交錯する生者 12
「あ、あの…」
「…?」
少年が私の視線と自分のを合わせる。私はその眼光に少し身を引かせてしまうが、負けじと言葉を出す。無理矢理作った愛想笑いも付けて言った。
「その…な、何の本を、読ん、でるんで、す、か…?」
気持ちは充分だったが、行動に比例することはなかった。苦労して出した台詞は途切れ途切れになってしまい、音量も図書館のような静寂した場でも聞き取ることが困難なほどの大きさしか出なかった。
幸い、少年は聞き取ってくれたらしく、読んでいた本を持ち上げ、表紙と背表紙を私のほうへ向けた。その意味は、自分で見たほうが理解しやすいだろ、なのか、言うのが面倒だから自分で読め、なのか。もう少し愛想を良くしてくれてもいいんじゃないかなと思う。
せっかく見せてくれている表紙を見て、思わず声に出して読んだ。
「『二十世紀の歴史 戦争編』…?」
少し驚いた。
普段自分はそのようなジャンルの書物は読まない。読むことはあっても、それは学校の宿題か何かで読む必要がある時だけだ。だから、普段からそのような書物を読むからには、その方面の研究をしている人か、とても優秀な人か、世界平和に関心がある人か、単にその方面の趣味がある人だと思った。
見た目はだいたい十五,六歳くらいだと思うけど、でも、世の中には童顔の大人だっている。または、大学へ飛び級した人かもしれない。そう考えれば、何となく納得できる…かもしれない。
実のところ、いったいいくつぐらいなんだろう…。
かなり知りたくなったが、いきなり年齢を訊くのは失礼だと思い、当初の予定通り本の話題で話を繋ぐ。
「戦争に興味があるんですか?」
私は正直な気持ちを口に出した。
「…それなりに」
少年(見た目)は短く答えて、再び本に目を落とした。
そして、小さな沈黙が流れた。
いけないっ!
このままだとここで会話が終わっちゃうっ!
何とか話を繋げないと。
「えと…二十世紀というと、二つの世界大戦があった時代…でしたっけ…?」
「…それだけではないが」
私は思わず口を噤んだ。今の台詞には、今までにはなかった感情のようなものが込められていたような気がした。なんとなく、だけれど…。
私は気持ちを元に戻して、次の台詞を考えていると、
「戦争は恐ろしく、そして醜い。どちらの戦いも兵士だけでなく、一般市民までが死に過ぎた。人間性など、何処にも有りはしなかった。そんな業を犯しておきながら、人間は簡単に忘却し、知らないから、分からないからと身勝手な言い訳をして、また同じ愚行を繰り返す。いつ考えても、愚劣で、単純で、情けなくて、浅はかで、馬鹿馬鹿しい」
少年が先に口を開いた。
無表情のままの淡々とした口調だが、感情を表に出さないように抑えているようでもあった。何故なら、今までの雰囲気には醸し出していたのに、台詞には何の感情が含まれていないのはおかしいと思ったからだ。
人を寄せ付けないほどの感情を空気に混ぜておいて、無心であるはずがない。理由は分からないが、戦争に関して、何か忌まわしいことを知ったのだろう。途中から雰囲気が険悪になったのも、戦争に関した本を読んで感情が漏れだしたのなら納得する。
すっかり気まずい空気になってしまった。
次に出す台詞が思いつかず、しばらくそのままでいると、私の携帯端末が振動した。この振動の仕方は、メール着信だ。
携帯端末の画面を開いてメールの中身を見る。
それは、あの三人からのメールで、
『どーしたの? けっこー仲良くなったみたいだし、そろそろ言っちゃえば?』
とあった。
どのへんが!?
まだ数えるくらいの言葉しか交わしてないのに!
ていうか、今、硬直状態の真っ最中じゃんか!
あの三人のほうを見ると、握った手を挙げていたり、両手をメガホンにして口を動かしたりして応援しているようだった。
再び少年のほうに向き直り、仕方がない、と一つ大きな溜め息をついたあと、当たって砕けろ精神で意を決した。
「あ、あの…」
「…?」
少年が私の顔を見る。さっきとは何か違うように感じられたのだろう、読書の態勢から会話の態勢に変わった。
「わ…私と、その………ど、どこかへ、行きませんか…?」
言った。
言ってしまった。
こんな単純な言い方は二つと無い。
言った途端、自分でも分からないほど急に顔が真っ赤に染まってしまった。こんな台詞を言うことは私にとっては初めてだ。だからというか、なんというか、とにかく恥ずかしくなった(ソミアは失念しているようだが、ここは図書館だ。台詞が他の人に筒抜けである)。
収まらない気持ちを堪えながら、返答を待った。早く答えてほしいと願いながら。
すると、少年は読んでいた本を閉じて、椅子から立ち上がった。
そして、答えた。
「…申し訳ないが、断らせてもらう。今は遊戯に付き合っている余裕は無い」
少年は言い終わると、律儀に読んでいた本を元の場所に戻して、無駄に余計な動きは見せずに図書館から出て行った。
私は半分呆けてながら、少年が見えなくなるまでその姿を追っていた。




