第29話 求婚
「どういうこと!? ルカって……、王妃はわたくしでしょう!?」
「不服か?」
「当たり前よ! わたくしは王妃になれるというからこの国に来ることを了承したのです! これを聞いたらお父様が黙ってはいないわ!!」
「王妃を誰にするかはエクールが口出しすることではない」
「でも!! ルカは使用人よ!! 使用人が王妃だなんて、そんなこと許されないわ!!」
エレノアの激怒した声を聞きながら、ルカはただ動揺していた。
皇帝をしていた櫂に言われた時よりも、さらにどうしていいか分からずペタリと床に座り込む。
(私が王妃……? 嵐の、国王の妃……?)
いまだ嵐が国王であるという衝撃から抜け出せずにいるというのに、さらに輪をかけて王妃に望まれて、何をどう考えていいか分からない。
「確かに臣下の中には、王女を差し置いて侍女を王妃にするというのを認めない者もいるでしょうね」
全の冷静な言葉に、嵐は「そういうものか」と首を傾げる。
「お二人とも、お立ち下さい」
全に促されておずおずと立ち上がると、嵐は仕方ないという風に肩を竦めた。
「じゃあ、それは調整するとしよう。今日は色々あって疲れただろう。とりあえず新しい部屋を用意するから、そこでゆっくり休むといい」
嵐の言葉に全がパンパンと手を叩くと、さっと美しい侍女たちが部屋に入ってくる。
「どうぞこちらへ」とエレノアが促されて部屋を出て行く。それに付いて行こうとルカが足を踏み出すと、ふいに手首を掴まれた。
「ルカは行かなくていいよ」
「え? でも、エレノア様が」
「ルカの部屋もちゃんとあるから付いてきて」
「ええ?」
楽しげにそう言った嵐は、ルカの手を繋ぐと颯爽と歩きだす。嵐の隣を歩いていると、廊下で出会うすべての人が頭を下げて行く。それがなんだかやっぱり不思議でついそちらに目をやってしまう。
「本当に嵐は王様なのね……」
「まだ信じられない?」
「だってずっと同じ使用人だと思ってたんだもん。突然国王だって言われたって、冗談みたいに聞こえるわ」
「ルカだって、使用人だけど、貴族の令嬢だろう?」
「私とあなたじゃ、まったくの別物よ」
口を尖らせて言うと、嵐は含んだように笑う。
「笑い事じゃないわ」
「いや、ルカが普通に話してくれるのが嬉しくてさ」
「あ……」
国王ならば言葉を改めなくてはならなかったことを思い出す。だが嵐は気にした風もなくこちらを見てまた笑った。
「さ、この部屋だ」
美しい中庭に入ると、掃除をしていた男性たちが慌てて膝を突く。その前を横切って大きな建物に入ると、中で仕事をしていた女性たちが手を止めて頭を下げた。
室内はさきほどまでいた部屋と変わらないほど、美しい部屋だった。色とりどりの宝石に彩られ、家具も調度類も隙がないほど彫刻が施されている。香を焚いているのか、ふんわりと良い匂いがして、思わずルカは深呼吸した。
「終わったか?」
「はい、陛下。すべて整っております」
「よし。下がっていよ」
嵐の言葉に静かに全員が部屋を出て行く。残されたルカは二人きりになってしまったことで、突然妙な緊張に襲われた。
「どうだい、この部屋」
「うん。素敵な部屋。すごい豪華で、私なんかが使っていいのかな……」
「当たり前だ。ルカのために用意させたんだから」
嵐が手を掴んだまま離さないことが少し気になって、ちらりと手を見ると、ふいにその手を引っ張られた。
よろけるように嵐の方へ歩くと、ギュッと抱き締められる。
「ルカ」
「ら、嵐……」
「俺と結婚するのは気が進まないか?」
嵐の言葉に戸惑ったルカは、何と答えていいか分からず口を開くことができない。
「俺は本気だ。王女には悪いと思うが、俺はルカがいい。俺の妻になってほしい」
真っ直ぐな求婚に、ルカの胸は高鳴った。抱きしめる腕の強さが本気なんだと伝えているようで、嬉しさは募る。
ほんの少し前なら、きっとルカは素直に頷いていただろう。使用人同士、苦労はあるだろうが、どうにか主に認めてもらって夫婦になろうと努力しただろう。
だが今、状況は一変してしまった。嵐が国王であるというなら、そんな簡単な話ではなくなる。
「ありがとう、すごく嬉しい……。でも私……」
「でも?」
腕の力が緩み、嵐が顔を覗き込んでくる。
ルカはその目をそっと見つめて答えた。
「王妃にはなれない」
「なんでだ?」
「エレノア様が黙っていないわ。さっきも言っていたけど、エクールの国王に知られれば、大変なことになる。国交問題になりかねないわ」
嵐はルカの言葉を止めることはせず、じっと目を見つめたまま黙って聞いている。
「それにただの男爵令嬢が王妃なんて、大それた地位には就けないわ」
自分が分不相応だということくらい痛いほど分かっている。使用人として働く方が性に合っていると気付いたばかりなのだ。
たとえ嵐に望まれたとしても、できないものはできない。
「……分かった。それは俺の妻にはなれるけど、王妃にはなれないと言ってるんだね?」
「えっと、そうだけど、そうじゃなくて……」
妙な解釈をされてルカが戸惑っていると、嵐は大きく何度も頷いた。
「よし、ルカが俺のことを好きなのは分かった」
「え?」
突然自分の気持ちを言葉にされて、ルカは真っ赤になった。図星だし間違ってはいないが、そうはっきり言われると恥ずかしくなってしまう。
「俺も臣下たちと話さなくてはならないし、エクールとのこともある。少し時間をくれないか」
「嵐? あのね、」
「もう王女の世話はしなくていいよ。ルカにも侍女を付けるから、ゆっくりするといい」
嵐はそう言うと、颯爽と部屋を出て行ってしまった。呼び止めようとしたルカは言葉もなくその場に立ち尽くす。
(なんだか誤解されたような気がするけど……)
もういないのは分かっているが、なんとなく扉を開けてみる。当たり前だがそこに嵐の姿はなく、その代わりに鈴が立っていた。
「鈴!」
「ルカ」
手を上げた鈴の足元には数匹の黒雷尾がいて、ルカの声に全員がピクンと反応し顔を向けた。




