第38話 晶国への帰路
その日の夜、晩餐会と、歓迎の舞踏会が開かれた。
父親のことで気落ちしていたルカだったが、晩餐会用にと昼間以上に美しい装いに身を包み、嵐と共に他国の国王や大臣たちと言葉を交わしている内に、どうにか気分は上向いて、パーティーの時間になる頃には、自然な笑みが戻った。
畏まった晩餐会とは違い、舞踏会はエクール王国の貴族たちも招いた華やかなものだった。各国から独身の王子たちも参加しているため、貴族の娘たちは美しく着飾っており、どうにか目立とうと躍起になっているのが分かる。
(私もあんな感じだったのかしら……)
壇上から見ていると、その様子がよく分かる。その振る舞いは、可愛らしくもあり少し滑稽にも見えた。
まさか自分がこんな気持ちで上から見ることになるとは思っていなかったので、本当に不思議な気分だ。
「ルカ、こちらでは男女で踊るんだな」
「そうよ。晶国は観賞って感じだものね」
「なんだかやたら難しそうだなぁ」
「そんなことないわ。やってみる?」
「ええ?」
ルカは立ち上がると、嵐の手を引いて壇上を降りる。
あっという間に貴族たちに囲まれ、ここぞとばかりに挨拶をしてくる貴族たちに笑顔を向ける。
「皆さん、お久しぶりです。さ、陛下、手をどうぞ」
「え、え?」
貴族たちに話し掛けられる前に、嵐に身体を寄せると、ルカのリードで踊り出す。
千鳥足の嵐に笑顔を向けて、ルカは前、横、後ろと指示を出す。
「む、難しいよ、ルカ!」
「平気、平気! 私に合わせて!」
久しぶりのワルツに楽しくなってきたルカは笑顔で言う。その笑顔を間近で見た嵐は、つられるように笑った。
「良かった。ルカが笑顔で」
「あなたのお陰よ、嵐」
あっという間にステップを覚えた嵐がリードを取り出す。それに驚いて顔を見ると、嵐はルカの身体をもっと引き寄せて抱き締めるように踊る。
「嵐、くっつき過ぎよ」
「そう?」
少し恥ずかしくなってきてそう言うが、嵐は知らぬ顔で踊り続ける。
周囲の目が気になって、ちらりと視線を流すと、女性たちが羨ましそうに見つめている。その視線に少しだけ優越感を覚えながら踊っていると、ふと人垣の中にギルバートの姿を見つけた気がした。
けれどその姿はすぐに人に隠れてしまい見えなくなる。
(ギルバート……)
今更会ったからといって、きっと話すことなどないだろう。謝ってもらうのも違う気がする。だからルカはもうギルバートを探すのはやめた。
それから深夜まで舞踏会は続いたが、結局一度もエレノアの姿を見ることはなく舞踏会は終わった。
◇◇◇
それからルカと嵐は、各国の国王と個別に会談などがあり、一週間をエクール王国で過ごした。
そうして晶国へ帰国する日となった。
「長いと思ったけど、あっという間だったね」
「忙しくしていたからな。帰ったらゆっくりしよう」
王城から嵐と話しながら馬車が待つ広場へと歩く。以前はこの道を暗い気持ちで歩いたが、今はどこか清々しい気持ちに満ちている。
広場に出ると、すでにエクール国王が待っていた。
「もうお帰りとは、残念なことだ」
「素晴らしいもてなしに感謝する。王妃も余もとても楽しく過ごさせてもらった」
「そうか。それは良かった」
「盟約の件はこのまま進めて頂き、エクール国王が取りまとめて頂けるとありがたい」
「それはもちろん。五大国の代表として、エクールが責任を持ってやり遂げよう」
胸を張るエクール国王に嵐は大きく頷く。
「さて、お引き止めするのも無粋だろう。どうぞ出立を」
「ではまたいずれ。お会いできる日を心待ちにしております」
嵐はそれで挨拶を終えると、ルカを促し馬車へと乗せた。
ルカは一瞬振り向き、周囲を見渡すが、やはりエレノアの姿はない。
(エレノア様……)
馬車に乗り込み腰を下ろしたルカは、窓から王城を見た。
もしかしたらどこかの窓からエレノアが見ているかもしれない。
(さようなら、エレノア様……)
きっと自分のことを憎んでいることだろう。それならたぶん会わない方がいいのかもしれない。
もし会うことができて、怒りをぶつけられたとしても、自分はきっと謝らない。そして話は平行線だ。
「やっぱり名残惜しい?」
何も言わず外を見ていたルカに、鈴が話し掛けてきた。
ルカは視線を鈴に向けると、笑顔で首を振った。
「うん、ちょっとだけね。でももうこの国に未練はないわ」
「本当?」
「ホントよ。今は晶国に早く帰ってゆっくりしたいわ」
そう言うと、鈴は少しだけホッとした顔をして笑顔になった。
そうこうしている内に馬車が走り出す。すぐに車輪の音が消えると、窓の外の景色はただ空だけになる。
始めて晶国へ行った時は、賑わう城下町を抜けて行った。それを今回は眼下に捉え、馬車は行く。
遠く風に乗って歓声が聞こえる。
「みんな、屋根に乗って見上げてる」
「驚いているのよ。馬車が飛ぶなんて、誰も見たことなかったんだもの」
鈴が楽しげに窓から城下町を見下ろしている。ルカはその様子を見るだけで、もう外を見ることはなかった。
行きと同じようにかなりのスピードで一行は進み、あっという間に結界を越えた。晶国の領土へ入ったことで、ルカはやっとこれで終わったのだと肩から力が抜ける。
「そろそろ馬車に乗っているのも飽きたんじゃないか?」
ふいに馬車の外から声がしたと思ったら、窓の外に嵐が顔を覗かせた。
驚いていると、扉が開かれ風が吹き込んでくる。そこにはすでに王冠を外し髪を崩した嵐が、翅馬に乗り込んでこちらを見ていた。
「嵐!」
「ずっと大人しくしてたんだ。水晶宮まで少しだけ羽を伸ばそう」
そう言って手を差し出す嵐に、ルカは目を見開く。鈴はクスクス笑いながらも、ルカの頭の王冠をそっと取った。
「ちょっと怖いかも」
「大丈夫、絶対落とさないから」
開け放たれた馬車の扉から下を見ると、森の遥か上空に留まっている。吹き上がってくるような風に長い袖が揺れる。
以前乗せてもらった時は地面からだったから怖くなかったが、上空で飛び移るには恐怖が勝る。それでもルカは勇気を出して嵐の手を握った。
強く引っ張られて身体が前へ投げ出されると、あっという間に嵐の腕の中にいた。
「さ、掴まってなよ!」
「ヤ!」と楽しげに声を上げると同時、翅馬がすごい速さで飛び始める。
「ら、嵐! 早すぎるわ!」
あまりのスピードに怖くなって嵐に抱きついたルカだったが、少しするとその速さに慣れてきて景色を見る余裕が出てくる。
強く顔にぶつかる風も広がる青空も、濃い森の緑も、何もかもが美しくて、心が解放されていく気がする。
胸いっぱいに空気を吸い込むと、深呼吸をした。
「少しは鬱憤が晴れたか?」
エクール王国への帰郷は楽しいだけのものではなかった。それでも今、行って良かったと思える。
「私を苦しめた人たちは、私が苦しんだ理由を理解していない。それはいくら言葉で言っても、きっと伝わらないんだわ。本当は色々言いたかったけど、今はその時じゃない気がする」
「そうか……」
ルカの言葉に嵐はそれ以上何も言わなかった。
ルカも言葉にしてみて、それが本心であると確信できた。『今はその時じゃない』と心が納得している。
「なんだかすっきりしたわ」
「ルカは大人だなぁ」
「あら、そう?」
「俺だったら、ぶん殴ってやるよ」
嵐が右手を振って殴るふりをしたのを見て、ルカは思わず笑ってしまった。
嵐に殴られる父親を見てみたい気もする。
「ルカ―ッ!!」
遠く名前を呼ぶ声がして、どこからと視線を巡らせると、遠く、剣雷山の方角から黒雷尾たちが飛翔してくるのが見えた。
世羅と華露、他にもたくさんの黒雷尾たちがいる。
「みんな!」
「お、皆、迎えに来たな」
嵐が手綱を握り直し、黒雷尾の方へと翅馬を進める。
「さて、帰ったら大変だぞ」
「え、そうなの?」
ゆっくりすると言っていたのにと思っていると、嵐は笑って頷く。
「忘れているようだけど、婚礼の儀式があるからな」
「あ、そっか……」
嵐の言葉につい顔を赤らめたルカだったが、ふと残っていた疑問をついに口にすることにした。
「あの……、あの、嵐?」
「なんだ?」
「あのね……、もしかして、私以外も妃になれる、の?」
櫂がそうであったように、もしかしたら嵐も複数の妃が持てるんじゃないかと心配だった。晶国の勉強はだいぶしたが、それは聞きたくなかったというのもあって、まだ誰にも聞いていなかった。
ルカの小さな声に、嵐はキョトンとした顔をすると、その後、声を上げて笑い始めた。
「わ、笑い事じゃないわ!」
「ごめん、ごめん! いや、そうだよな。櫂のことがあるからな」
笑いながらもそう言った嵐は、片腕でルカの身体をギュッと抱き締める。
「俺の妻は、ルカだけだよ」
「ホントにホント?」
「ああ、本当だ」
「そっか……、良かった……」
心底ホッとしたルカは、胸を撫で下ろす。その様子を目を細めて見ていた嵐は、ルカの耳に口を近付け囁いた。
「そんなことより、覚悟しておいた方がいいぞ」
「覚悟? なにを?」
「気が早い重臣たちは、すでに世継ぎだなんだと言い出しているからな。うるさくなるぞ」
嵐の言葉についに耳まで真っ赤になったルカが嵐を睨み付けると、ふいに顔が近付いた。
ぶつかるようにキスされて、慌てて目を閉じる。
「さぁ、帰ろう!」
「ええ!」
唇を離した嵐の言葉に、笑顔で返事をしたルカは、太陽に反射し輝く美しい水晶宮を遠く見たのだった。




