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第49話 終結、そして

 ルカたちが空を飛ぶクルルを見上げていると、翅馬(しば)に乗った(こう)がこちらに向かってくるのが見えた。

 一直線にこちらに飛ぶと、嵐の前にふわりと舞い降りる。


「陛下。あの瑞鳥はルカ様の?」

「ああ。ルカが孵化させた瑞鳥だ」


 鋼は驚いた顔をこちらに向ける。


「あのような姿になるなんて、聞いたことがありません。ルカ様、もしや瑞鳥を配下に置いたのですか?」

「配下?」


 鋼の言っている意味が分からずルカは首を傾げる。


「まさか、ルカはまだ魔物を配下にする魔法を知らない。あれは瑞鳥の慈悲だろう。そういう鳥だからな」

「そうでございますか」


 二人の会話を聞いていたルカは、闇の中で聞いた声が気になって訊ねた。


「嵐、『血の契約』って何か分かる?」

「血の?」

「さっきそういう声を聞いた気がして……」


 ルカの言葉に嵐は鋼と目を交わすと、少し怪訝そうな顔でまたルカを見た。


「それはクルルの声だったのか?」

「分からない……。そうだと思うけど……」

「魔物から契約を持ちかけるなんてあまり聞かない話だけど、瑞鳥ならそういうこともあるのかもしれないな」

「あの瑞鳥によほど心を寄せられているのでしょう」


 鋼にそう言われて、ルカはほんの少し血の滲む手のひらを見る。

 あの男性の声がクルルの声とは到底思えなかったけれど、二人がそう言うならきっとそうなのだろう。

 何にしろクルルが助けてくれたことに変わりはない。ルカはそう思うと、笑顔になって顔を上げた。


「陛下、街の魔物たちもどうにか討伐できました。今は生き残った民たちの救護に当たっています」

「そうか……。城の中もだいぶやられている。こちらにも人を送ってくれ」

「御意」


 ルカは鋼の言葉にホッとしながらふと秀を見ると、秀は倒れている兵士の手を取っていた。


「秀様……」

「大丈夫、治療すればどうにかなる」


 苦しそうに呻き声を上げている兵士に優しく声を掛ける秀に、ルカは走り寄ると大陸語で通訳し語り掛けた。

 その言葉に兵士は少しだけ表情を緩めゆっくりと目を閉じた。


「嵐、生き残っている人を探しましょ!」

「ああ、そうだな。秀、ここはお前に任せる」

「分かった」


 嵐と共に歩きだすと、瓦礫で崩れた廊下を奥へと進む。

 人を見つけるたびに二人は駆け寄り、生死を確認する。すでに事切れている者にはルカが祈りを捧げ、まだ息のある者には嵐が治癒の魔法を使った。

 ルカは涙を滲ませながらも心を奮い立たせて進む。けれど奥に行けばいくほど紫奇猿の毒が濃く、生き残っている人は少なくなっていった。


「この辺りで随分暴れたようだな」


 壁が崩れ去り空が見える廊下は、もはや内なのか外なのか分からないほど破壊されてしまっている。

 周囲には騎士たちの亡骸が多い。その中には貴族の姿もあり、貴族を守るために騎士たちが奮闘したのがよく分かった。

 そうして貴族たちがサロンとしてよく使っていた部屋に入ると、たくさんの貴族が倒れていた。

 遠目に見ても動いている者はいない。ルカはその惨状に立ち竦み、それ以上近付くことができない。


「ルカはそこにいて。無事な者がいないか見てくる」


 嵐が優しくそう言い、部屋の中へ走って行く。その後ろ姿を両手を握り締めて見ていたルカは、ふと部屋の端に蹲るように倒れた男性に気付いた。


(まさか……そんな……)


 ふらりと足を動かし、一歩一歩よろけるように近付いていく。

 魔物から逃げたかったのか、大きな机の陰に隠れるように倒れている。目から大粒の涙が零れて視界が歪む。それでも歩みを止めることはできず、その身体のそばに崩れるように膝を突くと、そっと背中に手を置いた。


「お……父……様……っ……」


 覗き込んだ顔は確かに父親で、ルカは嗚咽を漏らし呼び掛ける。


「お父様……、お父様……」


 ただ名前を呼ぶことしかできなかった。その姿は眠っているようで、呼び掛ければすぐにも目を覚ましそうな気がした。

 けれどいくら呼んでも父親の目が開くことはなかった。


「ルカ……」

「嵐……っ……、お父様が……」


 こちらの様子に気付いた嵐が走り寄り抱きしめてくれる。

 何度も傷つけられ失望し、決して好きだとは言えない父だった。それでも死んでしまえばこんなにも悲しい。涙が止まらないくらい、つらくて苦しい。

 こんなことになってやっとルカは、自分は父親と分かり合いたいと願っていたのだと気付いた。けれどその願いはもう二度と叶えることができない。

 頭の中は後悔の念で埋め尽くされ、涙は止まらなかった。

 それでも永遠に涙が零れることはなく、次第に頭が冷静になってくるとルカは顔を上げた。


「ルカ……、助けられなくてごめん……」

「嵐が謝ることじゃないわ……」


 目が合った嵐がしょんぼりと眉尻を下げて言ってくる。その優しさに触れてルカは微笑むと、両手を胸の前で合わせ祈りを捧げる。そうしてゆっくりと立ち上がると、嵐を見た。


「さぁ、生き残っている人を探しましょう。きっといるはずよ」

「そうだな……。国王も心配だ」

「国王……。そういえばさっき、エレノア様を一瞬見たわ」


 戦いの最中だったのではっきりと行き先が見えた訳ではないが、なんとなくルカにはエレノアのいる場所が分かる気がした。


「嵐、国王陛下のいる場所にきっとエレノア様もいるわ」

「そうか。探してみよう」


 嵐は頷くとルカの手を握り歩き出す。ルカは記憶にある国王の私室にまず足を向けた。けれどそこはもぬけの殻で、次に執務室へ行くと扉を守る近衛騎士が血を流して倒れていた。

 息がないのを確認すると、嵐がゆっくりと扉を開ける。広い室内には天井がなく、一瞬強い風が吹き付けた。


「ここにも入られたのか……」

「酷い……」


 荒れ果てた室内を見渡しルカは眉を顰める。嵐と共に室内を見て回っていると、微かに声が聞こえた気がした。


「待って、嵐! 声がしない!?」

「声?」


 ほんの微かに聞こえる声は執務室に並ぶ大きな本棚から聞こえてくる。


「ちょっとどいてて」


 嵐はそう言うと、一度本棚に耳を寄せ、それから力を込めて本棚を押した。すると、壁だと思っていた本棚の裏に小さな扉を見つけた。


「隠し扉か」


 屈んで入らなければならないほど小さな扉を嵐が開けると、泣き声がはっきりと聞こえた。

 ルカも嵐の後に続いて扉を抜けると、そこは小さな部屋だった。机とイス、それくらいしかない室内に男女が二人倒れている。


「陛下! エレノア様!!」


 倒れた国王の身体に覆い被さるようにエレノアが倒れている。


「お父様……なぜ……こんなことに……」


 二人が入ってきたことに気付いていないのか、エレノアはぶつぶつと呟き続ける。


「エクールが負けるなんて……」

「嵐!」


 まだ息があるのだと、ルカは咄嗟に嵐に助けを求めた。けれど嵐は厳しい表情のままゆっくり首を振った。


「わたくしは悪くない……。絶対……悪くない……」


 一点を見つめたまま呟くエレノアの顔は、額の辺りが紫に染まり爛れてしまっていた。

 よく見れば水色のドレスは血に汚れ、床には血だまりができている。

 治癒の魔法が万能ではないことをルカは知っている。どれほど晶国の魔法が優れていても、すでに消えかけようとしている命を救うことはできないのだ。


「エレノア様……」


 ルカの呼び掛けにエレノアが反応することはなかった。それから少しして呟きが消えると、漏れるように聞こえていた呼吸の音がなくなる。

 ルカは嵐と寄り添いそれを見届けると、祈りを捧げた。


(これは抗えない運命だったのかしら……)


 エレノアが人質として晶国に向かうことになった時から、すべては決まっていたのだろうか。

 こんなにもむごい最期を迎えてしまう前に、違う道を選択することはできなかったのだろうか。

 だがそれは今更考えたところで何の意味もない。

 ルカは合わせていた手を解くと、嵐と共にその小さな部屋を後にした。



◇◇◇



 それから嵐の指示のもと、怪我をした者たちの治療を続けた。晶国の兵士を怖がっていた者たちも、必死に治療を続ける姿を見て、手伝う者も出始めた。

 城内で生き残った貴族や騎士、使用人たちも、大広間に寝かされて治療が行われた。ルカもできる限り通訳をして、晶国は敵だと拒否する者たちの説得に回った。

 そうして夕方になる頃、メルサ王国の軍勢が城下町に入ったと知らせが来た。メルサ国王も鎧姿で同行しており、破壊された王城を見ると、驚きを隠せない様子だった。


「なんということだ……」

「メルサ国王、どうしてこちらへ?」

「エクール王国が結界を破って晶国へ侵攻したと知らせがきて、真偽を確かめにきたのだ」

「軍を率いて、ですか?」


 嵐の言葉にメルサ国王は険しい表情で頷く。


「500年前、結界のない時代に、丘の国は魔物の脅威に晒された。もし本当に結界を破ったのなら、きっと魔物が溢れるだろうと思ってな」

「そうでしたか……」


 メルサ王国には正しい歴史が残っていたのだとルカは驚いた。もしエクール王国にその歴史を知る者がいれば、きっとこんな事態にはならなかっただろう。


「だがこれほど酷い有り様になるとは……」

「晶王よ。まさかあの魔物たちは晶国が仕向けたものではあるまいな」


 突然、メルサ国王の隣にいた精悍な男性が口を開いた。鋭い眼差しで嵐を睨み付けてくる。


「違います! 決してそのようなことはありません!!」


 嵐が答えるより早く、ルカは咄嗟に口を出していた。

 これだけは絶対に誤解されたくないと、男性の視線に怯むことなく前に出る。


「私たちは必至に魔物と戦いました! 助けられなかった人もいるけど、今も懸命に生き残った人たちを治療しています!!」

「リーンハルト、やめぬか」

「ですが父上!」

「ここに来る道中で見ただろう。晶国の兵士たちは皆怪我を負いながらも、城下の者たちを献身的に治療している。あれを見れば晶国が魔物を放ったのではないと分かるはずだ」


 メルサ国王が諫めるようにそう言うと、リーンハルトと呼ばれた男性は口を閉ざした。

 ルカがその様子にホッとすると、嵐が肩を優しく叩いてルカを下がらせる。


「我が国の城にエクール王国の王太子を保護しています。治療にはまだ時間が掛かるかとは思いますが、怪我が治れば事情を話すこともできましょう」

「エクール国王はどうなされた? まさか……」

「残念ですが、エレノア王女と共に……。王妃はどうにか命は取り留めましたが、どうなるか……」


 嵐がそう言うと、メルサ国王は唸るように大きく息を吐く。


「そうか……」

「国の柱が倒れた今、このままでは復興もままなりません。メルサ国王、すぐに五大国でエクール王国のことを協議してくれませんか?」

「いや、それでは時間が掛かってしまう。このまま晶国が残ってくれまいか」


 メルサ国王の提案に嵐は驚いた。


「エクールの民からしたら言葉の分からぬ晶国の者より、五大国の方々の方が良いのでは?」

「魔法の治療は、どの国よりもよほど晶国の方が優れておるだろう。これだけの被害だ。魔法の力が大いに役立つ。それに我が国がこのままエクールに居座れば、五大国の均衡が崩れてしまう。エクールは晶国の預かりにして、その間に五大国でエクールの処遇を考える。もちろんその間、我が国も復興に全力で手を貸そう」


 戸惑う嵐の顔を見つめ、ルカはそっと手を伸ばすとその手を握った。


「嵐、私もそれがいいと思う。皆を助けましょう」

「ルカ……」

「ああ、そうでしたな。王妃がエクールの方ならば、なおのこと民たちも安心するのでは?」


 メルサ国王がルカの顔を見て穏やかに笑う。その笑みに嵐は背中を押されるように静かに頷いた。

次回、最終話です!

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