ジングウルート あのときへ13
秋山姉妹と別れて向かったのはボロいアパート。
ここが私の実家だ。
「ただいま」
「あ、おかえりなさい、天」
出迎えてくれたのは、私の母。
「帰ってたんだ」
「う、うん。また別の仕事に行くけど」
疲れた表情で、それでも笑ってくれる母。
母は朝から夕方はパート、夜から早朝までは夜の仕事をしている。
そこまでして私を養ってくれている。
私を学校に行かせてくれて、スマホのお金も払ってくれて、お小遣いもくれる。
私が学校で貧乏人とハブられないように。
「あ、あのさ。お母さん」
「ん? どうしたの? あ、ご飯は炊いてあるからね。おかずはレトルトでも良い? それとも何か作ろうか?」
「あ、いや。ご飯の献立は今は良くて」
忘れられるはずない。
ずっと残った傷を作った日。
この日。
今日、この日はーー
「一緒に何処か出掛けない? 今から」
私の母が死ぬ日だ。
「えー。急にどうしたの? 今から仕事だからごめんね。えと、次のお休みはね」
スケジュール帳をパラパラ捲る。
全く同じだ。
あのときも、構ってもらいたくて言った。
普段は感謝なんてしないくせに。
自分が貧乏なのはお母さんのせいだなんて思ってもないことは言えるくせに。
お母さんのことが大好きなくせに。
私は弱いお母さんが大嫌いだった。
ガチャ
閉めたはずの玄関の鍵が開けられる。
私たちの背筋が凍る。
これはもう条件反射になっていた。
「おーい。主人が帰ったぞ〜」
酔っ払いの男。
今でも信じたくないが、この男が血の繋がった私の父親だ。
私の半分はこいつで出来ていた。
「お、お帰りなさい」
震える母。
私だって怖い。
「お前は挨拶ねえのか?」
父親が私を睨み、蹴り飛ばしてくる。
ああ、そうだ。
秋山姉妹が苦しんだように、私はこの男のせいで惨めな人生を送ることになったんだ。
「なーに睨んでんだ? 実の親に向かって!」
拳が迫って来る。
そして私は殴られる。
「…………」
母は助けてくれない。
あのときは私のことを助けてくれない母を恨みさえした。
だけど今なら分かる。
母だって怖かったんだって。
「…………」
口の中が血の味がする。
「おい。金」
私から離れた父親は母の方へ。
母は急いでタンスから茶封筒を取り出す。
「少ねえね。ちゃんと働けよ!」
今度は母が殴られる。
倒れた母を見もせずに、父親はタンスを漁り、服を全部ひっくり返す。
「何だこれ?」
別の茶封筒。
そこからは数枚の札束。
あれはーー
「それは止めてください!?」
頬を腫らした母が父親の足にしがみつく。
「ヘソクリなんか持ちやがって」
お金の入った茶封筒は全部父親のポケットへ。
「それは天のためのお金なんです!?」
あれは私の修学旅行の費用だった。
母が死んでから私はそれを知った。
普段、私が父親に殴られても助けてくれないくせに。
私の修学旅行費のためなら抵抗するなんて。
そんなんだから殺されちゃうんだよ、お母さん。
「うっせえな。退けっ!」
振りかぶられる拳。
何度も、何度も母が殴られる。
それでも母は父親の足を離さなかった。
そのまま母はーー
→《立ち向かう》
《目を閉じる》
目の前に現れた選択肢。
私は立ち上がる。
あのときは怖かった。
だけど今はもうーー怖くなんてないっ!
「うわあああああっ!」
雄叫びをあげて体当たり。
私の身体でも父親は転ぶ。
「お母さん!」
母を父親から引き剥がし、庇う。
「何しやがるんだ、てめえ!?」
すぐに立ち上がった父親。
拳が私に向かってーー
「ゲンムっ!」
私は神様の名前を叫んだ。




