1話
物心ついた時から'私'の思考には『彼』がいた。
正確に言えば生まれた時から、といえばいいのか、成熟した人間のそれであり、最低でも大人とされるほどの人生経験を積んでいたであろうその意識は、生まれたばかりの私の頭の中で小煩く騒いでいた。
何やら転生だとか生まれ変わりだとか、そんな言葉を口走っていたのを僅かながらに覚えている、しかし『彼』が永遠に言葉を紡いだままだったので、通常よりも自意識が早く芽生えたであろう私の存在を『彼』も認知したのか、時折話しかけてくるようになった、同時に『彼』のいう転生や生まれ変わりとは少し違うということにも気づいたらしい。
『彼』曰く、この世界は魔法や魔獣が存在する世界、とのことで、私の思考の中にしか存在しないはずの『彼』がその情報をどうやって手に入れたのかは知らないが、現に私はまだ生まれて少しながらも『彼』の手を借りることでその魔法を発動することが可能だった。
テンプレ通りなら、幼少の頃から魔法に励むことで魔力量や制御能力が上がるはず!とかなんとかで、気絶するまで半強制的に魔法を使わされたのは今でも恨んでいる。
その甲斐もあってなのか、『彼』とほぼ毎日常に会話を重ね、『彼』の知識や物語を得たことからなのか、一年が経つころには私の意思を相手に伝えることまでなら可能になっていた、『彼』が言うには早いけれど、別にすごく早いわけでもないそうで、若干残念そうにしていたのが、少し腹が立った、おそらく初めて怒りを覚えた瞬間であろう。
自分の意思を相手に伝える、まぁつまりは簡単な会話をできるようになった私は、母にあたる女性からいくつか話を聞かされた、どうやら私は辺境伯家の三男として生まれたとのこと、『彼』はそのことにどこか興奮気味であり、私が生まれた現状や、国家についての予測を立てて教えてくれた、『彼』がたまに話していた「ナーロッパ的な世界みたいだな…」という言葉や、それに伴う一般の生活ぶりというのを鑑みるのに、私が産まれた家はそれなりに裕福なのだろうとも予測がついた。
ちなみに私には何人か兄姉がいるようで、今のところ兄らしき人が1人、姉らしき人が2人、1日に一度は必ず訪れている、余談だが父はかなりの頻度で会いに来るが、高確率で母によって追い返されている。『彼』の予測では仕事の途中できているのだろう、とのこと、執務はしっかりこなしてもらわないと困るので、父には少し我慢を覚えて欲しいものである。
少しして、時間にすれば私が産まれ、『彼』と話すようになってから12年と少しが経過した。
『彼』に言われ、文字を覚えてからは必ずつけるようにしていた日記に今日のことを書き込みつつ、これまでのことを思い返す。
まず初めに、五歳の頃『彼』のことを父と母、そして家にて執事長を務めており、私の教師を務めているアヴィルに打ち明けた、私には産まれた時から別の意識が存在し、彼と会話を続けてきたことから、普通の子供と比べれば変わっている、不気味に思うかもしれない、と。
どうやら私の心配は杞憂だったようで、父も母も受け入れてくれ、アヴィルに至っては納得したような表情をしていた、また『彼』の知識はこの世界の常識においても逸脱したものらしく、その知識の扱い方には気をつけるようにとも言い含められた。
そしてもう一つ、弟と妹が産まれた、ちなみに私は上に兄が1人、姉が2人だと思っていたが、どうやら兄がもう1人存在するらしく、父には合計で7人もの子供がいることがわかった、また母が全て産んだわけではなく、長男と私、三女と四男は正室である母の子、次男と次女、そして長女は側室であるユリフィア母上の子であるそう、家族仲は悪いわけではなく、大家族でありながらも困窮しているわけでは無い。
困窮しているわけではない理由はもちろん貴族であることなのだが…半分は私、いや『彼』がなんとかしたと言っても過言では無い、我が辺境伯領では蚕産業が有名らしく、織物や衣類が特産品であった、それを聞いた私もとい『彼』が父に品種改良という技術の話をすると、なんとそれが想像以上の結果をもたらしたらしく、作物にも転用できることから、私が生まれる前と比べると2倍近くの収益になったのだとか。
ちなみに品種改良にはそれなりの時間がかかる、というのは『彼』の談だったのだが、そのあたりは魔法で解決できたらしく、私なりの道徳感においてそれはあまりにも非人道的では?(意訳)と伝えたところ「金が稼げるなら問題はない」と一蹴された、しばらく母と姉、夜には『彼』に慰めてもらった、解せぬ。
そして最後だが、現在、12歳となった私の思考に『彼』は存在していない、『彼』曰く私の自意識が育つごとに、やがて統合されて消えるのだと話していたのを覚えている、それを聞かされた時は寂しく思ったし、同時に『彼』にとってそれはとても恐ろしいことではないのかと悲しくも思った。
9歳の夏頃、普段の日課の体操と、魔法の鍛錬を終えたあと、水浴びをするまでに至っても『彼』の声は聞こえて来ず、その時ばかりは一日中何にも手につかなかったのを覚えている、その時から『彼』であった俺は、私になったのだろう。
日記を書き進めているところで、私に声がかかる、次女のフレア姉様の声だ。
「ダイン!支度は終えた?そろそろ出立の時間よー!」
「今行きます!」
精一杯張った、いつもの様子で元気な声に少し頬を緩ませながらも、日記に最後の一文を綴り、魔法で作った異空間の中に放り込んで、部屋の外へと向かう。
今日はまだ幼い弟と妹、2人の面倒を見る母を除いた家族で、王都へと向かう日、第二王子殿下と婚姻を結んだ長女、フェリア姉様のお披露目パーティに参加するためであり、私こと、ダイン・アルフレイブが王立学校の試験の為の出立である。




