6 転校生⑥「なかなか難しい、かな」
二学期は平穏のうちに一週間が過ぎた。明日で八月も終わる。
およそ一カ月の夏休みを経て、同級生それぞれにさまざまな変化があったのだと思うが、教室の雰囲気には大きな異変はない。転入生が一人加わったことくらいだ。
俺には些細な変化があって、席を移ることになった。前から二列目、亜希の隣の席だったのだが、最後列に移った。
二学期の初日に登校するなり亜希が「ねえ、悠生、あなた、仲良しの優琉の隣に移ったらどうかしら。」と言ってきたからだ。
学校では「あんた」じゃなくて「あなた」と呼んでくれる。が、「移ったらどうかしら」は「移りなさい」と同義だ。
その意図はすぐにわかった。最後列の、優琉の席の横に転入生用の机が用意されている。
「そうだな、それはいいかも。」
俺はそのまま最後列に移動して、もうすぐ担任の先生に連れられてくるであろう三琴に二列目の席を譲ることにした。
「あ、みんな、今日転入生が入るのね。朝の電車で会ったんだけど、あまり背の高くない女の子だから前の席にしてあげようと思うの。いいよね?」
さすが次期生徒会長、同級生達へのフォローも完璧だ。異を唱える同級生はいなかった。
そんなわけで席が最後列の、優琉の隣に変わった。
朝は揃って登校する三バカトリオだが、帰りはバラバラだ。
優琉はサッカー部、翔太は将棋部の活動がほぼ毎日ある。
俺の美術部も活動は毎日あるが、実質的には一年生の女子が一人で黙々と油絵を描いている。が、俺は週に一度しか行かない。
今日は学校帰りに買い物もないから、まっすぐ御代田駅に向かう。16時過ぎ、帰宅部員達の下校時刻だ。
タッタッタッ、と軽快な足音が後ろから近付いてきた。
「下田君。」
呼ばれて振り返ると、三琴が追いついてきて歩調を緩めたところだった。
「おう。」
三琴とも、毎朝一緒に登校しているが、帰りに一緒になるのは初めてだった。
「部活見学は一段落?」
「うん、今日は亜希ちゃんが生徒会に行ったから。」
この数日、亜希が三琴を各部活に連れ回して、主に運動部の活動の様子を見学させていると聞いていた。
「前の学校ではラクロス部、って言ってたっけ?」
「うん、そう。」
「うちの高校にはラクロスはないからなあ。」
「それはわかってて転入してきたんだから、大丈夫。」
「そっか、それで、どこか面白そうな部はあった?」
「うん、なかなか難しい、かな。」
御代田駅は信濃追分よりかなり立派な駅だ。町の人口もゆるやかに増加していて、街道沿いには大型の商業店舗も増えてきた。御代田高校の生徒も、多くはこの御代田町内か、小諸市内から通っている。
「難しいか、わかる気もするな。」
二年生の二学期から部活動に加わるというのは相当な勇気が必要なことだ。経験があれば別なのだろうが、未経験だと一年生よりも遅れたスタートになる。
改札を抜けて、ホーム連絡橋を渡る。
「亜希ちゃんが一生懸命紹介してくれるから、まじめに考えないと、とは思ってるんだけど。」
「いやいや、亜希の顔を立てる必要はないよ。八木さんがどうしたいか、が一番大事なんだから。」
「うん、そうだよね…」
亜希は押しが強いからなあ。
「下田君たち、本当に仲がいいよね。」
「ああ、三バカトリオと亜希のこと?」
「ふふっ、三バカなんて思ってないよ。」
「でもそうだなあ、こういうのは都会にはあんまりないのかもな。」
「そう、なのかな。」
軽井沢行きの電車がホームに入ってきて、ぞろぞろと乗り降りする。この時間、電車は比較的空いている。
車内はボックス席と、横並びの二人席になっていて、ちょうど目の前の二人席が空いたから、そこに並んで腰掛けた。
「都会のことはよく知らないけど、例えば、高校に通学しようと思ったら、電車は選べないからさ、必ず毎朝、同じ電車に乗ることになる。」
「うん、そうだね。毎朝、乗り遅れないように準備するの、けっこうプレッシャーだもん。」
「都会から来た人はみんな、まず時刻表に慣れるところから始まる、って言うよな。」
「うんうん。時刻表が白くて、最初はビックリした。」
「そうそう、余白が多いからね。俺達からしたらさ、時刻表見ないで駅に行くなんて考えられない。」
「うん、そっかぁ。私も少し慣れてきた。」
電車は開けた畑作地帯に差し掛かった。レタス畑の向こうに、浅間山がくっきりと見えている。
「八木さんには幼馴染、っている?」
「うーん、小学校時代の友達にたまに会うことはあったけど、高校までずっと一緒っていう子はいなかった。」
「そうなんだ。じゃあ、ちょっとわかりにくいかもなあ。」
「うん、お互いに下の名前で、しかも呼び捨てで呼び合う、なんて男子はいなかった。」
「ああ、そこか、なるほどなあ。それは俺達の場合、少し特殊なのかもしれない。」
「特殊?」
「ああ。うちは片親だし、優琉の家は蕎麦屋、翔太は農家、亜希の家は今は中軽だけど、小学生の時は俺の家の二軒隣だったんだ。」
「あ、そうだったんだね。」
「亜希は小さい時からしっかりしててさ。俺たち三人は鼻たれ小僧だったから、亜希がお姉さん役みたいな感じだったんだよな。」
「ふふふ、それはちょっとわかるかも。」
電車が減速し、やがて信濃追分駅に到着した。
「俺が一年生の時に、俺の母親が入院して、二年生の時に亡くなってさ。」
「うん…、美悠ちゃんに聞いた。」
電車を降りて、ホームを並んで歩く。
「それで妹の美悠もいたから、夕方はたいてい亜希の家か、翔太の家に世話になってた。優琉も一緒だったから、全部で五人だな。」
翔太は三人兄弟の末っ子で、上の二人の兄とは歳が離れている。優琉には弟がいるが、亜希は一人っ子だ。
「小学生の時とはみんな変わった?」
駅前からの帰りは本来なら一本違う道を行くのだが、三琴の帰り道のほうに迂回する。どうせ大して変わらない。
「うーん、思い返してみればもちろん変わったんだけど、俺達はずっと一緒だったから、変化に気づかないまま高校生になったし、関係性を変えるタイミングもなかったんだよな。」
「そっかぁ。幼馴染のグループってちょっと羨ましい気もする。」
「あはは、本人達はなんとも思ってないけどね。だからさ、亜希は少し気合が入っているというか、必要以上に八木さんに何かしたいと思っているんだと思う。」
「うん、ほんとにありがたく思ってる。ちょっと圧倒されてるけど。」
「八木さんは優しいからな。」
「えっ、私が?どうして?」
「この前の迷子のお嬢様の時もそうだったし、ペンションの動画を観てもらった時も。」
「そうかなあ、これは優しい、っていうのかな。」
「実を言うとさ、少し心配してたんだ。」
「え、心配?」
「八木さん、亜希の隣に席があるだろ?」
「うん。」
「あそこね、俺の席だったんだ。」
「えっ、そうなの?」
「二学期最初の日の朝さ、八木さんがお母さんと職員室に行って、」
「うん」
「俺達は教室に行って。そしたら亜希がさ、悠生は優琉の隣に行けば?みたいなことを言ったんだ。」
「うん…」
「優琉の隣に、八木さんのための机が置かれていたから。」
「え、ごめんなさい、知らなかった…」
「ああ、八木さんが気にすることはまったくないよ。亜希はそういうやつだってこと。」
「それは、えっと、私の背が小さいから?」
「うん、それもあるな。でも隣で面倒見たかったんじゃないかな。」
俺の家のほうに曲がる旧中山道を通り越して、国道まで歩いてきていた。
「あ、ごめん、下田君の帰り道、通り過ぎちゃって。」
「ああ、いいよ、もう少し話しながら歩くか?」
「うん、もう少し、お話聞きたい。」
借宿交差点の信号が変わって、俺達は国道を渡って坂道を上り始めた。




