十一話「理想なんて叶わない」
絆は強さも弱さも産んでしまうものです。
◇糸依◇
休み明けの月曜日。寝坊してしまい、鈴ちゃんとは別々に登校した朝の教室で、わたしは信じられない光景を見てしまった。
「空金さんって趣味とかあるの? 鈴は絵とか描くの結構好きなんだよね〜!」
「……そう」
「ほら、これ見てよ! 県内のコンクールで優秀賞貰ったこともあるの! 凄いでしょ!?」
「……ええ、綺麗ね」
「でしょ? 糸依ちゃんも褒めてくれたんだ〜!」
ニコニコと笑い、スマホ片手に話しかける鈴ちゃんと、それに応える璃々ちゃん。なんというか、どこかぎこちなさを感じる光景で、夢かなにかかと疑ってしまうが、意識ははっきりとしている。左手の紋章だって微かに熱い。
現実だ。嘘偽りのない現実。
ぎこちなさは、今までの態度故だろう。
けど、複雑な気持ちだ。二人がわたしの理想の関係に近付こうとしているのが嬉しい半面、引っかかる部分がある。会えなかった日数はたったの二日。ゼロから始まったわたしと璃々ちゃんは流れのままに進展できたけど、あの二人はゼロどころかマイナススタートだ。
あっさりと、と言ったら失礼かもしれないけど、本当にこんな簡単にいくものなのかな?
「……ダメだ。わたしが信じてあげないと。しがらみとか、家系とか関係なく友達になれるんだって」
一歩、踏み出す。
朝のホームルームが始まる五分前、わたしは元気よく挨拶して二人に駆け寄った。きっと良い方向に動き出していると、信じていた。疑うことすら放棄して。
◇
お昼休み、終始和やかな雰囲気で昼食を終えたあと、鈴ちゃんがポツリポツリと今までの態度の理由を話し始めた。
なんでも、最初はただの嫉妬だったらしい。
「……空金さんに、糸依ちゃんを取られると思って……鈴は友達少ないから、糸依ちゃんが居なくなったらひとりぼっちになっちゃう……それが、嫌で」
「本当に、それだけなの?」
「ほ、本当だよ! 嘘じゃないもん!」
「……糸依?」
「本当だと思うよ。鈴ちゃんは昔から人見知りで、小さい頃の一件がなかったら、わたしでも仲良くなれなかったかもしれないし」
あの出来事を仲良くなれた一件として言っていいかわからないが、あの時のわたしの行動によって鈴ちゃんとの仲は急速に縮まった。心を守るための手段が裏目に出て、歪ませてしまった。
息が詰まりそうになる思い出だ。
今でも偶に、思い出してしまうほどに。
溺れそうになっている鈴ちゃんを救い上げたあの行為は、確かに意味があった。あったけれど、わたしは結局その原因を知ることはなかった。
色々なことを知った今なら、異端審問官という存在が深く関わっているんだろうとわかるが、後の祭りでしかない。
「……悲しい顔しないで、糸依ちゃん。アタシはちゃんと糸依に救われてるから」
「鈴ちゃん……」
優しい言葉が、胸に刺さる。
違うんだよ、鈴ちゃん。違うの。もう、全部手遅れだったんだよ。わたしを糸依なんて呼ぶ鈴ちゃんは本当は居なくて、自分をアタシなんて呼ぶ鈴ちゃんも居ないの。壊れるための最後の石を、わたしが投げてしまったから、だから今がある。
「事情はわかったわ。……あなたがそう言うなら、私も今までの行動は水に流す」
「ありがとう……ありがとう、空金さん!」
「お礼を言うなら、私じゃなくてあなたを信じた糸依になさい。……それじゃ」
「うん! ありがとう、糸依ちゃん!」
「……どういたしまして、鈴ちゃん」
絡まった糸は解けてないけど、これで良いんだ。謝りたいことも、隠したいことも飲み込んで、少しずつ歩み寄っていけばいい。わたしたちはまだ高校一年生なんだから、時間なんて売るほどある。
後ろめたいことも、いつかは話せるから。それまでは、このままいればいい。
明日はちゃんと、やってくるんだから。
◇璃々◇
私はまだ、一人前にはなれない半端者の魔女だが、わかることがある。それは信じるべき人間と、信じてはいけない人間の見分け方だ。
お祖母様は歴史や呪いの神秘を重んじる人だった。だからこそ、信じるべき人間と、信じてはいけない人間の見分け方を教えてくれたことがある。
信じるべき人間は自分に好意を抱き、隠し事をしない人間。当たり前な話だ。
では、逆に信じてはいけない人間はどんな人物か?
決まっている──異端審問官だ。
彼らだけは、信じてはいけない。
いくら上辺だけ取り繕って、爪や牙を隠しても、心は抑えきれないから、わかってしまう。
糸依を噛ませてみたが、まるで止まる気もない所を見るとブレーキはもう壊れてしまったようだ。美波鈴が関わると糸依の精神状態も揺らいでしまうし、最悪の相乗効果だろう。
すぐにでも距離を取りたいが、糸依は彼女を信じている。説得は難航することは想像に難くない。
「今日はこっちに来させないことで丸く収めたけれど……今後はどうする……?」
「!!」
「……わかってる。甘い考えだって、理解してるつもりよ。それでも、あの子を悲しませたくない」
今の私の中で一番に優先されているのは間違いなく糸依だ。悲願はその次。恩も感謝もあるけれど、大事なのは今。それを守るために、抗わなくちゃいけない。
呪いを使って無理矢理美波鈴をこちら側に引き込む手も考えたが、解呪された暁には私たちは即刻ゲームオーバー。ハイリスクハイリターンな賭けになる。
被害は最小限に留めた上で、糸依を悲しませず、距離を取る方法。どんなに時間をかけても、上手くいく方法が見当たらない。
悪手になるが、上辺だけでも仲が良いように振る舞って時間を稼ぐのが妥協案だ。自分の中でも、これ以上の譲歩はできない。
「!」
「心配してくれてありがとう、クマタロウ。私は平気。少し休んだら、研究に──」
そう言いかけた瞬間、玄関のドアが勢い良く開かれた。来客の予定はない。ぬいぐるみたちも余程のことがなければ、ドアを開くのにそこまで音は立てない。
何かあった。何かがあった。
焦りと恐怖に心を押され、わたしはソファで横になろうとしていた体を起こし、急いでリビングを出る。
すると、そこには──仲間のぬいぐるみたちに囲まれた、一匹のボロボロのぬいぐるみが倒れていた。
「……どいて!」
「……!」
慌ててその一匹から離れたぬいぐるみたちをの間を通り、ボロボロになった彼と対面する。ニャンサブロウ。ここ最近の事件を危惧して、私が監視の目として外に放った内の一匹。……そう、十匹放った内のたった一匹。
彼の傷を見るに、殴る蹴るではなく鋭利な刃物で切りつけられたのだろう。綿も随分消耗してるが、辛うじて核となる髪束と血が染み込んだ部分が無事だったから動けているものの、もう長くはないことはわかる。
「……ごめんなさい」
謝って、そっと彼の体に触れると、切られる直前の視界が脳に流れ込んでくる。小さく、すばしっこいことが特徴の猫タイプのぬいぐるみでも追えないほど早い何かが、彼を切りつけた。
顔もわからなければ、体格で特定もできないが、魔女としての勘が告げている。ニャンサブロウを殺ったのは、異端審問官──美波鈴だ。
「やっぱり、無理なのよ糸依。私たちは、どんなにがんばっても相容れない」
事切れる寸前の彼を抱きしめながら、玄関の前で座り込む。擦り寄ってくる魂のないぬいぐるみたちから、慟哭が聞こえた気がした。
次回もお楽しみに!
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