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ONLOOKER  作者: 鳴瀬倉
27/31

SCHOOL OF LOCKED 6

 

 ※※※


「おい、なんだこれ」


 顧問としてなのか出演者としてなのか、珍しく生徒会と行動を共にしていた居吹が、盛大に顔を顰めて言った。

 隣では椅子に座って長い脚を組んだ准乃介が、にやにやと笑みを浮かべている。


「怖すぎでしょー、夏生たち」

「先輩、やっぱ映研部に本性バレてません? 忠実すぎますよ」

「どこが、そんなわけないでしょ。誰が書いたのあの脚本」

「は……恥ずかしい……!!」

「え、こ、紅先輩? すごくよかったですよ!」


 今日は映画祭当日、悠綺高校映画研究部が全力をかけて作った作品初披露の日である。出演のお礼にと招待されて、仕事のあった聖と恋宵を覗く六人で、関係者席で出品作品の上映を観ているのだ。

 当然彼らは、ストーリーを全て知っている。

 撮影中も十分、准乃介演じるシュンの迫力に本気で怯んだり、真琴の役への入り込み方に唖然としたりしていた。だが演出や編集が加わるだけで、映像というのはこうも変わるらしい。次に誰がどう動くかわかっているのに、紅などは息を呑んでスクリーンを見つめていた。


「そうじゃねぇ、そうじゃねぇだろ」


 と、居吹が顔を歪めて言う。ちなみに屋内で、かつ薄暗い上映用の会場のためか、今日の彼はハーフリムの眼鏡だ。長めの髪もきちんと後ろでまとめている。

 どうしたんですか、と真琴が離れた席から身を乗り出すと、居吹はギロ、とそちらを睨んだ。


「なんなんだよ俺の扱い。ド変態じゃん! 腐りきってるじゃん! マジで生きてる価値ないじゃん!」

「ド変態なのは居吹じゃないよ竹田だよ。大丈夫、死体役キマってたよ」

「嬉しくねぇ! つうか、こう……イメージってもんがあるだろうが!」


 公の場だからか、今日は服装も普通の黒いスーツだ。さすがにいつもの白や明るいグレーや、レザーパンツは遠慮したらしい。そんな意外な良識のある居吹を、五人は真顔でじっと見た。

 数秒の沈黙が生じる。

 居吹は、言った。


「ちげぇよ?」


 そんな真っ赤な髪とホストみたいな風貌をしておきながらイメージなんて気にしてたのか、と言わんばかりの視線に対しての言葉だった。途端に興味をなくしたように、准乃介などは「なぁんだ」と口に出して体勢を戻すと、居吹が舌打ちをして言う。


「これ、出演者は全員学校関係者、ってのがこの映画祭の規定なんだろ。悠綺高校にこんなのがいると思われていいのかって話だよ」

「あぁ、そういうことー。……てゆうか、自分でこんなのとか言っちゃう?」

「でも確かに、悠綺高校のプロモーションのためにって言われて、映研部からの依頼を受けたはずだけど」


 夏生がそう言って、遠くの座席に視線を巡らせる。制作者である各校の生徒や顧問たちは、観覧席からは少し離れたところに座っているはずだ。悠綺高校の黒いブレザーを探すが、暗色の制服姿ばかりなので、どれがどこの学校だか全くわからない。

 直姫もつられて同じ方向に視線をやったが、彼女の夜更かしにも負けない視力でも、見つけられなかった。


「これでプロモーションになんてなるんですかね?」

「さぁな……敷地の広さくらいは理解してもらえるんじゃないか?」

「でもあの感じじゃあ、広すぎて大変そうだと思われちゃいそうです」

「あ、ねぇちょっと」


 見て、と言われて、四人は准乃介の方を見た。会場に入る時に渡された、この映画祭のパンフレットを指差している。大して興味もなかったので、今の今まで丸めてポケットに突っ込んであったらしい。

 端に座っている真琴にも見せるため、ちょうど五人の真ん中に座っていた直姫に、パンフレットが渡された。夏生と紅が両側から覗き込み、真琴が少し身を乗り出す。


「え、なにこれ。表彰式?」

「え? 順位つくの?」

「え……初耳」

「……ホントなんにも聞かされてないよねぇ、俺たち。いまだに誰の脚本かも知らないくらいだし」

「え、てゆうか」


 あれだけの豪華な校舎を舞台に使い、理事長の全面協力を得、本業の役者にまで出演を頼んでの、あくまで“自主制作映画”。

 出来た作品はあからさまな学校のプロモーションでも学生らしい微妙な間の青春群像劇でもなく、本格的なサイコミステリー。


「……すっげぇガチで勝ちにきてんじゃねーか」


 居吹の呟きは、会場の喧騒と、次の作品が始まる合図とに、見事に掻き消された。


 ◇


 全ての作品の上映が終わり、いよいよ最優秀賞が発表されることになった。審査も終わり、あとは優勝高校を発表するだけ、というところである。


『最優秀作品賞は』


 しん、とした緊張感が、会場全体を包む。当然だが、派手なドラムロールも、勿体つけたスポットライトもない。思わず「意外と地味だな」と言ってしまうあたり、居吹も悠綺高校に慣れて(毒されて、と言ってもいいかもしれない)いるんだなと、直姫は思った。


『私立悠綺高等学校です!!』


 マイク越しの声が響き渡り、その瞬間、前の方の座席で数人が立ち上がり、飛び跳ねる。歓声を上げ、拍手に包まれている彼ら彼女らは、当然直姫たちがここ最近すっかり見慣れていた顔ぶれだ。


「わー、よかったですね! 嬉しいなぁ」

「あーあ。理事長も大人げないというか」

「こら、夏生。素直に祝福しておけばいいだろう」

「ユカリがかわいかったからでしょー。紅、スカウトくるんじゃない? 受けたらダメだよ、絶対」


 感想も全くもってバラバラである。居吹はとても複雑そうな顔をしていた。直姫だって、そう率直に喜べるものではない。

 なにしろ親睦会に引き続きまたしても女装させられ、挙げ句今回は映像として、その上記録にまできっちり残ってしまったのだ。本当に、誰がこんなことさせたんだか、と思うばかりである。


『では悠綺高等学校の方々は、前へどうぞ』


 司会がそう言うと、ぞろぞろとスクリーンの前へ出て行く。その中に見慣れた、見慣れすぎた姿があったような気がして、「……え?」直姫は瞬きをした。監督やカメラマンの生徒と並んだあの位置は、明らかに、単なるアシスタントや小道具係の立ち位置ではない。


『監督は部長さんですか? 一言お願いします』

『はい。本当にありがとうございます、全力を出しきった甲斐がありました』

『おめでとうございます。脚本はどなたが?』

『はい、私ですわ』

『えぇと……大友さん、ですね。なにか一言ありましたら、ぜひ』


 マイクを向けられて嬉しそうにはにかむ女子生徒は、紛れもなく、大友麗華嬢だった。直姫たち五人は、誰からともなく、顔を見合わせる。


「え、うそ、大友さん?」

「って、直姫のシンデレラの時の?」

「あ……どうりで二面性とか多発すると……」

「つーかあのこどんだけ直姫の女装好きなの」

「まさか、あれは……彼女の趣味を詰め込んだだけ、だった、のか……?」

「詰め込みすぎ……だよねぇ……」


 頭を抱えたくなるのを堪える直姫の肩に、紅が静かに、ぽん、と手を置いた。


『私の脚本を素晴らしい作品にしてくださった部員の皆と、出演してくださったクラスメイト、先輩方にもお礼を言いたいです。本当に嬉しいですわ』


 そう言って麗華嬢は、自分の萌えが他人に認められたことが心底嬉しいかのように、にっこりと笑ったのだった。


 ◇


 上映会と表彰式が終わると、隣の大きなホールが開放される。さっきのシンプルな表彰式もあって、せいぜい高校の映画祭と思っていた一同だが、ホールへ入った瞬間に、居吹があんぐりと口を開けた。


「俺立食パーティーって始めてだわ……」


 そう呟き、そして、平然としている教え子たちを見て、真顔で少し引いている。テーブルに並ぶ料理に見覚えのあるものを見つけたのか、真琴が声を上げた。


「あ、富樫さんとこのだ。やった、僕大好きなんです」

「真琴、富樫シェフと知り合いなのか?」

「はい、小さい頃からよく行ってて。紅先輩もご存じだったんですか」


 二人のそんな会話を聞いた居吹が、富樫さん誰だよなんで料理見ただけでどこのレストランのかわかるんだよてかどこ料理だよ、と息継ぎをせずに言う。今日は聖が欠席の分、居吹がつっこみに回るようだ。

 しかし、早速目を輝かせて料理を選ぶ真琴の背後で剣呑な声が聞こえて、直姫は振り返った。


「なにこれ? なんのパーティー? 映画みてぇ、超セレブ」

「この映画祭、悠綺高校が寄付してんだろ。だからこんなに豪華なんだよ」

「悠綺? あぁ……」


 少し離れたテーブルで、数人の学生が会話をしている。見たことのない濃紺の詰襟だ。この映画祭に作品を出品した学校の生徒であるはずだが、なにしろ今日だけで一時間前後の映画を十数作観ている。どの作品に出てきた制服かなんて、覚えていない。

 嬉しそうに料理をぱくつく真琴には聞こえていないようだが、そのとても好意的なものとは思えない声色に、直姫は顔を戻した。

 すると、横目で同じ方を見ていた夏生と目が合う。彼は一度小首を傾げて見せると、興味を失ったように視線を外す。だが、注意はしっかり彼らの方へ向いているのだろう。


「いいよな、金持ち学校は。本職まで雇えて」

「見たかよ? ほら、沖谷准乃介。そこのテーブルにいるデカイのそうじゃん」

「うわほんとだ、脚なっげー……えぇ、なんだよ、Inoいないじゃん」

「どうせ機材でもなんでも金にもの言わせて良いの使ってんだろうな」

「優勝して当然じゃん。出来レースも一緒じゃねぇかよ」


 恋宵がこの場にいなくてよかった、と直姫は思った。紅が嫌がらせを受けた時、犯人だった女子生徒の言い草に、紅本人よりもムキになって怒っていたのを思い出したのだ。あんな妬み僻みを聞けば、彼女はきっとまた泣きそうな顔で抗議しに行ってしまうだろう。

 夏生も同じことを思っていたのか、鼻で小さく溜め息を吐く。そんな二人の間に、准乃介が首をもたげたキリンのように入ってきた。


「感じわるーい。ねぇ?」

「……言わせておけばいいんじゃないですか」

「でも、映研部の皆さん、あんなに時間かけて、丁寧に作ってたのに」

「……真琴。聞いてたの」


 直姫は、一瞬だけ眉を寄せた。料理に夢中だったようで、実はしっかり聞いていたらしい。

 紅もしかめ面でその他校の生徒たちを見ている。


「正々堂々の勝負だろうが。往生際の悪い」

「あれ、優秀作品賞だった学校でしょー?」

「そうなんですか。なんか、どこも同じに見えて」

「まー、制服じゃあね。しょうがないでしょ、学ランなんか特に」

「あんだよ、自分らが二位だったからって僻んでんだろ。金持ちの暇潰しクオリティをなめんなよ」


 いつの間にか居吹までが会話に加わっていた。誰よりも過激なことを言う教師に、准乃介や紅が苦笑いを浮かべる。

 と、どこからか、聞き覚えのある、よく通る声が聞こえてきた。


「お疲れさまでした」


 振り向くと、暇を持て余した金持ち集団、もとい、我らが悠綺高校の映画研究部が、ぞろぞろと向かってくるところだった。いかにも文化部、というふうの木元部長が、にこやかに口を開く。これが撮影に入ると、生徒会役員にも容赦なく檄を飛ばす鬼監督だとは、他の誰にもわからないだろう。


「みなさん、お揃い……では、ないようですね」

「えぇ、用事が入ったみたいで。すみません」

「お仕事なんでしょう。仕方がないですよ、こちらこそお忙しいところ」


 木元と夏生の挨拶が済むと、無口なカメラマンの有川が、無言で手を差し出す。見たところは野球部のキャッチャーか剣道部の主将といった風貌だが、カメラを担いでの全力疾走を数回連続でやってのける、タフな人物だ。そしておそらく今日もっとも生徒会に衝撃を与えたであろう彼女は、朗らかに、いけしゃあしゃあと、優雅に、にっこりと笑った。夏生や紅たちが映研部の面々と挨拶を交わしている横で、こっそりと言う。


「直姫くん、佐野くん。映研部としてははじめまして、ですわね」

「大友さん……なんで今まで黙ってたの?」

「素性を明かさずにお見せした脚本が皆様にどこまで評価されるか、試してみたかったんです。いかがでした?」

「びっくりしたよ、もう。その……、ギャップのある配役というか」

「だって、腹黒な夏生様や石蕗様にも冷たく当たる沖谷様、見てみたかったんですもの」


 真琴の苦笑に小首を傾げて平然と言い放つ麗華に、直姫が「大物……」と呟く。


「それに、親睦会の時の西林寺くんが、一時期死んだような目をしてらしたので」

「え」

「あぁ、うん、してたよね」

「女の子の格好がよほど嫌なのかと思ったら、言いにくいじゃありません?」

「……え……と、大友さん……」


 真琴の口許が引きつる。

 じゃあやらせんなよ。居吹がぼそりと言った言葉があまりにももっともすぎて、直姫は、なにか言う気力も削がれたのだった。




「悠綺高校のみなさんですか?」


 振り返る麗華越しに直姫たちが見たのは、学生服姿の数人の生徒だった。といっても、そんな格好の人間はこの会場の中に大勢いるので、どれがどれだかはよくわからない。その一団を引き連れて言葉をかけてきた生徒が、彼ら映画部だとか、研究会だとかの、部長なのだろう。


「あぁ、名桜館学園の……」

「田畑です。最優秀賞、おめでとうございます」

「ありがとうございます」

「素晴らしかったですね。本当に自主製作とは思えない完成度で」


 ぴくりと、握手のために差し出した木元の指が、ぴくりと震える。もし皮肉だとしたら、ひどい侮辱の言葉だ。だが相手が少しも笑顔を崩さないので、どうとも判断しかねて、結局そのまま固く握手を交わした。


「すごいストーリーでしたね。うちの狭い校舎じゃできないトリックだろうなぁ」

「あれは、うちの一年生が考えたんですよ。彼女がそうです」


 木元が手を差し出したので、麗華は一歩前に進み出て、膝を軽く曲げるお辞儀をする。その優雅さに、田畑と名乗った相手は少し目を見開いたが、すぐに物珍しそうな顔を隠して言った。


「へぇ、一年生。これからが楽しみですね。……あれは、ご自分で走って試してみたんですか? ……なんて、まさかね」


 笑いながらのその言葉は、決定的だった。

 そんな仕草をして見せるお嬢様がいる映研部だ、どうせ自分たちでカメラを担いで走ったりなんてしてないんだろう。なんだったら、脚本だって誰かを雇って書かせてるに違いない。

 ――そんな最大限彼らを馬鹿にした言葉を、一言に凝縮したような、「まさかね」だった。

 麗華がひくりと眉を寄せる。木元は口許をひきつらせ、有川は無言のまま表情を強張らせた。

 後ろで話を聞いているだけだった生徒会でさえ、あの言葉は不愉快だ。ふと、紅が夏生の袖を小さく引く。


「あの後ろの方にいるのって、さっきの奴らじゃないか?」


 直姫たちにも聞こえる程度の小声に、紅の言った方に目を向ける。

 さっき「出来レースだ」などと言っていた数人が、田畑の背後に見えた。

 この部長にしてあの部員あり、というわけだ。


「……気分わる」


 口をほとんど動かさずにぽそりと呟いた夏生の声は、木元たちにも届かなかっただろう。彼らの方がよほど気分を害しているのだ。直姫たち全員の内心の代弁だとしても、耳に入れるべきではない。

 しかし、関わらないよう距離を取っていた生徒会に、田畑は気付いたようだった。いやに明るい声を上げる。


「もしかして、“悠綺高校の生徒会”の皆さんですか?」

「え?」

「有名じゃないですか。著名人の多い悠綺高校で、特にトップクラスの生徒が揃った生徒会。どれだけの受験生が、その中に入りたがってることか」

「はぁ……」


 やけに持ち上げてくる思惑を一瞬で察して、夏生は人の良さそうな苦笑いを作った。正直、だからなんだというような口上に嫌気が差して、直姫はこっそりと真琴の後ろに下がる。


「俳優の佐野さんと……そちらは、モデルの、えぇと……」

「……ドーモ。荻野シュン役の、沖谷准乃介です」


 その声に、一瞬周囲がざわつく。気付いて遠巻きに眺めてはいたものの、声をかけて確かめる度胸はなかった人たちだろう。まさか自分から名乗るとは思わなかったのかもしれない。


「羨ましいですね、そんな方たちに出ていただけるなんて。去年佐野さんが出てた映画、すごくよかったですよ」

「あ……ありがとうございます」

「実は僕、あの映画の松矢監督に憧れてて」

「え、あ、そう、ですか」


 それが、彼にとっての本題だったのだろう。わかりやすい人だ。要は、憧れの映画監督と知り合いである真琴に、接近したかったのだ。その証拠に、その後に続いた映画の感想は、真琴の演技に対するものではなかった。興奮気味に大きくなった声が、注目を集めてしょうがない。

 准乃介に自己紹介までさせておいてほとんど顔を向けない失礼さと厚かましさに、紅が居心地悪そうに目を泳がせる。


「大学を出たら松矢監督の下で働きたいと思ってまして」

「へ、へぇー……そうなんですか」

「えぇ、それでゆくゆくは……」


 と、困ったようにあちこちにやっていた真琴の視線が、ある一点で止まった。「あ」という声まで出てしまって、田畑の話も止まる。真琴は、さっき陰口を言っていた部員たちのさらに後ろ、一層小柄で俯きがちの男子生徒を見ていた。


「……光村……?」


 恐る恐る、といったふうに口に出すと、光村、と呼びかけられた彼は、おずおずと顔を上げた。強張る顔で無理に笑って、「やぁ」と、間の抜けた声を出す。


「佐野、久しぶり」

「久しぶり……! え、名桜館に?」

「い、言ってなかったっけ」

「知らないよ、遠くに引っ越すとしか」


 目を丸くする真琴と、気まずそうに返事を返す光村を、田畑が訝しげに見る。もうすこしで業界へのコネの第一歩を作れそうだったのを、邪魔される形になったことに苛立っているのか、眉を寄せて光村に言った。


「佐野さん、こいつと知り合いなんですか?」

「あ、小学校の時のクラスメイトで」

「え?」


 田畑の目が、あからさまにいやらしく輝く。


「なんだ光村、佐野さんと友達だったなら早く言ってくれれば」

「友達……っていうか」

「でも光村くん家、転勤族だったから、二年くらいしかいなくて……懐かしいな、元気だった?」

「う、うん、まぁ。佐野も元気そうでよかった」


 数年ぶりに会った友達同士、というには、どこか妙な雰囲気の二人だった。真琴は少し遠慮がちに声をかけているし、光村は相変わらず俯きがちで、仲の良かった友人を懐かしむようにも、とくに関わりのなかったようにも見えない。

 それに気付かないのは田畑だけで、彼はせっかくのチャンスを後輩に横取りされて、苦々しくつまらなそうに、二人の会話を眺めている。


「ドラマとか映画とか、見てるよ」

「ありがとう。なんか恥ずかしいな」

「そーゆー、もん? ……頑張れよ。応援してるから」

「うん」


 再会を喜ぶわけでも、連絡先を交換したりするわけでもなく、ただ淡々と言葉を交わす。なにかあったんだろう、というのは、端から見ていても十分にわかった。

 二人の会話が終わったらしいことを察して、田畑が再び真琴に話しかけようと、口を開く。しかし、それは結局、叶わなかった。


「真琴、直姫。聖たちがこれから来るらしいから、会場の外まで迎えに行ってやってくれる? たぶん迷ってるから」

「……ずいぶん遅かったですね。真琴、行こう。道よくわかんない」


 夏生が唐突に言ったのだ。

 直姫は咄嗟に言って、先に歩き出す。「あ、うん」と返事をして、田畑と光村に会釈すると、真琴は直姫を追って、その場を後にした。田畑が声をかける隙もない、あっという間の出来事だった。

 夏生が申し訳なさそうな苦笑いを見せる。


「すみません、残りの役員が途中で合流することになっていたので」

「……あぁ、いえ、いいんですよ」


 田畑は呆気に取られたように言うと、「……失礼します」と言って、去って行った。はじめから真琴の姿を見つけて近付いて来たのかと、そう思えるような引き際だった。


 ホールの大きな扉を潜ると、真琴は止めていた息を吐き出すかのように、言った。


「はぁ。あの人、ほんとに松矢さんのファンなんだね……」

「あそこまでがめついと、逆に強かそうだよね」

「え?」


 直姫の呟きを、真琴は聞き返す。まさかあんなあからさまなコネ貸してアピールに気付かなかったのかと、直姫は信じられない思いで真琴を見た。直姫の珍しい感情表現には触れずに小首を傾げると、真琴は言う。


「それにしても懐かしかったなぁ、光村。小学校の四、五年の時だったから……もう五年になるんだ」

「そんなに仲良くなかったんでしょ、ほんとは」

「んーん? 仲、良かったよ」


 真琴はそう言って、首を横に振る。


「優しいし気が利くし、すごく気が合ったんだ、光村が転校してきた頃は」


 過去形の言い回しだった。

 直姫はなんとなくの事情を察して、正面出入り口の方へは行かずに、開放されたドアから庭へ出た。ぽつぽつと人が歩いているくらいで、映画祭の関係者らしき人は見えない。遊歩道をどこへ向かうともなく歩きながら、口を開く。


「……ねぇ。言っとくけど、聖先輩と恋宵先輩が合流するっていうの、嘘だからね」

「え……えぇ!? そうなの?」

「向かう前にメールするって言ってたよ。夏生先輩、ケータイなんか見なかったでしょ」

「えぇー……そうなんだ……」


 まさかと思って言ってみたが、案の定鵜呑みにしていた真琴に、直姫は溜め息を吐く。


「真琴はさ……、人の良い所を見つけるのが、上手すぎるんだよ」

「……なんのこと?」


 それが真琴の長所だと、最初は思っていた。

 素直で人を疑わない、人の良い友人。

 ただ、それは、短所にもなり得た。

 今のとぼけ方にしてもそうだ。


「だから……悪いところを見つけるのが、下手くそってこと」

「そうかな」

「損な性格だよね」

「うん。損ばっかりしてる」


 小さく笑って、真琴がこともなげに言った。


「僕ね。苛められてたんだ、四年生になる前から、中学に上がるまで」


 それはいつか、真琴が自分で漏らした秘密だった。

『全部揃ってる奴になにがわかる』。丸井に盗撮を命じたことを非難した夏生に、自分のしたことを棚上げして食ってかかった吉村が言った言葉だ。顔も頭も家柄も金も、全部揃っているお前なんかには、自分の気持ちはわからないだろう、と。

 その言葉を聞いた真琴は、悲しげな顔をして、辛い過去を匂わせた。はっきり彼の口から聞くのは初めてだが、直姫も、それを薄々わかっていた。


「うちの会社は、父で三代目だから……いいよな将来の社長はって、よく言われてた。なにもしないで遊んで暮らしてていいんだろって」

「……それは、物凄い勘違いだね」

「うん、子供だったから。……それと、僕の髪って、茶色いでしょ? それも、他にあんまりいなかったから」


 真琴の両親は二人とも生粋の日本人だし、彼の色素が薄いのは生まれつきのことだ。実家の医療機器製造会社が三代で日本を代表するまでに大きくなったのは、曾祖父と祖父と父親が苦労して頑張ったから。真琴自身も将来はそれを継ぐつもりで、経済学を学びたいと言っている。

 それなりに大きくなってみれば、どこにも非難される筋合いなんかないと、考えてみるまでもなくわかる。なのに、子供だから、無知だから、全てが糾弾と迫害の理由になるのだ。よく食べることも、少し気弱なところも、真面目で心配性なところも、ふにゃりとした笑顔でさえも。


「光村は転校生で、それを知らなかったから。はじめは仲良くしてくれてたんだけど」


 ありがちな話だ。

 あいつと仲良くするならお前も苛める、次はお前の番だからな。そんなやり取りがあったに違いない。


「なんにも悪くないんだよ、仕方なかったんだから」


 そう割りきれるまでに、どれくらいの時間がかかったのだろう。光村にその気はなかったにしても、独りぼっちから一瞬でも救われただけ、後のダメージは絶大だったに違いない。


「その頃に、うちの会社の広告がきっかけで芸能界に入って、すごく忙しくなって。仕事の時は回りの人みんな優しくしてくれるし、演技も楽しいし。学校、大っ嫌いだったな」


 直姫は、なにも言わずに、視線と呼吸だけで相槌を打っていた。まさかこんなふうに人の過去にまで首を突っ込むことになるなんて、悠綺高校へ入学する前の自分なら、想像もしなかっただろう。そう考えて、直姫はぽそりと言った。


「あぁ……そーか」

「え? なに?」

「いや……真琴が自分と違うのは、そこかなって」

「そこって?」

「周りを信じたか、信じなかったかの違い」

「……そっか」


 きっと二人にしかわからない会話だっただろうが、それで構わなかった。


「疑うことを知らないっていうのはさ、無知ってことだよ」

「直姫は、なにを知りすぎたんだろうね」


 その言葉に、直姫は思わず友人の顔を見た。

 真琴はその視線に、しれっと小首を傾げて見せる。

 甘く見ていたかもしれない、と、小さく苦笑した。なにも知らない箱入り育ちみたいな雰囲気を醸しておいて、真琴は意外と大人だ。


「ねぇ、直姫」

「……なに」

「僕、友達にそんなふうに怒られたの、初めてだよ」

「……自分だって、人を怒ったの初めてです」


 少し唇を尖らせて言うと、真琴は柔らかく笑った。

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