【二章】ドSっていうのはな、無自覚なんだよ
「私が教えるからには、己が力を他者を傷つける為にふるうな。暴力に溺れず、守る為に使え。誇りを持って生きろ」
真剣な表情に思わず、ゴクリと唾を飲みこむ。
ーーーなんて真面目な雰囲気なんだろうか。巫山戯るのはダメらしい。
なら、自分も真面目に応えよう。
俺は空気を読む男だ。
「もしも、ウル爺から習って家族を守る力が手に入るなら嬉しい。守る以外に力は使わないと誓います」
片手を挙げて宣誓すると、ウル爺は満足気に頷いた。
「・・・でも実際、生活魔法で人を傷付けたり守ったりできるもんなの??」
そもそも俺が使える生活魔法は水球を発現させることだけ。器用な人は水から火から使いこなしているが、俺は器用じゃないので1点水攻めだ。
水攻めと聞くとなんだか苦しく感じるのは気のせいだろうか。
溺れちゃうよぉ。
要するに、喉乾いた時とか、汚れものを洗う時とかに使うきりで、人への攻撃に転じる想像がつかない。
阿呆みたいな俺の質問に、ウル爺は「そこからか・・・」と呻いて大きな掌で顔を覆った。
暫くすると腹を括ったのか「外に出ろ」と襟首を引っ掴まれて牧場へと放り投げられた。
顔面から地面にダイブした俺は、文句を言おうとして口を間抜けに開けたまま固まった。
何故かって?
『恐怖』で、だ。
ビリビリと皮膚から侵される程の殺気は、子供に向けるべきものではない。
「口で説明するよりも・・・、見せた方がーーー早い」
ウル爺の掌から水球が出現して、それは目にも止まらぬ速さで俺の顔に被弾した。
「!?」
突然の暴挙に反応出来ず、水球をまともに顔面で受け止めた俺は、驚きであげようとした声を上げることが出来ずにもがいた。
『水球の中』でーーーー・・・・・・。
「ごぼっ、・・・っげぼ・・・ごぼぼ」
叫ぶ度に口から泡が吐き出され、新鮮な空気を求めて出鱈目に抵抗する。
何故、被弾したはずの水球がそのままの形を保って俺の顔にまとわりついているのだとか、『これ』が俺の知っている生活魔法なのかとか考える間もなかった。
というか、頭の片隅では冷静に「これが水攻めかぁ・・・」と実感していた。
いや、もうそんなこと考えている時点で冷静じゃないのかもしれない。
このままだと死ぬと感じるのにそう時間はかからなかった。
鼻から耳から水が流れ込む。体から酸素が抜けてブルブルと震え始め、パニック気味だった頭はガンガンとした頭痛を訴える。水球の向こう側、ウル爺の姿が歪んで見えた。
次第に意識も朦朧としだした。意識を手放す1歩手前で、水球はバシャンと音を立てて弾け飛び、地面へ染みを作った。
「ーーーーーヒッ、ハア・・・ゲホッ!!ヒューーー、カハッハアハア・・・・・・・・・ゲホゲホゲホッッ!!!」
唐突に始まった拷問は、唐突に終わったらしい。
鼻水と涙に、口からは水と涎をみっともなく巻き散らせた。
酸素を求めてひゅーひゅー言わせながら、パクパクと口を開閉させる。肺は痙攣してうまいこと空気を取り込んでくれない。
あれ?俺どうやって息してたっけ?
「まだ終わらんぞ。気を抜くな」
呆然としている俺にかけられた非道な、否、鬼畜宣言に意識が覚醒する。
俺の前に無表情で立っている男は、次に火球を生み出して、どう考えてもその的は俺に絞られていた。
「いやっ!!死ぬからさすがに!!!!」
ばっと走り出した俺を尻目に、ウル爺は何個も火球を飛ばしていく。
待って待って待って理解が追いつかない。さっきまで「牛さん豚さん可愛いな、美味しそー!!」とか平和にほのぼのとしていたはずだ。
何でこの爺に殺されそうになってんの!?
「鶏肉は炙って食べたい」って言ってたからか、鶏よりも先に自分が炙られそうになっている。
鶏の呪いか!?
俺の横を数センチの差で横切った火球の熱波で髪が焦げた。
「うおおおおおお!?髪、髪かっっこ、焦げ!?!?」
「上手いこと避けるな」
慌てる俺に感心したらしいウル爺の呟きは、耳に届かない。
実際に聞こえていたら切れていただろう。
だ・か・ら・死ぬって!!!
がむしゃらに水球を幾つか出して、自分の周囲に浮かしておく。
大きさはてんでバラバラだが、無いよりマシというものだ。これで火球の直撃だけは避けることができるだろう。
「ほぉ、それをするだけの余裕は生まれたか?」
ウル爺を始点に逃げて、ある程度距離がある筈なのに、くつくつと笑い声が聞こえた。
愉悦混じりのそれに芯から冷えていく。
化け物、いや、魔王かこの爺さんは!?
「しかし、小手先の技など無い方がマシ・・・ーーというものだろう?」
その瞬間、俺の周りに浮かせていた水球が全て消え失せた。
いや、消え失せたというには、意味合いが異なるか。
火球による熱で蒸発、凍りついた所に真っ二つに切断、地面が唸って飲み込む、存在そのものをレジストーーー・・・俺が理解出来た範囲で魔王は、それだけの魔法を同時にかけてみせた。
そんな人外じみた技をみせられた俺は、ヘナヘナと地面に座り込んだ。
もう、逃げる気力も湧かない。
理解してしまった。
この化物から逃げても無駄だということを。
ウル爺はゆっくりと、でも確実に俺の傍までやって来た。
眼前に立つウル爺を見て
ーーあ、死んだな俺ーー
と思うくらいには、俺という人間をボコボコにした男を睨んだ。
「分かったか?」
「あんたの容赦なさと化け物じみた力なら、嫌と言う程味わったよ!!嬉しくもないけど!!!」
なーにが、この後に及んで「分かったか?」だ!
馬鹿にしとるんか、この爺は!!
人を殺しかけといて巫山戯ているのか。
怒りで視界が狭まった俺に、ウル爺は息をひとつついた。
「お前の言う、生活魔法も使い方を誤れば、人を殺すことが出来ると分かったか?と、聞きたかったんだ」
男の発した意味を理解するのに、幾らか時間を要した。
えぇ・・・、この人、それを分からせる為に、説明も無しで殺す1歩手前まで俺をいたぶったの?
真面目にドン引きなんですけど、何この人、怖いんですけど。
というか、説明だけで良くないか?
言ってくれたらちゃんと理解できるから。
何これ、いたぶられ損じゃない?いや、いたぶられたい訳ではないけど。
俺の引いた顔を見て、何を思ったかウル爺は、「もう1回やるか?」と聞いてきた。
「やる訳ないでしょーが!!ホントに殺す気か!!」
俺の叫びが辺りに木霊した。
兎にも角にもこの一件後、ウル爺は俺の魔法の師匠にもなったのである。