交錯する生者 10
「じゃ、がんばってね」
(どうしよう…)
私はさっき自分がいた場所とその少年が座っている場所の丁度中間で立ち止まっていた。
背中を押されるようにみんなのもとから出発したが、いざ実行しようとすると何をすればいいのかわからなくなり、立ちすくんでしまった。
(さっきは雰囲気に押されて意を決したこと言っちゃったけど…改めてあの人を見たら…)
私は少年を見た。
(・・・・・・・・怖いっ)
少年はさっきと変わらず近付きがたい雰囲気を纏っている。普通の人でさえ接近もままにならないのに、ソミアのような人間がそれを試みようとするのは無謀ともいえる。
(と、とにかく…近くに座らないと…)
だが、いきなり隣りに座ったら不審がられること間違いない。ここは静寂した空間だから立ち話なんてしたら筒抜けだ。また睨みつけられてしまう。
せめて、近くに座っても怪しまれない方法があれば…。
(あ、そういえば…)
私は再度少年を見た。相変わらず本に没頭している。
(本を読むために座らせてもらう、っていう理由なら怪しまれないかな…。ううん、怪しまれるほうが変だよね。だって、ここ図書館なんだし。うん)
私は我ながら妙案だと考え、これなら問題ないと自分に言い聞かせて、早速本を取りに『書物スペース』へ向かった。
ソミアが視線を外した時に少年はページを捲り、そこで手が止まった。
(なんで…?)
本を選んで『読書ホール』へ戻ってきた時、自分の目を疑った。
少年はまだ本を読んでいた。
だが、さっきとは明かに違う。読む体勢が違うとか読んでいた本が別種になっているとか、そんな単純なことではない。
まず、ずっと動かないのである。さっきまでは数分ごとでページを捲っていたのに、今はなかなか次のページに進もうとしていない。
そして、表情が険しい…気がする。はっきりとした変化ではないが、さっきまでは無表情で読んでいたのに(それでも充分近付きづらい)、今は目を細めて眉にも力が入っているような気がする。
まるで、本の内容を憎んでいるかのような。
私はマナーモードにしてある、腕に身に付けている携帯端末装置を操作し始めた。運動愛好家が使う汗拭きのリストバンドのような形状だが、柔らかい素材で造られた端末で、この時代では主流の形態の一つだ。このリストバンド型の他に、首から提げるタグ型やブレスレット型、指輪型などがある。私はリストバンド型にしている。女の子はブレスレット型やタグ型が多いのだが、私は今はこれじゃないと落ち着かない。
ブレスレット型の場合、起動ボタンは親指からの延長線上の側面にあり、装着していない側の手首を当てると静脈系列を読み取ることで反応する。静脈は個々で異なっているためにプライバシー保護によく使われる。起動すると手の甲側の帯から二次元の画面とキーボードが空間に投影され、そこから番号なり文字なりを操作する。
通話口とアンテナは無く、電話をする時は、手の平の側の帯を腮辺りに当てて話す。そうすると骨を伝わって渦巻管に届くので、騒音に妨げられることがない。電子メールはデスクトップのソフトを選択し、書く。
バッテリーは基本的に外的な光源からの光発電と装着者の体温からの熱発電を利用するので、故障しない限り電池切れはない。
他にも別売りで、機種によって異なるが、赤外線通信とか、盗聴妨害ソフトや対ウィルスソフトとか、気温・湿度・紫外線放射度の計測オプションとか、その他諸々があるが、沢山ありすぎて覚え切れない。
私はややぎこちない手つきで文章を入力して、少し離れた場所にいる仲間に救難信号を送った。
『やめていい?』
仲間からの返信は勿論、
『ダメ』
と送られてきた。
『本当に怖いんだよ?』
と送ると、仲間はとんでもない返事をしてきた。
『Go for broke!』
私は早くこの悪夢から覚めてほしいと心から願い、仲間に『化けて出てやる』と返信して、携帯端末をしまった。
私は溜め息をつき、そして吐いた息の分だけ深呼吸をした。
今日はなんて運の悪い日なのだろう。ゲームで連敗を喫しただけでなく、こんな罰ゲームまで降りかかることになった。せめて、自分の努力で結果までが悪くならないことを祈るのみだった。
悪友に言われた通りに当たって砕ける覚悟をして、少年のいる場所まで進んで行った。
「あの…」
「…?」
「ここ、座ってもよろしいでしょうか…?」
Go for broke.
「当たって砕けろ」