領地を出る間際、ふいに姫が振りかえろうとした。

だけど、思いとどまりぐっと足を進める――きっと、すごく勇気がいることだったんだと、わかった。

そんな姫の肩をささえ、夜呂も隣を歩いていく。

彼女の周りには、夜桜も高安も、みんなみんな笑っていてくれる。

「さよなら」は言わないで、「またね」と言って加世や空弥、それから華虞殿たちとも別れた。

みんながいっせいにいなくなると、屋敷の周辺はしんと静まりかえって、とってもさみしい。



『アンタのお守に残されちゃったね』

カァ、と面白そうにひとつ鳴いて、朱楽は羽をばたばたさせる。

『アタシもひとりぼっちだよ。サァっていう友達も、凛も吉乃も他の烏たちもみーんな、喜助といっちまったよ……』

ちょっとだけ、この烏には高飛車なイメージがあったんだ。

どちらかといえば冷めているような、そんな雰囲気。

だけど……本当はただ、さみしかったのかもしれない。

「ぼくがいるよ?」

『そうだね』

すこしだけ、声によろこびが混ざったように思う。

これからしばらく、ひとり――いや、ふたりっきりの生活だ。

さみしいけれど、でも、いつかまただれかが会いに来てくれるはずだもの。

そうしたら、賑やかに……


そのとき、突然ピン、と空気が張り詰めた気がした。

それから――


『どうしたんだ?』

「や、闇が――」

聴こえてきた、というより理解したといったほうがいいかもしれない。

頭に直接語りかけ響く声のようなものがあって、山や屋敷周辺でのできごとが手に取るようにわかるんだ。

これが屋敷の主になるってことなのかな?

ぼくは目を細めて、顔をほころばせた。

「黄祈と呉さんのこどもが産み落とされたんだって――」

闇のなかは時限がちがったからだろうか。

ふたりきりじゃなくて、三人の生活がはじまるみたい。



空を仰ぐ。


孤独?


いいや、たぶん――



「さみしいけど……あったかいね」







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