第40話 エクール王国からの侵攻
「エクールが……、本当なの!?」
「今、仲間からの一報が入って嵐に報告してる。エクールは南の結界を破って侵入したみたい」
「そんな……」
まったく想定していなかったことで頭がついていかない。
(まさか侵入って侵略戦争ってこと? 500年も大きな戦争もなく平和に暮らしていたのに……)
五大国は小競り合いはあっても、兵士たちがぶつかり合うような戦争は起こっていない。すべては話し合いで解決してきたのだ。
それが今更そんなことが起こるのだろうか。
「な、なにかの間違いかも……」
ルカはそう言うと立ち上がる。
「ルカ様?」
「嵐のところへ行くわ」
とにかく詳しい事情を直接聞きたくて居ても立っても居られず部屋を出た。
今の時間ならば、もう朝議が始まっている時間だと、そちらに早足で向かう。いつもなら足を止めて挨拶をしてくれる官吏に声を掛けたりするのだが、それをすべて通り過ぎ一目散に朝議の間へと向かった。
開け離れたままの扉の前に行くと、中はざわざわと騒がしく、紛糾しているように見える。
「ルカ様」
「中に入って大丈夫かしら」
扉を守る兵士に声を掛けると、兵士は持っていた槍をドンドンと床に打ち付けた。
「ルカ様! ご入室!」
兵士の声に室内がピタリと静かになると、こちらに全員が顔を向けた。玉座に座る嵐の隣には人間の姿の櫂と思羅もいる。
「ルカ、どうしたんだ?」
「ごめんなさい、お邪魔して。あの……、エクール王国が攻めてきたって」
「ああ、耳に入ったのか」
嵐が手招きするのでルカは部屋に入ると、嵐の隣に立った。思羅が優しく肩を撫でてくれる。
「思羅様……」
「大丈夫よ」
「はい……。嵐、詳しく話を聞かせてくれる?」
「ああ。今ちょうど皆に話していたところだったんだ。南側の結界を見回っていた黒雷尾が、結界を破って侵入してきたエクール王国の軍隊を見つけたんだ」
「それって、やっぱり……」
「うん。ただ遊びに来たってことではないだろうな。完全に武装していたということだし。今は華露が監視に残っている」
何かの間違いであってくれと思っていたルカだったが、軍隊が押し入っているというなら、もはや間違いはないだろう。
(そんな……、なぜ……)
動揺するルカを見て、嵐は立ち上がると優しく手を握ってくれる。
「ルカのせいじゃない」
「嵐……」
「ほら、ここに座って」
そう言って玉座に促されて少し驚きながらも素直に座る。嵐は立ったままで臣下に向き直ると、腕を組んだ。
「黒雷尾からの報告では青河にはまだ到達してないらしい。あの辺りは……」
「鋼・逸が守っておりますね」
「鋼かぁ……。鋼は嬉々としているんじゃないか?」
「誠に」
全丞相との会話はどこかのんびりしていて、緊張感がないように感じる。
よく見れば重臣たちもそれほど険しい表情の者はいない。
「紫奇猿のために鋼をやっているんだが、面倒なことになりそうだ。秀、お前行ってきてくれないか?」
「ええ? 私は鋼とまったく性格が合わないんですが」
「だからいいんだろうが。鋼の足を引っ張っておいてくれよ。時間稼ぎには丁度いい」
秀もまた別段いつもと変わらない様子だ。
戦争になるかもしれないという雰囲気ではまったくない。それがルカには不思議でならなかった。
(シキエンって何かしら……。足を引っ張るとか、意味が分からない……)
戦争のための対応とは何か違う気がする。そんなことは経験したことなどないが、ルカは想像とは違う晶国の反応に戸惑った。
「全域に散らせている黒雷尾を一部南に移す。偵察はそれでいいだろう。秀には大使の役割を与えるから、もしエクールの部隊と会えるようなら、あちらの意思を確認してきてほしい」
「会えますかねぇ」
「会えたらでいい。無理はするな」
「分かりました。直ちに出立します」
それで朝議は解散となった。もっと具体的な話し合いがなされるのかと思ったが、ルカは結局意味が分からないままで終わってしまった。
「嵐、どういうこと? 話し合いの場を設けるとか、そういうことはしないの?」
玉座から立ち上がったルカは、机の上に広がる地図を見ている嵐に話し掛ける。
嵐の隣まで来ると、地図に駒のような石が置かれていた。
「エクールが破った結界はこの辺りで、青河はここ。で、この辺りに鋼の屋敷があって、周辺を部下たちが常に警戒している」
嵐が地図を指し示しながら説明する。それをルカは頷きながら真剣に聞く。
地図の中央には剣雷山があり、青河からの距離は相当あるように見えた。
「実際、結界から真っ直ぐ剣雷山に向かえたとしても、森の中を行軍してくるのなら、10日以上はかかる」
「10日!? すぐじゃない!」
「それは何の妨害もなければだよ。その間には青河もあるし、実際森を真っ直ぐ進むのは不可能だ」
「でも、時間の問題でしょう?」
ルカの言葉に嵐は駒を一つ取ると、結界のそばに静かに置いた。
「ここに紫奇猿がいる」
「“いる”ってことは魔物?」
「そう。常に武将である鋼を見張りに立たせなくてはいけないほどの大物だ」
「それって……」
「今のところ、エクールの軍は我が国に脅威を与えていない。結界はすぐに修復できる。それよりも森に人が入ったことで、魔物の動きが心配なんだ」
そこでようやく嵐の目が真剣になっていることにルカは気付いた。
「そんなに恐ろしい魔物なの?」
「うん。黒雷尾たちも警戒する大物だ」
櫂と思羅に目を向けると、二人は深く頷く。
ルカは戦争になってしまうかもしれないと単純に思っていたが、そんな簡単な話ではないことを感じて、不安に思っていることを口にすることをやめた。
「櫂、黒雷尾の配置を変える。思羅をルカに付けてくれ。華露はそのまま偵察に集中してもらう。全体の指揮は引き続き櫂が取るが、水晶宮の守りは才にさせてくれ。玲は全域の取りまとめをさせる」
「分かった」
櫂は短く返事をすると、ふわりと黒雷尾の姿に戻り部屋を駆け出て行く。
その様子を心配げな目で見ていたルカに、嵐は笑い掛ける。
「心配することないさ。水晶宮が攻められることなんて万に一つもない。ルカは安心していつものように暮らしていればいい」
「でも……」
「大丈夫。な?」
優しくそう言われて、ルカは小さく頷くしかなかった。




