男女間の友情
日曜日、清彦と麗華は海のそばの水族館に出掛けた。待ち合わせ場所でも清彦はすぐに麗華を見つける事が出来る。麗華の周りだけ空気が違うのだ。麗華は白いワンピースを着ていた。盛夏なのに麗華を見ているだけで涼しい気持ちになる。清彦はつい麗華に触れたくなり、二人は手を繋いで館内を回る。
日が落ちた後海辺の遊歩道を歩いている時、清彦は麗華に顔を近づけた。麗華は驚いて一瞬身を引いたが、そのまま目を閉じて清彦を受け入れる。清彦は微かに体を震わせながら麗華の唇に自分の唇を重ねた。一度目は勇気を振り絞っての口付け。しかしその後は二度も三度もキスをしたくなる。何度も口付けを交わした後に、清彦は麗華を抱きしめて言った。
「麗華さんを好きになりすぎておかしくなりそう」
しかし麗華は清彦の腕の中で浮かない顔だ。
「私たちこんなことになって良かったのかしら?」
「何で?何でそんなことを言うの?」
不安に駆られて清彦は聞く。
「だって、清君は藍子ちゃんとつきあっていたんじゃないの?」
「俺が?アイアイと?」
清彦は藍子とは友達であることを強調するために、殊更にあだ名を使う。
「違う違う。あの日は色んな偶然が重なってアイアイの家でピアノを弾かせて貰っただけ。妹さんだっていたもん」
麗華は清彦から離れ、
「人の恋人を取るような真似はしたくないわ」
清彦は笑って、
「俺、アイアイと知り合って、男女間の友情が成立することが分かった。あいつは漢だ。男の中の男だよ」
麗華は吹き出す。
「男の中の男ですって」
「でも麗華さんもそう思うでしょう?」
「まあ確かに子どものときから活発で冒険心に富み・・・・・」
麗華は同意する。
清彦は空いているベンチに座り、隣に麗華を招いた。
「あの日は特別な日だった。だってよんまん何とかって日だったよね?」
「しまんろくせんじつ」
麗華は訂正した。
「そうそれ。そもそもアイアイと取っているゼミが休講になって、時間つぶしに観音様のお寺に行った。アイアイの家にグランドピアノがあるって話になって、それで彼女の家に行かせて貰ったんだ」
「そうだったの」
「立派なピアノを好きなだけ弾かせて貰って、普段は出来ない経験をさせて貰った。そして、最後の最後に麗華さんが現れてさ、本当に驚いた、こんな綺麗な人が」
清彦はそう言って麗華の手を握るのだ。
「観音様が現れたと思った」
清彦の言葉に麗華は笑う。清彦は首を捻り、
「そうだな、観音様ってよりも女神様?なんだかそれも違うような・・・そう!天女だと思った」
「それはどうも」
麗華は清彦の賞賛の言葉を真に受けず、鼻笑いを返して来た。清彦は些かむっとする。
「だってそう思ったんだもん」
清彦は不貞腐れた口調で反論し、麗華の体に自分の腕を巻きつけた。
清彦と麗華が出会った日に見せた彼女の白い肌と薄紫のブラウス、それは夏の夕暮れの中ひどく儚げに見えた。しかし大き過ぎる目だけが黒く輝き、清彦に微笑みかけた。目が合った瞬間、清彦は麗華に惹きつけられたのだ。
「アイアイに感謝しなくちゃな」
「どうして」
「こんな素敵な従姉妹さんと出逢わせてくれたから」
清彦はそう言って、麗華のノースリーブの肩に口を付けた。ふと
「アイアイが意外にお嬢様なんで驚いた」
と言う。
「そう?」
「だって家の敷地は広いし、家には大きなグランドピアノがあって、お姉さんは一流音大卒で。麗華さんがお嬢様だって言うのは分かるんだよ。麗華さんも音大だし、言葉遣いは綺麗だし、着ている服や持ってるバッグは高そうだし。でもアイアイは違うでしょう?俺、アイアイのバッグなんて道着が入っているスポーツバッグしか見た事ないぞ」
麗華は笑った。
「アイアイの妹さんはお嬢様っぽかったな。楓ちゃんだっけ?お手製の焼きたてクッキーでもてなしてくれた」
「あのお家も色々大変そうだけど」
「大変って?」
「楓ちゃん、中学時代から不登校なの」
麗華は鵜飼家の秘密を漏らす。
「えっ、あの楓ちゃんが?高校は行っているの?」
「なんでも不登校生を受け入れてくれる高校に通っているんですって。週に一回好きな時に通えば良いって言う」
清彦は楓がそんな「問題児」である事を俄かには信じられなかった。しかし思い返せば、四万六千日の日、彼女は高校生が帰宅するには早過ぎる時間に在宅していた。
「へーあの楓ちゃんが。意外だな。何だかイメージが変わった」
清彦はそう言った後に、自分の言葉足らずを補うように、
「イメージが変わったのは楓ちゃんに対してじゃないよ。不登校に対してだよ。不登校児ってもっと病んだものだと思っていた。楓ちゃんは普通の子だよ。普通の子よりも礼儀正しかった。楓ちゃんが通っていた中学に問題があったんじゃないの?アイアイも言っていた。お嬢様学校を気取っているくせに、飲酒と喫煙で停学を食らった遊び人がいたとか。変な学校だったらしいね」
藍子の奴、余計な事を言ったんじゃないでしょうね。麗華は一瞬激しい怒りを覚えるも、私の悪口を言って溜飲を下げるしか出来ないなんて可哀想な子。麗華はそう気持ちを切り替え、
「そう、そうよね」
と口先だけで清彦に同調した。




