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交錯する生者 11




 空の太陽は地平線の近くまで下がり、色も橙色に変わりつつある。夕方になって気温が下がってきたので、薄い服装では堪えるようになる。

 街の建造物にも徐々に光の色が着色し、高い建物には高い、大きな建物には大きな、それぞれの形を移す影法師が伸びている。

 西に窓があれば鬱陶しいと感じるほどに陽光が差し込んでくるが、そちら側に窓が無ければ、蛍光灯を付けなければ暗く感じる頃でもある。それは民家、会社、施設、どこの建物だって同様だ。

 ある例外を除いて。

 街のほぼ中心に位置する地域に商店街がある。そこから北に向かうとやけに目立つ建物があり、周囲から浮いているように存在していた。

 普段ならそれだけで説明が済むが、この日は特別だった。

 今日限定で、外側だけでなく、内側も変わっていた。普段の『静寂した空気』は、この日だけ『緊迫した空気』になっていた。誰もが音を立てる事を恐れ、関わりを持つことを避けている。きっとそこにいる全員が「今日は厄日だ」と思っているのだろう。

 勿論、

(どうしよう…)

 ソミアもその一人に違いない。

 あれから彼に許可を貰えたのかどうか疑わしい反応をされたが、何とか彼の隣りの席に座ることはできた。机に向かって真っ直ぐ座った状態で、そこから左を向けばこちらに身体を向けた少年の姿が見える。が、そこからどうすればいいのか全く考えておらず、何かしようと思考を練るが名案は浮かばず、適当に選んだ『この社会は間違っている! 国民で変える社会改革』という本を開いたまま、結局三十分ほど浪費していた。

(どうしよう…どうしよう…! いきなり『一緒にお茶でも飲みに行きませんか』なんて馴れ馴れしいこと言えないし…いや、それがほんとのナンパなんだろうけど、恥ずかしすぎるし…相手が悪いよぉ…)

 ソミアの一人会議に進展はない。

(えっと、『私ソミアです』って自己紹介しても意味ないし、『いざ行かん、茶の出でる店へ』って、いつの時代これ!? んと、ジェスチャーで伝える…って、言葉が通じないわけないし。…たぶん。まず変だし、『おぢゃ〜』なんて言ったら即刻警察行きだし、『ヘイ兄ちゃん、なんか飲み行かない?』ってこれは問題外。…なんで私こんな言葉遣い知ってるの?)

 今入館してきた人がいたら、本に向かって睨み続ける怖い少年と、何故か頭の先から真っ赤になりながら小心翼々している少女がいる、と思うだろう。

 ジャスミン達は「何してんの、早くしなさい!」という苛立ちと、「どうしたんだろ? 大丈夫かな…」という心配を抱えながら、あれからずっと見ていた。

(―――そうだ! いきなり誘おうとするから、いけないんだよね。何か他の、何気ない話題から始めれば…)

 私は今までで最良の案を思いつき、実行に移そうとした。面を上げ、使えるものがないか左右を見回す。その光景を傍から見ていたら、俯きながら悩む少女がいきなり顔を上げ、更に周囲を見回し始めたことに驚いただろう。

 懸命に探すが、ここは図書館。ある者は本や本棚、机に椅子、時計、そして他の利用者くらいだ。

 軽い話題から始めようと思っても騒いではいけないし、まず相手がその話に付き合ってくれるかどうかが問題だ。慎重に選ばなければならない。

 また、相手と自分の言葉が合うかどうかも問題だ。少年の外見は東洋か中東の人だと思うので、自分と違う言葉を話す可能性があった。ウェールズ語やゲール語なら聞いたことがあるが、それ以外の言語だと自信がない。やっぱり、当たって砕けることになるんだろうか。

 心配しても仕方がない、と自分に言い聞かせて、まずは話し掛ける話題を考えることにした。

 相手にも話しやすい話題(しかも初対面)にするには相手にとって身近なもの、例えば相手が身に付けている装飾品や所持物などの話題にすればいい。そう思って改めて少年の容姿を見てみる。

 少年が身に付けている物は、片方だけのサングラスと、空調が整備されているのに着る必要があるのかどうかと疑いたくなるジャケットと・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え! これだけ!?

 もう一度確認してみるが、そのサングラスを掛けている以外は普通、というより無関心という感じだ。サングラスを外せば何の変哲もない、ただの少年に見えただろう。

 よくよく見ると、顔立ちがけっこう整ってるかも…。

 右目しか見えないけど、きつい目つきはしてないんだよね…。恐い顔してるけど。

 素顔、見てみたいな…。

 いつの間にか私は少年のことをずっと見つめてしまっていた。傍から見ると、読書している少年の姿に魅せられた少女、と誰もが思う光景だった。

 そして、私の行動は少年にまで反応されてしまった。

「…何か?」

 少年は本へ向きながら、視線だけを動かしてソミアのことを睨んでいた。

「え!? あ、あの…すみません、なんでもないです! ごめんなさい!」

 私は早口で謝罪すると同時に、初めて聞いた少年の声に感動のようなものを覚えていた。少年は英語で話したので、言葉が通じることを知って少し安心した。一方で、少し低めの声色に威厳が感じられたが、棘のある言い方には聞こえなかった。だが、友好的とも言えない言い方でもあった。まるで“言葉を言うだけ”のような言い方で、感情が込められていたかも怪しく思う発音だった。

 って、観察してる場合じゃない! こんなこと早く終わらせよう!

 私は余計な煩悩を絶ち切り、今まさに問題になっている本題を呼び覚ました。

(えっと…えっと…)

 焦りは思考能力を低下させる。込み上げる焦燥感を出来る限り抑制させるよう努め、今度はさり気なく、再び少年を見る。

(身に付けているものじゃダメなら、他の、関心がありそうなのしかないかな…)

 だが、自分で考えた案に自分で問い返す。

 …関心があるものって?

 私と少年は完全かつ完璧な初対面なのだ。その相手の趣向を山勘で当てるなど、普通はほぼ不可能だ。

(…)

 だが、今回は場所が幸運を呼んだ。

 今いる場所は図書館だ。

 それ故、少年は(相変わらず同じ本を同じ体勢で)本を読んでいる。

 つまり、相手が読んでいる本に関連した話題にすればいい。

 それに、さっきから畏怖の雰囲気を漂わせているのは、今読んでいる本に関係があるのだろう。

 私は残された希望をこの方法に託して、実行に移そうとした。が、人生そう上手くはいかないらしい。

(…表紙が見えないっ)

 少年は本を机上ではなく膝の上に載せて読んでいる。私の位置からだと惜しくも見えないのだ。

(じゃあ、そこから始めるしかないのかな…)

 本来より一つ過程が増えたことにうんざりしながら、勇気を出して、話しかける。




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