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No. world  作者: KIDAI
【第一部】第一章 物語の始まり
9/11

第三話 1 〈弟子入り〉

(う……)

 僕は目が覚めると同時に、頭に鈍痛な痛みを感じた。

 しばらく痛みが続いたから、ぼーっと天上を眺めていたけど、

(あ……れ……?)

“何で寝ているんだろう?”

 ベッドの上に寝かされている自分の体に視線を向けて、ふとそう思った。そして状況を解析しようと今までの記憶を遡る。

 一番最近の記憶は、ヒイナお姉さんに『ナンバーゲーム』について教えてもらった後、力の結晶エフェクトを使って力・能力を手に入れた事。

 そこまでは覚えている。でもその後の記憶が全くない。体も妙にだるいし、

(腹、減ったし)

 ぐるぐるぐ~、とお腹が唸るのを感じて、僕は毛布の中でお腹を摩る。

「あ、起きた」

 と、少女の声が聞こえた。隣からだ。

 僕はそちらに視線を向けて、木製の椅子に腰を掛けている犬のお姫様ことアイラちゃんを見つけた。けどなんか元気がないような……?

「気分はどうですか?」

「ちょっと体がだるいかな。何でだろ? そんなアイラちゃんこそ何か元気がないように見えるけど?」

「え? そうですか? 私は全然元気ですよ」

 とても平気には見えない。目元には薄く隈ができてるし、顔色がよくないのは一目で分かる。でも僕は、

「そう? ならいいんだけど」

 あまり深くは追求しなかった。話したくないから話さないんだろうから、それを無理に追及するのは男としてカッコ悪い! と言うのは建前で、実際は追及するだけの元気がないだけ。自分でも驚くぐらい体がだるいんだ。あとお腹も減った。

「と言うかさ、僕いつ寝たのか覚えてないんだよね」

 昨日僕がいつ寝たのか知ってる? とアイラちゃんに尋ねてみると、

「昨日、ですか……いえ、わたしはよく知らないんですが、力の結晶エフェクト、でしたっけ? それを取り込んだ副作用で、あなたは倒れられてしまったらしいですよ。あなたを部屋に運んだのはヒイナさんで、わたしがお風呂から戻ってきた時にはこうしてベッドに寝かされていました」

 そう言い出す前に、アイラちゃんが一瞬だけ苦い表情になったのが気になったけど、それ以上に気になったのが……、

「副作用!? 頭痛だけじゃなかったのか!?」

 そう。力の結晶エフェクトを取り込むと気を失うなんて、全く聞いていない。体がだるいの、ももしかして結晶の副作用が原因なのか? それどころかこの異常な腹減りも副作用かもしれない! お腹のうねりが止まないよ!

「……お腹が空いているのは、多分ご飯を食べていないからだと思いますよ」

「はっ! そうか!」

 夕飯を食べる前に倒れたから腹が減ってるのか!

「じゃあ何か食べれば……」

「はい。空腹じゃなくなると思います」

 アイラちゃんの笑顔の返答に、僕は結晶の副作用じゃなくてほっとした。

 そうと分かったら、後は空っぽの胃の中に食べ物を片っ端から放り込むのみ!

「食べ物! 何か食べ物をくださいっ!」

 突然元気になった僕に多少驚きながらも、アイラちゃんは予め用意しておいたらしい、パンやら肉やら未知のフルーツやらの入った大きな籠を僕に手渡した。

「ヒイナさんからの差し入れです。起きたら渡しといてくれ、と言われました」

 ヒイナお姉さんからの差し入れだと!? すごい山盛りだ。空腹のせいで見たこともない食べ物も美味しそうに見えてくるよ。

 僕は毛布の上に籠を置いて、両手にパンと干し肉を鷲掴み、

「いっただっきまーす!」

 と食事前の鉄則である挨拶を大声で言って、バリバリもぐもぐ食べ出した。

 すると横の椅子に座っているアイラちゃんが不思議そうな顔をして、

「いっただっきまーす、とは何ですか? 何かの儀式……呪文ですか?」

「ん? アイラちゃん知らないの? あーそっか。あれって僕の国だけの挨拶だったっけ」

 アイラちゃんはもちろん、この世界の人たちは僕とは文化が違う。聞いた話しによると、この世界には元々『人』のような生物は一種類しかおらず、『ナンバーゲーム』によって様々な種族がこの世界に存在するようになったのだとか。

 だからそれぞれ文化も違う。見た目も違う。言葉が通じるのが唯一の救いだね。文字も通じるのかな? まあそこんところはそのうち分かるだろう。

「いただきますって言うのは僕の国で使われてる挨拶の一つで、食材になった動物や植物達の命に感謝するって意味なんだ。君たちの命を食べさせてもらいますって感じだね。食べ終わった後にも、ごちそうさまって言うんだよ。食材を作った、集めた人たちにありがとうって感謝の意味が込められてるんだ」

「食べる度にそんな意味深い挨拶を……何だか凄く立派な習慣です!」

 感嘆の声を上げるアイラちゃん。やっぱり日本の文化って素晴らしいね。とは言っても殆どの人は何も考えずにやってると思うけど。

 それから僕はアイラちゃんと色々喋りながらご飯を食べた。

 パンと肉以外、殆ど初めて見る食べ物だったけど、まあどれも美味しかったよ。赤くて四角い果実? はリンゴの味だったし、緑色で細長くて中身がドロドロしてたのは、懐かしのメロンソーダの味だったし。

 この世界に来てこれだけのご馳走を食べたのは初めてだよ。奴隷販売店にいた頃は、固いロールパン一個と、牛乳を薄めたような白い液体がコップ一杯だけだったから。お腹空きすぎてあまり眠れなかったなー。

 あの頃を思い出すと何だか涙が出てくるよ。

「幸せ、ですよね」

「……うん」

 僕の心境を読んだのかアイラちゃんがそう言って、僕は一回頷いた。

「これもヒイナお姉さんのお陰だ……」

 あの人が現れなかったら、僕はどんな事になっていただろうか? もしかしたらもう死んじゃってたかも、なんて…………いや、深く考えるのはよそう。わざわざ自分から嫌な事を想像しなくてもいいだろうに。今はこんなにも幸せなのだから。

 いつの間にか暗い話題になっていたので、僕は仕切り直して明るい話題を探そうとしたら、

「ってあれ? そう言えばヒイナお姉さんはどこいるの?」

 命の恩人な上こんなご馳走も用意してくれた、僕の救世主ことヒイナお姉さんの姿が何処にも見当たらない事に、僕はようやく気が付いた。

「ヒイナさんなら宿屋の露天風呂に行きましたよ」

「露天風呂に? へぇ、あの人って朝風呂派なんだ」

 窓の外を見ると東から太陽が半分ほど顔を出している。午前六時ぐらいだろうか? とか適当に考えていると、アイラちゃんが声を掛けてきた。

「飲み物がもうないようですが、何か買ってきましょうか?」

「え? いいの?」

「はい」

「じゃあお願いしようかな」

 僕はお任せでアイラちゃんに飲み物を買ってきてもらう事にした。手を振って彼女を見送ると、見た目はイチゴで味はメロンの果物? を口の中に放り込む。

 そういや風呂入ってないなー、などとぼんやり思っていたら、

「はっ!」

 僕はそこで重大な事を思い出してしまった。

 それは……

(アイラちゃんのお風呂覗きに行けなかったーッ!)

 そう。気を失ってしまったせいで、以前心の中で計画を立てていた宿屋での行事イベント、『ドキドキっ! 女湯覗き大作戦!(参加者一名)』が行えなかったのだ。

(がー何たる失態! 僕とした事がこんな貴重な機会を逃すなんて。でも、きっとまだチャンスはあるはずだ! 次こそは絶対に覗いてみせる!)

 とんでもなく不純な誓いを心の中で立てる僕。とんでもなく変態だね。

 まあそれはそれとして、よーし早速今後のイベントに向けて何か作戦でも立てますか。

(まずは覗く方法だなー…………ってあれ、待てよ? よくよく考えたら、もう今後とかチャンスってなくね?)

 一人首を傾げる僕。

 僕は最初ヒイナお姉さんに弟子入りを懇願して、断られた。でも力だけなら与えてやると言われたから、今はこうして彼女らと一緒にいる。

 力は手に入れた。

 それの意味するものは、もう僕はこの二人と一緒にいる必要がなくなったって事で。『ドキドキっ!(以下略)』を行えなくなったって事で……。


 一人になったって事で。


 思った瞬間、僕は胸の奥に風穴があいたような、無上の虚しさに襲われた。

「……」

 これから、どうすればいいのだろうか?

 ヒイナお姉さんは優しいけど、厳しい。容赦がない。短い付き合いだけど、そう言う人だって事はすぐに分かった。きっとこの宿屋を出る時には問答無用で突き放されるだろう。

 そうなったら、僕は一人だ。

 力を手に入れても、この世界について最低限の知識を持っても、無いものはまだまだたくさんある。例えばお金とか。お金がないって事は食べ物も道具も寝る所も一切ないって事で。これじゃ今までとあまり変わらないような……。


「どうした? そんな浮かない顔をして」


 声が聞こえた。また隣から。

 視線を向けると、(一体いつ部屋に入って来たのか)ヒイナお姉さんが腕を組んで立っていた。上は変わらずの黒と赤のビキニで下はデニムの短パンと、湯冷めしそうな格好だ。風呂上りの湿った赤い髪や火照った肌が、余計に妖艶さを増している。

「どうだ気分は?」

「……あまり、良くないです」

 僕は手にある食べかけのパンと果物を籠に置いて、小さくそう言った。

 気分が塞いでいるせいで、ヒイナお姉さんの首から下がっている星型のアクセサリーが、彼女の豊満な胸に挟まれているのを見ても煩悩が上手く働かない。

「まだ頭痛でもするのか?」

「いえ、そう言う訳じゃないんですけど、その……」

「? 何だ、はっきりせんな。どうしたんだ一体?」

「……」

 言い積めてくるヒイナお姉さんに、僕は言葉を噤んだ。

 何と言えばいいのか分からない。気分が良くないのは確かだし、それが身体的なものじゃないのも本当だ。

 いや。違う。何と言えばいいのかは分かっている。真っ直ぐに、直球に、もう一度最初みたいにお願いすればいいだけだ。

 それだけなのに。


 でも、言えない。


 怖いから。

 それを言って、また断られてしまう事が。

 しばらく僕は黙ったまま俯いていた。頭の中で何をどうやって言おうか考えながら。

 そんな中、何も言わない僕にヒイナお姉さんは眉を顰めていたが、

「まあいい。目覚めたのならもう副作用が起こる事もないだろう。頭が痛くてもそのうち引いてくさ。それよりも、私から貴様に言っておきたい事がある」

「……?」

 妙に改まって言ってきたヒイナお姉さんに、僕は考える事を一旦止めて首を傾げる。気のせいか、何だか雰囲気が少しだけあの時と似ている。

 ……そう。僕が彼女に土下座をして頼み込んだ、あの時と。

「言っておきたい事と言うのは他でもない。貴様を私の弟子にするかどうかについてだ」

 そして案の定、僕の予感は外れていなかった。でも変だ。弟子にするかどうかって、ヒイナお姉さんはあの時きっぱりと断ったじゃないか。

「実の事を言うと、私は少々嘘つきでな」

「……え?」

 どう言うこと? とまたもや僕は首を傾げた。この人はいきなり何を言い出してるのか。嘘つき? 何が? 全く話が読めない。

「貴様を弟子にするつもりはない、と以前言ったが……、あれは嘘だ」

「う、そ……?」

 ほんの少し、照れ臭そうにそう言ったヒイナお姉さんの言葉に、僕は絶句した。あまりにも唐突で拍子抜けで予想外な展開に頭が付いていけてない。そんな僕の状態に気付く様子もなく、彼女は一人勝手に話を進めて、

「最初から、貴様を弟子にするつもりはあった。だから、言おう」

 ヒイナお姉さんが、真剣な眼差しを僕に向けた。そう、あの時と全く同じだ。

 でも、一つだけ確かに違う事があった。それは……


「貴様を、私の弟子にしてやる」


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