第1話 病院通いだった幼少期
私は生まれた時から肌が弱く、幼い頃は、病院へ通うのが日課だった。
母が妊娠中に、
「乳製品や嗜好品ばかり食べてた影響だ」
と聞かされ、私はアトピーに近い症状を繰り返していた。
卵も乳製品も口にできず、食べたいものを我慢する幼少期だった。(今では、どちらも大好物になったから、少し不思議なくらい!)
だけど母は、自分の行動を振り返ることはなく、それどころか
「どうして、お前は肌が弱いんだ」
と責めるように言ってきた。
私が痒みや痛みを訴えても、見て見ぬフリをされることが多く、特に下半身は赤く腫れ、夜も眠れないくらいに痒かった。
そんな私を見て母は、
「みっともない肌ね。そのうち、みんなにバカにされるわよ」
と、追い討ちをかけるような言葉を投げてきた。
姉にも、吹き出ものやかさぶたをわざと触られたり、治りかけたところを刺激されたりして、良くなっては、悪化するのを繰り返していた。
幼い私は、ただ痛くて、ただ悲しくて、どうしてこんなに苦しいのか分からないまま、過ごしていた。
そんな中で唯一の救いだったのが、病院で出会う看護師さんたちだった。
優しく声をかけてくれたり、丁寧にお世話してくれたりするその姿に、幼い私は、心から憧れを抱いてた。
その影響から、
「大きくなったら、私も看護師さんになりたい」
そう思ったのは、あの頃の私にとって、自然なことだった。
けれど、母も看護師の仕事をしてたため、
「看護師は大変な仕事。お前には無理」
と繰り返し言われては、医療ドラマのリアルな場面を見せつけられ、
「患者さんの相手は大変だから!」
と釘を刺されるたびに、幼い私は、夢を閉ざされていくような気持ちになった。
ただ、今になって、看護師の知人たちから話を聞くと、日勤と夜勤の交代制勤務だから、体力的にも精神的にも負担が大きく、医療ミスの責任も重かったりとか、もっと酷い時は、ワンオペで対応しなければならない場面もあると聞き、
「確かに、私には向いていなかったかもしれない」
そう思うようになった。
ただ、あの頃の私にとって、看護師さんの優しさは確かな灯りだったし、病院通いの幼少期の中で、唯一心が救われた瞬間でもあったのでした。




