十話「私の幸せ」
あなたの幸せの形を探しましょう。
◇鈴◇
地下室で見つけた本と紙の束を持って、自室に急いだ。パパとママに見つかったら、タダでは済まないとわかっていたから。走って、走って、逃げ込んだ先のアタシの領域で、慎重に情報を解体していく。
とめどなく溢れる高揚感をギリギリの理性で押さえつけて、邪魔な情報を省き必要なものを抜き出す。
「一族の生き残りは先代の孫である空金璃々のみ」
「住所は判明しているが呪いによる結界で侵入は不可」
「使い魔であるぬいぐるみ監視の目として光らせている」
「両親は始末済み。遺体は保管しているので脅しの材料にも利用可」
「狙うは彼女が結界を出る学校への登校時。曜日は平日に限る」
結界に使い魔、か。厄介だ、厄介でしかない。でも、そんなの些細な問題だ。同じ学校に通い、同じ空間で過ごす時間はこの家の誰よりも長い。チャンスならいくらでも作れる。
残る問題は魔女の家、ただ一つ。結界を張る呪いなんて聞いたことがないし、解呪の方法も見当がつかない。物理的な方法でこじ開けることが出来ないとなると、焼くに焼けないのがネックになる。
それにもし、そんな場所に糸依を監禁でもされたら最悪だ。実際に確認して、なにか結界を破壊、もしくわ別の方法で突破する術を探さないと……あぁ、楽しくなってきた。
先に手を出したあのオンナが悪い。
アタシの糸依を穢して、同じ所まで堕とそうとしている。
許せない、赦せない、ユルセナイ。
追い詰めて、苦しめて、殺す。魔女の末路はそうあるべきだ。アイツのせいで、アイツらがいるから、アタシの普通が遠のいて狂ってしまう。糸依だけは、奪わせたりしない。絶対に奪わせない。
待っててね、糸依。アタシだけの救世主。泥の底からでも、闇の淵からでも引っ張り出して浄めてあげる。
だから、お願い──アタシを選んでね?
◇璃々◇
「……疲れたぁ〜」
「お疲れ様。偉いわね、あなた。言われた通りしっかり本を読んできて。お陰で、講義も進めやすかったわ」
「あはは……記憶力には自信あるんだ。友達のことならなんでも忘れないし、すぐに覚えられるよ!」
「……友達」
不思議と糸依の言葉が引っかかる。
今日は土曜日。週末だ。そんな日に、私は彼女を家に呼んで『魔女学講義』を開いた。きっと、多くの人にとってはつまらない話で、意味のない話。本を読んで色々と覚えてきてくれた糸依からしても、聞いていて面白い話ではないだろうに、彼女はこんな私を友達だという。
面と向かって言われると、少しくすぐったい感覚だ。
歪で、運命に狂わされて、関係を一言に当てはめるなんてできないはずなのに、糸依はサラッと言ってのける。『友達』、友達か。
新鮮な響だ。
二文字の言葉なのに、愛着を感じる。
この時間を、永遠にしたい。
悲願に辿り着けなくても、この温かい日々があればきっと、生きていくことは怖くないから。
でも、それではダメなんだ。
甘えてばかりではいけない。脅威だって、すぐそばまで来ている。
「……残った時間は自由にしてちょうだい。ここに居ても良いし、二階で作業をしても構わないから」
「うるさくしないから、ここでぬいぐるみ作っちゃダメ……かな?」
「好きになさい。自由にしていいと言ったでしょう?」
「うん!」
本当に、私はダメな魔女だ。たった数日の付き合いだと言うのに、彼女が見せるふにゃっとした柔らかい微笑みは、自分だけに向けられた特別なものに見えてしまっている。
勘違いも甚だしい。
呪いで縛っているのに好かれているなんて、錯覚だ。
私は彼女の特別じゃないし、彼女は私の特別じゃない。
そう思っていたいのに、ぬいぐるみを縫う糸依の姿が、在りし日のお祖母様と被って見える。危なっかしいと、いつまでも私にぬいぐるみ作りを任せてくれなくて、一人ソファで縫っていたあの人も──同じように柔らかい笑みを浮かべていた気がする。
この巡り合わせが運命なら、居るかどうかもわからない神様は残酷だ。わざわざ想いだけを引き継がせて、あとは放り投げたんだから。
どんなにがんばっても、特別に思ってしまう。
ありもしない愛しいという感情が、内側から漏れだしてくる。研究に集中したいだけなのに、自然と彼女の方に目をやって、気付かれて……そっと顔を逸らした。
私は、何をやってるんだろうか。
「ん、璃々ちゃん? 何かあった?」
「っ……別に、なんでもない」
「ふふっ。じゃあ、少しだけ話そうよ? 聞きたかったこともあるし」
「……なに?」
「璃々ちゃんの言うお祖母様って、どんな人だったの?」
「あの人は──お祖母様は、尊敬できる魔女だった。今の私じゃ遠く及ばない、大きい人」
そう、お祖母様は魔女だった。親代わりではあったけど、甘えたことはあまり許してくれなかったし、厳しかったと思う。呪いを失敗したら叱られたし、字だらけの本を嫌と言うほど読まされた。本音を言えば、苦い記憶が大半な気もする。
けど、悪くは感じなかった。二人で歩んだ十年あまりの時間は、私の中の軸になり楔になり、残っている。あの人が居たから、今の私が在ると胸を張ってそう言える。
それくらい凄い人だった。
狡賢く強かで、私の思い描く理想の魔女像は、色褪せることなくお祖母様で在り続けるだろう。心残りは、たった一つでもあの人に恩を返せなかった私の弱さだ。
「……そっか。璃々ちゃんにとっても、大切な人だったんだね」
「私にとっても……って?」
「お祖母様も、きっとそう思ってたよ。でなきゃ、作業部屋に写真なんて飾らないもん」
「……わからないわ」
「ううん、璃々ちゃんが一番わかってるはずだよ。だって、あの写真に写ってる璃々ちゃん、笑ってたもん」
笑ってた。
私が。
そう、か。温かいが、大切なんだ。私にとっての特別なんだ。一緒にご飯を食べていたあの時が、呪いを習っていたあの時が、お祖母様の膝で寝たあの時が、私にとっての幸せの形。
あぁ、やっぱり糸依で良かった。
後悔ばかりしそうになるけど、あの日、学校で出会えて良かった。思いは変わるものだけど、これだけは変わらないとはっきり分かる。
私たちの出会いは間違いなんかじゃなかった。
次回もお楽しみに!
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