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第33話 王妃の証明

 前を歩くエレノアの背中を見つめ、ルカは酷く重く感じる足をどうにか動かして歩き続ける。

 人生の中で一番美しい衣装が、ただただ重りのように肩に圧し掛かる。それはずっと頭の片隅にあった、王妃の責務の重みのようにも感じた。


(エレノア様の言う通りだわ……)


 自分は王妃になるための教育など受けていない。何が王妃に必要なのかもよく分からない。

 そんな自分が王妃になれる訳がない。


(断るしかない……)


 嵐の気持ちは嬉しいけれど、それしか道はない。

 ルカは悲しみを堪えてそう決意すると、嵐が待っている歓迎の宴が開かれる大広間に入った。

 コの字に配置された席に座っていた男女が、全員こちらを見て立ち上がる。


「さぁ、二人とも、こちらへ」


 正面の席に座った嵐が立ち上がると笑顔で手招きする。その笑顔にルカは胸が苦しくなるが、どうにか表情を変えず歩み寄った。

 嵐を挟んで両隣にエレノアとルカの席が配置されている。それは二人が同等だと言っているようで、ルカは少し戸惑いながらも席についた。


「ルカ、どうした?」

「え?」

「暗い顔してるから」

「あ、違うの! えっと、着物が重くて。こんな綺麗なの着たことないし、髪飾りも重いから」


 嵐の指摘に慌ててルカが言い訳を連ねる。それで納得したのか嵐は屈託なく笑う。


「そっか。でも良く似合ってるよ。折角の歓迎の宴だし、楽しんで」

「うん、ありがとう」


 頷きながら嵐を見ると、その後ろからエレノアが睨んできていてルカはハッと視線を下ろした。


「陛下、このような歓迎の宴を開いて下さりありがとうございます」

「いや、遅くなって本当にすまない。詫びも兼ねて、今日は心ゆくまで楽しんでいってほしい」


 エレノアの言葉に嵐はそう返すと、正面を見た全員を見渡した。


(みな)に紹介しよう。エクール王国から参ったエレノア王女だ」


 その嵐の言葉に、エレノアはゆっくりと立ち上がると、優雅に腰を折る。


「エレノアにございます。ご挨拶が遅れ大変申し訳ありません。五大国の代表として、晶国との友好のため参りました。恒久なる和平が続くように、わたくしの出来得る限りのことをするつもりでございます。皆様、よろしくお願い致します」


 堂々たる挨拶に大きな拍手が沸き上がる。


「そして、すでに話した、ルカ・シュバルツ男爵令嬢だ」

「……エレノア様のお付きとして参りました。ルカ・シュバルツです。よ、よろしくお願い致します……」


 ルカは衆目に耐えられず誰と目を合わせることもなく、小さな声でそう言うと頭を下げた。

 エレノアが優雅に腰を下ろすので、ルカもそれに合わせて慌てて座る。そのすべてを見られているかと思うと、恥ずかしくてたまらない。


(エレノア様はやっぱりすごいな……。こういう時、全然動揺せずに話せるんだから……)


 今までたくさんの人に注目される場で発言などしたことがなかった。だからこんなに偉い人ばかりの中でどう振る舞ったらいいか分からない。

 エレノアのようにしたい気持ちは心のどこかにあるが、それを実行できるほどの勇気はない。

 顔を上げることもままならないルカは、ただ目の前に並ぶ豪華な料理を見つめるしかなかった。


「まぁ、堅苦しい挨拶はこれで終わりだ。宴会も久しぶりだからな、楽しくやろう。まずは乾杯だ」


 嵐が砕けた口調でそう言うと、全員が席を立ち杯を持つ。嵐の乾杯の音頭に合わせて全員が杯を掲げるので、ルカも慌てて同じようにした。

 そうして美しい女性たちが大広間の中央の開かれたところへ舞い出てきて、華やかに宴が始まる。


「ルカ、緊張してる?」

「え? あ、うん……。こんな華やかな席、初めてだから」

「そっか。あ、来たな」


 嵐が笑って視線を流した先をルカも見ると、大きな黒い黒雷尾がゆっくりと近付いてくる。


(かい)、反省したか?」


 嵐の足元まで来た櫂は、大人しく座ると小さく頷く。


「ルカのそばにいてくれ。俺は(はん)とちょっと話してくるから」


 席を立って談笑する男性たちの席の方へと向かう嵐を見送ったルカは、櫂に視線を戻した。


「櫂様?」

「嵐から話は聞いたか?」


 黒雷尾の姿のままで皇帝だった時と同じ声が聞こえて、なんだかルカはとても不思議な気がした。


「はい、全部聞きました」

「騙していたようで申し訳ない」

「いえ……」


 黒曜石のように艶のある美しい瞳がルカを見上げる。その目を見つめてルカは微笑んだ。


「もう謝らないで下さい。私は大丈夫ですから」

「そうか……」

「櫂殿がそんな殊勝な態度を取るところ、初めて見たなぁ」


 突然明るい声がして顔を上げると、酒の瓶を持った(しゅう)がにこにこと近付いてくる。


「秀様」

「これまで嵐に怒られることなんてなかったから、落ち込んでいるんですか?」

「うるさい」


 櫂は低くそう言うと、ぷいと顔を背けその場に伏せてしまう。ルカはそれを見下ろし、どうしようかと秀を見た。


「拗ねてるだけだから、放っておきなよ。それより、王妃になるんだって?」

「え?」

「合議の席で嵐が話したんだ。ルカを王妃に考えているって」


 秀の言葉に、ルカは戸惑い返事ができなかった。秀はルカの杯に酒を注ぎながら話を続ける。


「さすがに皆、エレノア王女が王妃になるとばかり思っていたから、面食らっていたよ」

「そうなのですか……」

「嵐が独断で決めるにはちょっと大きな事だし、まだ結論は出ていない。嵐も、ほら、納得していない臣下と直接話している感じだね」


 秀の視線の先では、秀の父、範と話し込んでいる嵐がいる。

 その様子にルカは心苦しい気持ちでいっぱいになってしまう。


(私のせいで、嵐が大変な思いをしている……)


 エレノアの言葉が頭に過り、眉を歪める。


「ルカ?」

「秀様、私、」


 ルカが自分の考えを話そうと決めた時、突然エレノアが立ち上がった。


「わたくしのためにこのように素晴らしい宴を開いて下さりありがとうございます。わたくしより感謝の気持ちを込めて、皆様に贈り物がございます。どうぞお納め下さい」


 晴れやかなエレノアの言葉と共に、女官たちが出てきて美しく装飾された箱をそれぞれに渡していく。


「まぁ! 大きな真珠だわ!」

「これは素晴らしいな!」


 箱を開けた女性が目を輝かせて声を上げる。他の者たちも口々に称賛の声を上げ、その様子にエレノアは満面の笑みを浮かべる。


「エクールには晶国にはない海の恵みがございます。わたくしが王妃になり、エクールとの交易が盛んになれば、晶国はもっと発展することでしょう」

「おー、やはり王女だ。よく気配りができる。海の物など久しく見ていなかったからな。良い手土産になった」


 恰幅の良い男性が豪快に笑う。エレノアはゆっくりとそちらから目を移すと、ルカを見た。


「ルカ、あなたは贈り物は用意していないの?」

「私……、いいえ……、ありません……」


 弱く首を振るルカに、エレノアは勝ち誇ったように笑う。


「それはそうよね。使用人にこんな高価な物、用意できないものね」

「エレノア様……」

「あなたはやっぱり気が利かないわね。そうだ! 何か芸でもして見せたら?」

「え?」


 なにを言い出すんだと怪訝な表情でエレノアを見るが、エレノアはそれを無視して周囲へ目を向けた。


「皆様、わたくしの侍女、ルカが皆様に舞をご披露致します。ご覧下さい!」

「え? え!?」


 エレノアに背中を押され、前へ強引に出されてしまう。

 注目されて戸惑う中で、嵐が慌ててこちらに来ようとする。それをエレノアが引き留めた。


「王女!」

「手をお出しにならないで。これはルカが乗り越えるべきことです」


 二人の会話が小さく聞こえてくる。確かに嵐に頼ってばかりではだめだとルカは思うが、硬直したように足も手も動かない。


(踊りなんてできる訳ない……)


 さきほど踊っていた女性たちのような、妖艶で美しい踊りなんて踊れない。ワルツは相手がいるし、音楽だってない。

 どうしたらいいかぐるぐると考えていると、周囲がざわざわとざわめきだした。それにまた焦ってルカは両手を胸の前で握る。

 その時、ふと胸の辺りがほのかに温かいことに気付いた。


(なに……?)


 胸に手を当ててみると、卵が熱を持っている気がして、そっと襟から外に出した。

 その瞬間、卵を包んでいたハンカチが燃え上がった。


「ルカ!!」


 嵐の声が聞こえたけれど、ルカは返事ができなかった。自分自身も炎に包まれ、視界が歪む。

 七色の炎が自身を取り巻いて、どうしていいか分からない。不思議に熱くはないが、少し息苦しくて顔を顰める。

 そんな中、手元でパキンと小さな音が聞こえた。続いてパキパキと何かが割れる音がして、ルカは慌ててハンカチを開く。


「あ……」


 ハンカチの中の卵を見ると、表面にひびが入っていて、そこから雛鳥が頭を出した。すると炎の勢いが増した。

 あまりの炎の勢いに驚き目を閉じたルカだったが、呼吸が楽になったように感じそっと目を開けると、手の平の上に真っ白の雛鳥が乗っていた。

 青いとさかに長い七色の尾羽があり、クルルと高い声で鳴いている。


「ルカ! 大丈夫か!?」


 走り寄る嵐に顔を向ける。そこで自分がもう燃えていないことに気付いた。不思議に思いながらも、また雛鳥を見つめる。


瑞鳥(ずいちょう)だ!!」

「あれはまさしく瑞鳥の雛鳥だ!!」


 誰かが叫んだ声にわっと歓声が上がった。嵐が驚き雛鳥を見る。それからルカを見て目を見開いた。


「嘘だろ……」

「嵐?」

「おめでとう! ルカ!!」


 ふいに高い子どもの声がして、ルカが顔を向けると、大広間の扉から7歳ほどの男の子が走り込んできた。

 黒髪に大きな黒い瞳で、にこにこと笑顔で走り寄ると、そのままの勢いでルカに抱きつく。

 そのぶつかるような勢いに、ふとルカの頭に閃いた。


「あなた、てんてん?」

「うん!」

「え!? てんてん!? 変化(へんげ)できるようになったのか!?」


 ルカよりもはるかに驚いたのは嵐だった。


世羅(せら)、よくやったな」

「父上!」


 気付くと人間の姿になった櫂もそばにいて、二人が並ぶとそっくりなのがよく分かった。

 なんだか色々なことがまた一遍に起こって、ルカは何に驚いていいのか迷ってしまう。


「なんとめでたい! 瑞鳥の出現は150年ぶりではないか?」

「それをなぜルカ様が?」

「黒雷尾の幼生が変化を覚えたのもめでたいことです。これで次代も安泰ですな!」


 その場にいた者たちが興奮ぎみに話している。

 それを見てルカは、晶国にとって今とても素晴らしいことが起こっているのだと理解する。


「陛下、おめでとうございます。瑞鳥と黒雷尾と、晶国に二つの加護が揃った。陛下の御代(みよ)は益々の繁栄と平和を約束されましたな」


 (ぜん)が冷静な表情のままで話し掛けてくる。


「櫂殿も、おめでとうございます」


 そう言われた櫂は嬉しそうに頷くと、てんてんの頭を撫でた。


「ついに孵化させましたね、ルカ」

思羅(しら)様!」


 いつの間にか現れた思羅が人間の姿でそばに立っていた。驚いていると、思羅はルカの手の平に乗る雛鳥を見て微笑む。


「思羅、瑞鳥の卵なんてどこで見つけたんだ?」

「それは秘密ですわ、嵐。それよりも瑞鳥を孵化させたルカをもっと褒めてあげて下さいな」

「それはもちろんだが」

「それに世羅も、ルカの窮状を知って変化を頑張ったのですよ。ルカの力になりたかったのでしょうね」

「そっか……。世羅、頑張ったな」


 嵐に頭を撫でられて、てんてん――世羅が嬉しそうに笑う。


「ルカ、僕ルカに話したいことがあって頑張ったんだよ!」

「話したいこと?」


 ルカの足に抱きついたまま世羅が嬉しそうに頷く。


「嵐のお嫁さんはルカがいい! 僕が守りたいのはルカだよ!」

「てんてん……」


 溌剌とした声でそう言った言葉に驚いたのはルカではなく、周囲の者たちだった。


「なるほど……。陛下の言う通り、本当に黒雷尾たちはルカ様を気に入っているようだ」

「瑞鳥を孵化させることができる者を選ぶとは、さすがの慧眼ですな、陛下」


 ルカを認める言葉の数々が聞こえてきて、ルカはそちらに驚いた。

 嵐は嬉しそうに頷き、ルカを見る。


「どうやら俺が説得する必要はなかったようだな」

「嵐?」


 嵐はにこりと笑うと、ルカの肩を抱き寄せ周囲に顔を向けた。


「どうやら、長い合議は必要ないようだ。王妃となる者は、自ら自身の能力を我らに証明して見せた。次代の王を守る世羅の成長を促し、更に国の宝鳥でもある瑞鳥を孵化させることができたルカを、王妃にすることに異論がある者はいるか?」


 嵐の高らかに発する声に誰も反対する者はいなかった。その代わり盛大な拍手と歓声が上がる。

 ルカは戸惑いながらも、向けられる温かい視線に、本当に自分が認められたのだと分かった。それでも不安は大きくて手放しで喜ぶことはできず、戸惑った表情のまま周囲を見つめる。


「うん。では、黒雷尾の推薦を得て、余はルカ・シュバルツを王妃とし、水晶宮へ迎え入れる」


 その宣言に更に割れんばかりの歓声が沸き上がる。

 嬉しそうな黒雷尾たちの笑顔を見て、ルカは戸惑いながらも笑みを返したが、対照的にエレノアは一人愕然とした表情でルカを見つめた。

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