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藍子の武者修行  作者: 山口 にま
第八章
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老練した古武士

十月中旬の週末、藍子の大学で文化祭が開催された。藍子は大学の合気道サークルを名乗りステージの使用許可を得たが、在校生は藍子だけである。例によって大悟と紗羅も演武の手伝いにやって来た。初めて演武に出る聾唖学校組の三人は緊張して顔色が悪い。三人が怪我をしないかと藍子は心配でならない。

合気道の前にステージを使う団体はあろう事かビュレットナイトである。藍子が彼等の演奏を聴くのは一年ぶりだった。マリイはさらに化粧が濃くなり、いっぱしのプロシンガーのような振る舞いだ。現に彼等は有名バンドの前座を務めたり、深夜の音楽番組に出演したりとメジャーデビュー秒読みである。マリイの隣に立つ長身の清彦はそこにいるだけで人の気持ちを惹きつけた。少なくとも藍子にはそう見えた。しかし今の藍子にはあんなに好きだった清彦のサクスフォンや声が耳に入って来ない。これから始まる演武の流れを反芻する事に必死でステージを見ている余裕がなかった。大学入学後間もなくの、五月の区民祭りは今と立場が逆であった。藍子が先にステージに上がって、清彦が下で自分たちの出番を待っていたのだ。その時に藍子はステージから落ちてしまい清彦に抱きしめられたのだ。

こんな大事な時になんて破廉恥な事を考えているんだ。藍子はかむりを振り、自分の邪念を追い払う。


演奏を終えた清彦達はステージを降りた。出番を待っている藍子の表情は固い。清彦は藍子とすれ違いざま、

「ほら藍子、もっと楽しむ気持ちで」

と言って彼女の肩を揺すった。清彦に触れられて藍子の心臓は更に鼓動を早めた。それでもステージに上がり、観客達を睥睨するように見渡すと、不思議と肩から力が抜けて来た。

ステージの下には予め多くの和太鼓が並べられている。二人の男女の部員だけが太鼓の前で待機だ。ステージには聾唖学校組の三人、そして藍子、大悟、紗羅の六人が観客に向いて正座した。

「一同礼!」

藍子の掛け声と共に太鼓が鳴る。六人は頭を下げた。最初の演武は藍子が投げで紗羅が受けだ。紗羅は身のこなしが軽く、藍子に投げ飛ばされるステージの際ギリギリまで飛んで行く。

清彦は袴姿で演武をする藍子を見ていた。頬や首元の肉が削げ、藍子の魅力の一つでもあった稚気がずっと後ろに隠れていた。藍子は落ち着き払った目で紗羅に対峙し、その攻撃をかわす。老練した古武士のように無駄な動きを排し、敵前でも心の内は静まり返っている。清彦は藍子がいつの間にか自分を追い越して先に大人になってしまったかのように感じた。


 和太鼓の演奏と共に、志穂、かのん、龍二の演武だ。天水に命じられた通り、彼らが聾唖者であるとのアナウンスはない。志穂が大柄の龍二を投げ飛ばすと観客からどよめきが起こったが、そのどよめきに聾唖学校組は気がつかなかった。


 すべての演武を終え、六人が退場するとも間髪を入れずに多数の和太鼓が鳴り響いた。それはいかずちの襲来を思わせた。


ステージを下りた聾唖学校組は自分達の演武の出来に不安なのか浮かない顔だ。しかし藍子は満面の笑みで彼等を労う。もう藍子は下の者を引っ張って行く立場だ。その様を清彦は遠巻きに見て、藍子が急に大人びた理由が分かった。

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