第九話:白い花の墓標
風が吹く。
花弁が夜空へ舞っていく。
遊園地は静かだった。
さっきまでそこにいた“人”は、もうどこにもいない。
残っているのは、旅人の手の中にある白い花だけ。
ひなは喉が乾く。
「……死んだの」
自分でも驚くくらい小さい声だった。
旅人は花を見つめたまま答える。
「たぶん、やっと終われた」
終わる。その言葉が胸に重く落ちる。
「咲き残りって……みんなああなるの」
「わからない」
旅人は静かに立ち上がる。
「でも壊れる奴は多い」
「壊れる……」
「自分を保てなくなる」
ひなはチューリップ畑を見る。
小さな花たちは静かに揺れていた。
あの咲き残りも。昔は誰かだったんだろうか。
家族がいて。名前があって。好きなものがあって。
なのに最後は、あんな姿になってしまった。
ひなは思わず震える。
「……旅人も」
言葉が途中で止まる。
でも旅人は察したらしい。
「俺も、なるかもな」
さらりと言った。まるで他人事みたいに。
「そんな言い方しないでよ」
気付けば声が強くなっていた。
旅人が少し驚いた顔をする。
「……なんで怒る」
「怒るでしょ普通!」
ひなは拳を握る。
「自分がどうなってもいいみたいに言わないで」
旅人は黙る。夜風が吹いた。
観覧車が軋む。
からん、からん。
「別に、よくはない」
しばらくして、旅人がぽつりと言う。
「でも俺は長くない」
「なんでそんなのわかるの」
「身体が咲いてる」
旅人は自分の首元へ触れる。
蔓の痕。花弁の傷。
「咲き残りは、少しずつ壊れる」
ひなは何も言えなくなる。
その時だった。
『……おにいちゃん』
小さな声。
ひなは、びくりと顔を上げる。
チューリップだった。
黄色い花が揺れている。
『ないちゃだめ』
旅人の目がわずかに見開かれる。
『また、あそぼ』
風が吹く。
花弁が舞う。
旅人はしばらく動かなかった。
そして。
「……ガキに慰められてる」
小さく笑った。
でもその声は少し震えていた。
ひなは、旅人を見る。
(この人でも、泣くんだ……)
そんな当たり前のことを、今さら思った。
旅人はしゃがみ込み、白い花を地面へ置く。
その周りに、小さな石を並べ始めた。
「……何してるの」
「墓」
「花なのに?」
「だからだろ」
旅人は静かに石を積む。
「誰にも覚えられず消えるのが、一番惨めだ」
その言葉が妙に胸に刺さる。
ひなは少しだけ迷ってから、隣へしゃがみ込んだ。
一緒に石を拾う。
旅人がちらりとひなを見る。
「……手伝うのか」
「一人じゃ寂しいでしょ」
旅人は何も言わない。でも少しだけ、目を細めた。
やがて小さな墓ができる。
白いマーガレットが、その真ん中で揺れていた。
ひなはそっと手を合わせる。
名前も知らない誰か。それでも、この世界で確かに生きていた人。
風が吹く。
その時旅人の鞄から、何かが落ちた。
古びた写真だった。
「……?」
ひなは、反射的に拾い上げる。
そこに写っていたのは。
まだ今より若い旅人と隣で笑う、小さな女の子だった。




