第26話 皇帝の助け
突然の皇帝の登場に広間に驚きが広がる。
「範・雪、邪魔をするぞ」
「これは、どういう風の吹き回しか」
「妙な話が余の知らぬところで進んでいると聞いて急ぎ参った」
皇帝は範にそう言うと、ずかずかと広間を横切りルカに歩み寄る。どういうことなのかとエレノアもルカも意味が分からず、二人で目を合わせると、皇帝はルカの前で立ち止まった。
「ルカに嫁がれてしまっては困る」
「陛下!?」
声を上げたのはエレノアだった。驚愕に顔を歪め、皇帝とルカを交互に見やる。
「余も妃たちも皆、ルカを気に入っている。蝶のようにあちこち手を出す秀になぞ、ルカをやる訳にはいかん」
「酷い言われようだな」
苦笑する秀を皇帝は見据え、それからルカの手を取った。
「陛下! なぜここに……」
エレノアが怒りと戸惑いを綯い交ぜにした表情で訊ねる。皇帝はエレノアを一瞥するとすぐに視線を外した。
「ルカを助けにきたまでだ。まずは宮に戻ろう」
手を取られてしまっているルカは、歩きだした皇帝に付いていくしかない。戸惑いながらも一緒に歩きだしたルカは、皇帝の顔を見上げる。
「へ、陛下……、一人で歩けます……」
「宮から勝手に出てはならん」
「え? でも許可は取ったって……」
静かに諫められルカは首を傾げる。どういうことかまったく分からない。
背後からはエレノアが怒りの表情のまま追い掛けてきた。
「そなたは来た時の車に乗るがいい。ルカは余の車に」
「そんな! 陛下!!」
悲痛な声を上げるエレノアを無視し、皇帝はルカを馬車に乗せる。一瞬エレノアと目が合ったが、すぐに扉は閉められあっという間に馬車は飛び立った。
狭い馬車の中で、身を寄せるように座っているため、ルカはどうしたらいいか分からず身体を硬直させる。
「秀との婚姻なぞ、ルカが望んだことではなかろう。なぜ行った」
「それは……。主の、エレノア様の命令ですし……」
「命令があれば、誰とでも結婚するのか」
皇帝の言葉にルカはなんと答えれば良いのかを考える。晶国はエクールよりもずっと自由に感じる。女性にも権利があり、自分の生きる道を自分で決められるように思えた。
けれど使用人の立場はどの国でも変わらない気もする。結局主には逆らえないし、貴族の生き方も同じように感じた。
「さきほども言ったが、余も妃たちもルカを気に入っている」
「それって……」
その続きを言葉にするのは怖くて口にできない。これで運命が決まってしまう。それが怖くて仕方ない。
(嵐……、嵐……)
秀とのことよりも、ずっときっと手に負えないことが始まろうとしている気がする。自分も嵐も、決して手が出せないような。
何の手だてもなく、膝の上に乗せた手を握り締めると、ふと着物の裾がもぞもぞと動いた。そちらに目を向けると、ぴょこんとてんてんが顔を出した。
「てんてん、なぜここに?」
顔をこちらに向けたてんてんは、嬉しそうに飛びついてくる。その身体を抱いて、頭を撫でる。
「ルカを迎えに行くと言ったら、一緒に行くと言ってな」
皇帝は慈愛に満ちた目をてんてんに向け、大きな手で頭を撫でる。てんてんも嬉しそうに短いしっぽを勢い良く振る。
「世羅もルカを大層気に入っている」
「分かるのですか?」
「もちろんだ」
そう答えた皇帝は、てんてんの頭を撫でていた手をルカの頭の上に乗せた。優しく撫でられ、ルカはどうしていいか分からず俯いてしまう。
「水晶宮にはルカが必要だ」
「……困ります……」
「なぜだ」
「わ、私は、エレノア様の侍女として来ただけです。元々来る予定でもなく、それに私は単なる男爵令嬢で、今はただの使用人で……、ですから、無理です」
しどろもどろでそれでもどうにか思い付く限りのことを口にしたルカに、皇帝は笑みを浮かべる。
「王妃は嫌か」
“王妃”という単語にルカは息を飲む。エレノアが望む、女性の最高位。けれど今、それを提示されて、嬉しくもなんともない。
ルカは俯いたまま首を振る。
「そのような身分に、私はなれません」
「身分は関係ない。この国の王妃には、心根の優しい、働き者をと余は思っていた。人にも魔物にも隔たりなく優しく、努力を惜しまぬ者。そういう者が王妃になるべきだ」
「ですが、エレノア様は晶国の王妃にと言われてこちらに来たはずです」
「エレノア王女には悪いが、あの器では王妃は務まらん」
皇帝と話すことに慣れてきて、少しだけ冷静さを取り戻してきたルカは、会話の小さな違和感に言葉を止めた。
何かがおかしい。自分は何を見誤っているのだろうか。
「余の推薦を得れば、王妃になることも容易だろう。臣たちも納得するはずだ」
「これは……、強制なのですか……」
「余が気に入らぬか」
「そんな、ことは……」
名誉なことだということは痛いほど分かる。自分ごときが一国の王妃なんてなれる訳がない。それをこうして望まれて、本来ならば歓喜して受け入れることだろう。
けれどルカにはそれがどうしても自分の幸せだと思うことができない。
「余はルカの気持ちを分かっている」
「陛下……」
「決して悪いようにはせん」
まっすぐに見つめてくる皇帝の目を見つめて、ルカはそれ以上何も言えなかった。
優しく言われた言葉だが、断ることを許さない、そんな威圧感を感じてしまうと、どうしても言葉は出てこない。
そうして水晶宮に到着すると、そのまま皇帝の私室に連れて行かれた。そこには思羅皇后たち全員がおり、突然入ってきたルカに目を向けた。
「あら、雪家から連れて帰ってきたのね」
「皆に伝えておくことがある」
「お待ち下さい! 陛下!!」
皇帝が話すのを遮り、エレノアが飛び込んできた。肩で息をしていて、髪も少し崩れていたが、そのまま近付いてくる。
「説明して下さいませ! どうしてルカを!?」
「余は、ルカを王妃に選びたいと思う」
「な!?」
驚きと怒りに声を上げたエレノアは、燃えるような憎しみの目をルカに向けた。




