第34話 求婚の返答は
宴はそこで終了となり、ルカは嵐に促されて大広間から出ることになった。手には生まれたばかりの瑞鳥をまだ持っていて、クルルと小さく鳴く雛を落とさないように慎重に歩いた。
その背後から走り寄る音がして首を巡らせると、エレノアが周囲も気にせず走り寄ってきた。
「認めないわ! 絶対に認めない!! お前が王妃に選ばれるなんてあってはならないことよ!!」
今まで見たこともないほど怒り狂って叫ぶエレノアに、ルカは驚いて身を引いた。
その身体に掴み掛ろうとエレノアが手を伸ばすが、それを櫂が遮った。
「よせ。もはやこの方は晶国の王妃だ。失礼な態度は許さない」
「な!? なにが王妃よ!! その女はわたくしの使用人よ!! 使用人のことはわたくしが決める!! 勝手に王妃になどさせない!!」
エレノアの剣幕から守ろうとするように、世羅もルカの前に出ようとする。その肩を嵐が掴んだ。
「王女、すまないがやめてもらえるか」
「やめないわ! 使用人が王妃なんて馬鹿な話があるはずない! そんな者に誰が従うというの!?」
「王女」
「これがどういう結果になるか分かっていて!? わたくしが王妃になれないと知ったらお父様が黙っていないわ!!」
捲し立てるエレノアはもはや人の目など気にしていないようだった。髪を振り乱して怒鳴る姿を、ルカは何も言えず見つめるしかない。
「瑞鳥が産まれた以上、ルカは王妃としての資質を十分に認められたんだ。もはや誰も非難したり、文句を言うやつはいない」
「その鳥の卵はわたくしが預けれらたものよ!! ルカが勝手に奪ったの!! わたくしだって持っていたら、孵化させることができていたわ!!」
「それはないわ。瑞鳥は信頼に値する者の手にない限り孵化しない。“ルカが孵化させた”というのはある意味間違っている。“ルカを信頼できるから産まれることを決めた”というのが正しいわ」
思羅が突然割って入ると、静かな声でそう言った。その言葉にエレノアは唇を噛み締める。
「魔物が……、なんだっていうのよ。これは人間の世界の話よ。なぜ魔物が口出しするのよ……」
思羅の静かな威圧感にエレノアは声を弱くする。
「王女の怒りはもっともだが、もう決まったことだ。元々王女を王妃にするということは確約していたことではない。エクール王国に対してどうするかはこれから決める。大人しく部屋に戻ってもらおうか」
嵐が冷静に伝えるが、エレノアはまだ言い足りないのか口を開いた。
けれどその前にエレノアの周囲を兵士が囲んだ。
「な、なによ!?」
「部屋にお連れせよ」
「はっ!」
嵐の指示になかば強引にエレノアが連れて行かれる。それを見送ったルカは、表情を強張らせたまま嵐を見た。
「ルカも部屋に。色々疲れただろ?」
「う、うん……」
部屋に戻ると、どっと疲れが出てルカはイスに座り込んだ。
「瑞鳥はこちらに」
いつの間に作っていたのか、藤真が鳥の巣に丁度良い編み籠を机の上に置いて差し出してくれる。
ルカはハンカチをそのまま編み籠の中に入れ、その上に雛をそっと入れる。
「綺麗な鳥……」
「この鳥は瑞鳥といって、この国ではとても珍しい鳥なんだ。滅多に出現しない鳥で、瑞鳥はその名の通り瑞兆だと言われている。俺も初めて見たよ」
隣に座った嵐も雛を見つめて笑う。足元には黒雷尾たちが魔物の姿に戻って、静かに座っている。世羅も子犬の姿で櫂の足の間に伏せていた。
「思羅がこれで王妃かどうか見定められると言っていたのは、こういうことだったんだな」
「どういうこと?」
「元々王妃は黒雷尾の推薦を受ければなれるものなんだが、他国の者で王妃になった者は今までいなかったんだ。だから黒雷尾の推薦以上に効力があるとしたら、それは瑞鳥の出現だけだ。俺の『人質を王妃にしたい』という願いを、黒雷尾たちはどうにか実現させてやろうとしたんだろう。それで思羅がどこからか瑞鳥の卵を持ってきたんだ」
「でも珍しい鳥なんでしょう?」
「うん。どこで生まれ育つのか誰も知らない。出現は唐突で、孵化させた者なんて歴史の中で二人しかいないと言われている」
そんな珍しい鳥なのかとルカは雛を見つめる。嵐が雛に指先を近付けると、その指先を小さな嘴でつついてクルルと鳴いた。
「その瑞鳥を孵化させることができれば、文句なく王妃に認められる。だから思羅は王女に卵を託したんだろう」
「嵐、思羅様は卵をエレノア様に託したわ。私は代わりに温めていただけ。それで認められたと言える?」
「言えるさ。経緯はどうであれ、結果的に卵はルカの手に温められて孵化した。これが大事なんだ。そしてなにより瑞鳥の炎の中で生きていたことで、それが完全に証明された。あれを直接目にしたら、誰もが納得する。瑞鳥が選んだのはルカだってね」
嵐の言葉をすべて理解することは今はできそうにない。魔物の存在がどういうものなのか、理解しようと頑張ってはいるが、まだまだ分からないことだらけだ。
それでも嵐がそう言うのなら、素直に受け入れようと思った。いつかはきっと理解できると信じて。
「晶国の王妃は、身分や生まれでなれるものじゃない。魔物たちと共存していくために、常に魔物たちを理解し、人と魔物との橋渡しができるかが重要なんだ。そのために努力を惜しまないか、誠実に職務をこなせるか。それを黒雷尾たちは見定めてくれる」
「……私にできると思う?」
「もちろん。黒雷尾に言われなくても、そう信じているよ」
「嵐……。私、辞退しようと思っていたの」
宴の前に決めた気持ちをルカはポツリと呟くように言った。
「私には王妃なんて無理って思ってた。そんな教育も受けていないし、大勢の前でちゃんと話すこともできない。……でも、櫂様たちや、晶国のこと、もっと知りたいと思った。嵐が乗せてくれた翅馬のこと、他のまだ見たこともない魔物のことも、たくさん、全部知りたい」
「ルカ……」
「私に……、できるかな……」
小さく、本当に小さな声で言った言葉に、嵐は破顔した。
ルカの身体を引き寄せると、ギュッと抱きしめる。
「できるよ!」
「ホント?」
「うん! 絶対だ!!」
力強い返事と、抱きしめる腕の強さに、ルカの目から涙が零れる。
嵐はその顔を覗き込んで微笑み、そっと唇に口付けた。
「ルカ、俺の妻になってくれるか?」
静かに問われて、ルカは声もなく小さく頷く。
「ルカ?」
間近の美しい紫の瞳を見つめて、ルカはついに「はい」と答えたのだった。




