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藍子の武者修行  作者: 山口 にま
第八章
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人道主義者 藍子

清彦は楽器の片付け、ステージがある中庭に戻った。ベンチで藍子と志穂がスマートフォンを覗き込み、演武の録画を見ているところだ。二人は視聴を終えて顔を上げると、手を振っている清彦に気が付いた。

「私達の前にステージに上がっていた人だよ」

藍子は志穂に紹介する。志穂は笑顔で頭を下げた。清彦は隣のベンチに腰を下ろし、

「うちの大学の人かな?」

と志穂に聞いた。志穂は首を横に振る。

「うちの道場の生徒なの。志穂ちゃんって言うんだ」

藍子は言った。そして

「ビュレットナイトの演奏を久し振りに聞いた。更に上手くなっていて驚いた」

と清彦達を賞賛した。

「嘘つけ。上の空だったくせに。ステージから見えていたんだからな」

清彦は憎まれ口を聞いた。

「だって演武が成功するか不安で不安で」

藍子は本音を吐露した。

「確かに本番前は緊張していたね。始まったら君達は十分強そうだったけど」

「ありがとう」

「あ、そうだ。例によって高円寺でライブをするから来てよ。お友達も一緒に」

清彦はバッグからチラシを取り出し、藍子と志穂にそれぞれ一枚づつ渡した。

「ありがと」

志穂は吐息のような声で言う。清彦は思わず藍子を見た。

「志穂ちゃんは耳が聞こえないんだ」

「あ、ごめん」

聴覚障害者に話しかけ、おまけに音楽のライブの告知までしてしまった。藍子は清彦が無礼を働いた訳ではないと言わんが為に、

「志穂ちゃんは口の動きで会話が分かるんだよ」

と説明した。志穂は大きく頷く。そして藍子を指差し、絞り出すような声で、

「・・・おんじん」

と言った。

「やだーそんなんじゃないよー」

藍子は志穂の言葉を恥ずかしげに否定する。そこにかのんと龍二がやって来て、手話で志穂を屋台に誘う。志穂も乗り気になり、彼等について行った。

清彦と藍子は二人になった。クレープを持った二人連れがベンチに座りたそうにしていたので、清彦は藍子と同じベンチに移った。

「他の二人も耳が不自由なの?」

清彦は聞いた。

「そう。あの三人は同じ聾唖学校の出身なんだ」

「障害があるのにあそこまで合気道が出来るなんて凄いね。君はそんなボランティアをしていたんだね」

「ボランティアなんてそんなんじゃないのよ。ただ志穂とお友達になって、合気道に興味を持って貰えたから一緒にお稽古しているだけ」

藍子は笑って清彦の言葉を打ち消した。

「でもさっき、彼女が藍子のことを恩人って言っていたけれど」

清彦は疑問を口にした。藍子は周囲を見渡し、そばに人がいない事を確認してから、

「この話は口外して欲しくないんだけど」

と前置きし

「彼女が特急列車のトイレで変質者にいたずらされそうになって、そこに私が割り入ったのが知り合ったきっかけなの。加害者は彼女が喋れないって分かった上で尾行して来たんだよ。世の中にはどうしようもないクズがいるからね」

と吐き捨てるように言った。そして

「彼女みたいなハンディのある人が安心して暮らせるようになって欲しい。それが私の夢かな。だから一緒に稽古をしているんだ」

と自分の本意を伝えた。清彦は今初めて藍子の内面を見たような気持ちになり、

「君はそんな事を考えていたのか。いや本当に尊敬する。そんな素晴らしい支援活動を」

と驚きを口にする。藍子は苦笑しつつ、

「さっきからボランティアだの支援活動だの大袈裟ねぇ。私が彼等の指導に当たっているわけじゃないし。あの三人をあそこまで指導したのは私の師範なの。女性の先生でね。立派な先生だよ」

清彦は自分を省みた。俺は藍子を傷つけてまで麗華と付き合い、最後は麗華の裏切りで関係は終わった。あんなくだらない恋愛をしている間に藍子は自分も周囲も向上させていたのか。清彦は自分が恥ずかしくなる。

「俺って馬鹿だね」

清彦は懺悔を込めてそう呟いた。

「それは分かっているよ」

藍子は言った。清彦は苦笑して、

「否定しないんだね」

「だって清彦さんの素行の悪さを知ったら」

と冗談混じりに麗華に気持ちを移した事をなじるのだった。しかし二人の間で麗華の名前は禁句だ。二人は奥歯に物が挟まったような物言いしか出来ない。


  藍子は夕方から合気道の稽古があった。大悟と一緒に行く予定だったが清彦はまだ何か話したそうにしているし、藍子も本心ではもう少し相手をしてやってもいいと思う。大悟は既に着替えを済ませて藍子を待っていた。藍子の懸念は、このまま清彦と話し続けていたら、また清彦を好きになってしまうということだ。彼女は困ったような顔を大悟に向けた。

「おい、藍子」

大悟はまるで恋人のように藍子を呼んだが、突如始まった応援団の演舞披露で大悟の声はかき消された。大悟は再び藍子を呼ぼうとするも、それを止めたのは紗羅だった。

「放っておきなよ」

小さいが鋭い声だった。

「でも藍子が・・・・・」

「良いよ、もう行こうよ」

紗羅はそう言って強引に大悟の袖を掴み、彼を中庭から連れ出した。大悟は引きずられるように校門に向かう。彼は藍子の方を振り返りつつ、

「何だか藍子が困っているみたいだし。去年も変な男につきまとわれていて」

と弁解した。紗羅は大悟の袖を離す。そして例の冷笑的な口調で言った。

「ふうん、藍子ってモテるんだね」

「世の中奇特な男もいるからな」

「で、あんたも?」

紗羅は大悟を顎でしゃくった。大悟は彼女の直截の質問にたじろぎ、

「いや、俺はそんな」

と口ごもって赤くなった。紗羅は大悟を嫌な目で見て、

「気色の悪い」

と言い捨てた。

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