三話「私は魔女、あなたは誰?」
今回も間に合ったぜ!
何気にタイトル回収……だったり?
◇糸依◇
放課後、部活を休むことを部長に伝え、鈴ちゃんにも一緒に帰れないことを話したあと、わたしは空金さんの家に向かう。メモに書かれた住所をスマホの地図アプリで確認しながら歩くこと十数分、自宅とは反対側の住宅街に入った。
なんというか、まぁ、当たり前なんだろうけど別に普通の住宅街で、とても魔女が住んでる場所とは思えない。
「──と、あとはここの角を右に曲がって真っ直ぐ……」
少し入り組んだ道を示すアプリに従い進んでいると、どうしてか行き止まりに突き当たった。住所を入れ間違えたかな、と思いメモを見てみるが一字一句ミスはない。アプリ側の不具合かと、一度アプリを落としてもう一度開いてみたが、結果は同じ。この先にしっかり道は続いている。
「これも、呪い……ってこと?」
寝て起きても紋章は消えなかった。きっと、白昼夢とも言えないだろう。だから、あれは現実で、呪いは存在する。なら、辿り着けないのも呪いが関係しているのでは、と考えるのは自然だと思う。
でも、やっぱり壁はそこにあって、ぺたぺたと触れば冷たく硬い感触が手の平に伝わってくる。
こうなるんなら携帯の番号も聞けばよかったと、私が一人後悔して壁を背に辺りをキョロキョロ見渡していると、トントンと肩を叩かれた。
いや、いやいやいや、ありえない。
だって、わたしの後ろは壁だ。幻覚なんかじゃないことも確認済み。そのはずなのに、昨日も聞いた声が耳に響いた。
「迷わないでくれて助かったわ」
「……壁、あったよね?」
「『人払い』の呪いよ。術者が許可した人間しか入れない結界、みたいなものなの。私と一緒に一度入ってしまえば、それが許可した証になるから、ほら」
差し出された手は昨日と同じ左手で、わたしはそれに応えるように、包帯を巻いた左手でその手を掴む。すると、空金さんは躊躇うことなく壁に向かって歩き始め、わたしは目を瞑りながらそれに続く。
次の瞬間、結界の中に入った証明とでも言うのか、背筋に寒気が走り、体がどっと重くなる。
けど、それは一瞬で、目を開けた時にはそんな感覚は吹き飛び、わたしたちは花畑の真ん中にポツンと立っていた。バラにハナミズキ、スズランにサツキ。それ以外にも知らない花がそこかしこに咲いており、幻想的な雰囲気がある。
しかし、一番雰囲気があるのは花畑を抜けた先にある、ツタの這った、いかにも古そうなお家。あれが、彼女の家なんだろうか。
「手、離しても良いのよ?」
「あっ、ご、ごめん」
「……別にどうでもいいわ。さぁ、来て」
顔色一つ変えることなく先を行く空金さんの後ろを追い、私も歩く。途中、適当な花を一輪摘んだ彼女は、名前も書かれていない、不格好な木製の十字架が刺さるお墓らしき場所にそれを備え、何事もなかったかのように、また歩き出す。
流れ作業にも見えたその動きは、他人が見たら不快感を買うだろうが、わたしにそこに死者を想う空金さんの感情の一部が、見えた気がした。
◇
空金さんの家に上げてもらい、最初に受けた歓迎はぬいぐるみたちの津波だった。何十匹というぬいぐるみたちがわたしの方に押しかけてきた。
幸いにも一つ一つが軽いから倒されるなんてハプニングは起きなかったが、足の下に群れてぴょこぴょこ跳ねる子達はかわいらしい。
「ふふっ、みんなかわいいね」
「……はぁ。あなたたち作業は終わった? 掃除を頼んでいたはずだけど?」
「……!?」
「終わってないのね……。彼女はお客様、夢川糸依さんよ。私とクマタロウで相手をするから、早く持ち場に戻りなさい。命令よ」
「!!」
ワラワラとわたしに群がっていた彼らは、空金さんの『命令』の一言を聞くと慌ててそれぞれの持ち場、というか掃除場所にて戻って行った。
親に怒られて宿題をする子供、じゃないけど、まるで心があるように見えるその行動は微笑ましい。
だけど、彼女はそうでもないようで、小さくため息を吐くと、着いてきてと一言言ってスリッパを渡すだけだった。もしかしたら、わたしが知らないだけで、空金さんは自分の世界の中なら一人じゃないのかもしれない。
学校にいるより、よっぽど息がしやすそうな柔らかい感じが、する。多分だけど。
「……座って。今、お茶を入れるわ。コーヒーは飲める?」
「う、うん。ありがとう」
案内された部屋はリビングとダイニングとキッチンが一つになった大きな部屋で、言い方はあれだが、驚くくらいには普通だ。
いや、学校や塾で見るような脚付きの両面ホワイトボードが置いてあったり、座ってと言われた椅子の前にあるテーブルにはパッと見ただけじゃわからない「論文?」の紙束が置いてあるけど、想像していたよりはずっと普通だ。
なんというか、瓶詰めされた動物とか、大釜とか、大きな暖炉……みたいな物はない。その代わり、キッチンには最新の家電製品がずらりと並んでいて、ソファの近くには薄型テレビだってある。
フィクションの中とは違うらしい。
「なにか珍しい物でもあった?」
「いや、なんか、案外普通なんだなぁ〜って。ほら、魔女の家って言うと、大きな暖炉に大釜、乾燥した危ない葉っぱとか、瓶に詰められた動物とか……色々飾ってありそうだったから」
「残念ね。今時、材料は冷蔵庫で保存できるし、暖炉と大釜がなくても、鍋とIHがあれば問題ないわ。温度調節も楽で、一々火の加減を見なくて済むし」
「現代的だね……」
「……まぁ、どうでもいい話はここで終わりよ」
肩の力を抜くための雑談のつもりだったけど、ここまで話に乗ってくれるとは、正直思わなかった。家というのは、空金さんにとってそれだけ特別な場所なんだろう。なんて、そんなことを考えながら、コーヒーを持ってくる彼女に合わせて、紙の束をまとめて端に寄せておく。
「クマタロウ、クッキーを先に置いてちょうだい」
「!」
ぴょこんと空金さんの肩から飛び降りたクマタロウは、しっかりと着地をして持っていた皿をテーブルに置く。ぬいぐるみとは思えない運動能力を見せる彼が持っていたお皿の上には、あちこちに焦げ目がついたクッキーが載っていた。
言葉に表し辛いが、そのギャップがなんとも愛らしい。
「悪いけど、お茶菓子はこれで我慢して。味は、酷くないわ」
「……空金さんが作ったの?」
「まさか。クマタロウよ」
「!!」
「僕が作りました!」と言わんばかりに跳ねるクマタロウの頭を優しく撫でたあと、クッキーをひとかじりして話を始める。空金さんと仲良くなるのも大事だが、今日はそれと同じくらい大事な用事があってここに来たんだから。
「ねぇ、空金さん。昨日は聞けなかったけど、わたしは具体的に何をすればいいの? 裁縫がどうとか言ってたけど……」
「ぬいぐるみを作ってもらうわ」
「……ぬいぐるみ? さっき玄関で会った子達みたいな?」
「ええ」
「えっと、それって大丈夫なの? そりゃ、わたしもこの紋章を早く取りたいけど……呪いで使う大事な物なんじゃ……?」
叶うなら、鈴ちゃんやお母さんたちを心配させないために早く包帯を外したいし、紋章もなくなって欲しい。だけど、だからってそんな気持ちで踏み込んでいい領域か、わたしにはわからない。
知らないことが多いから、線引きに困る。
仲良くなれるチャンスかもしれない、それでも、わたしは自分の勝手で人の大切な部分に踏み込みたくない。
鈴ちゃんの時とは、違う。
それしか方法がなかったあの時とは、違う。
わかってるんだ。優しさが時に、心を壊してしまうことなんて。
「本当はダメよ」
「なら!」
「……でも、別に私が必要な知識を教えれば問題ないわ。呪いの知識を、ね。──それに、それ以外の理由もあるのよ?」
そう言うと、空金さんは椅子から立ち上がり、戸棚の中から一つの物を持ってきて、テーブルに置いた。
ぬいぐるみだ。
人の手で作られたとも、勿論機械によって作られたとも思えないぬいぐるみ。辛うじて、なにを参考にしたのかわかりそうでわからないラインの怪作。
「……犬、かな?」
「猫よ」
「……あ、あはは……ごめんなさい」
「気にしてないわ」
そういう割には、眼光が少し鋭くなったのは気の所為、なのだろうか。いや、考えないでおこう。
きっと、その方が長生きできる。
「これを作るのに一週間かかったの。こんな調子じゃ、本来の研究が進まないし、人手が欲しかったのよ」
「紋章の件もあるし、それは構わないけど……どれくらいがんばれば信用してくれる?」
「さぁ、どれくらいかしら。兎も角、手伝ってくれるってことでいいのよね?」
「う、うん」
「じゃあ……コホン。──ようこそ、魔女の世界へ」
相変わらず表情筋が仕事をしない空金さんは、歓迎ムードを出すわけでもなく、平坦な声でそう言った。
日常が非日常に変わる予感がした。
◇璃々◇
ぬいぐるみを作る道具があるお祖母様の部屋に夢川さんを案内したあと、私は一番大事なことを伝えてないのを思い出した。彼女は今日から協力者。理由があるとは言え、魔女の世界に踏み込んだのだ。
ここから危ないことが起きてもおかしくはない。なら、隠し事はない方がフェアな関係だろう。
「私の家には代々受け継いできた悲願があるの」
「……悲願?」
「私が研究する理由で──生きる理由よ。『人形に魂を宿す方法』を探し出す。それが悲願で、あなたがやることはその手伝い」
「わたしにはあの子達にも心があるように見えたけど……違うの?」
「違うわ。あれはただの真似っこ。そうしていた方が、魂があるように見えるからやってるだけ。中身は空っぽの操り人形よ」
見てくれは良いようでも、本当は違う。
私と同じ。外見が良くても、愛想なんてない、中身だって。
『もう少し笑ったらどうだい? このままじゃ、あんたの笑顔を全然見れないであの世に行っちまうよ』
結局、私はお祖母様が笑顔を見たがった意味がわからなかった。それで、笑うこともなく淡々と日々を流して、終わらせてしまった。
寂しいとか、悲しいとかはわからなかったけど、眠りから覚めなくなったあの人を見て、虚しかったのは覚えている。
「……夢川さん?」
「奥の部屋、何の部屋なの?」
「あの部屋は……」
吸い寄せられるように足を進める夢川さんが向かう先の部屋は、悲願の端を掴むまで入るなと言われた、開かずの部屋。入ってはダメだと、そう続けるはずだったのに、気付けば私も引き寄せられていた。
逆らえない不思議な引力があって、一歩一歩近付いて行く。歩が進む毎に力は強くなり、遂にはドアノブに手が届く距離まで来てしまっていた。
止まれなかった。止まろうとしても手が勝手に動いて、ドアが開かれる。そして、そこには信じられない光景が広がっていた。
「棺桶……?」
「下にあるのは大きな紋章、かな?」
ぬいぐるみたちに最低限の掃除はさせていたが、それにしてもこの部屋の雰囲気は異常そのものだった。棺桶や巨大な紋章然り、壁を埋め尽くす本棚に外側から板で打ち付けられて塞がれた窓。
ドアの外の明かりでなんとか見えているが、この部屋が薄暗い原因は閉じられた窓だろう。
「……今、灯りをつけるわ」
「わ、わかった」
入口近くにある慣れ親しんだ感触に手を置き、カチッとスイッチを入れる。すると、頼りない灯りが部屋を照らし始める。
薄らとしか見えていなかった部屋の全貌がわかり始めると同時に、自分達が開いてはいけないパンドラの箱を開けてしまったことを、理解してく。
棺桶だと思っていたそれは、前面がガラス張りになった大きなケースだった。人一人が入るような大きさの人形ケース。前面以外は木製で、職人が作ったのか木彫りの装飾が施されている。
それには、当然中身があった。
私達はそれを、見てしまった。
「これ、わたし……?」
「夢川さんとそっくりの……人形」
『人形に魂を宿す』ことが悲願。だからこそ、ずっと疑問だった。悲願を達成する方法に辿り着いた時、その人形はどうするのか。
これが、答えだった。
ずっと前から用意されていたんだ。
夢川さんの生き写しとも言える人形。
それとも、彼女が人形の生き写しなのか、わからない。ただ、一つわかることは、夢川さんも無関係じゃなかったということ。
夢川糸依──あなたは何者なの?
次回もお楽しみに!
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