【二章】熱くなれよぉ!?
「アルちゃん、今日は何処行くの?」
「アルちゃんって止めてよ、おばちゃん!今日はウル爺の手伝いに行くんだ」
「それを言うならお姉さんでしょ!気をつけてね」
「ごめんね、麗しの姉様!!ありがと、行ってきます」
花屋の店主の女性はコロコロと笑い、手を振って見送ってくれる。
「アル坊、ウル爺の帰りに俺んとこ寄んな!余りで良けりゃ野菜持ってってくれ」
野菜屋の主人は「ガハハ」と乱暴に笑い飛ばした。
「ひょえ!あ、ありがとうおじさん!!絶対寄る!!」
主人の笑い声とともに飛来する唾から思わず奇声を発する俺の顔を見て、主人は更に笑みを深めていた。
嫌がらせかな?
商店街の人々に挨拶を返しながら目的地に着いた頃には、精神的にクタクタだった。
親切な人ばかりだが、こうも声をかけられると愛想を振りまくのも大変だ。
あと、遊ばれている気がする・・・・・・大いに。
木製の扉を礼儀としてノックするが返答はない。
いつもの事なので、「入るよウル爺~」と声をかけて中に入っていく。
「・・・・・・遅いぞ」
自身にかけられた低く嗄れた声には、うっすらと怒気がはらんでいた。
しかし、それを無視してすまし顔で通す。
自分よりも遥かに高い位置にある双眸は、相手を咎めるような色が滲んでいる。
あまりにも冷たい空気を発する老人こそ、俺の師であり、院長の友人であるランウェル・ベルナード略してウル爺だ。
背中に棒でも差しているのかと疑う程、ピンと張った立ち姿。
ーー俺は定規を入れていると思っている。
血が乾いたような赤錆色の髪は、ポツポツと色が抜け落ちている。服の隙間から覗く刃物で傷つけられた体は、皺の濃さが彼が老いていることを示している。
たが、彼が只者で無いことは、素人目にも明らかだった。
歴戦の騎士を思わせる雰囲気に、牧歌的な暮らしは正直似合わない。
「これでも身なり整えて朝一で出たんだよ。街のおじさん、おばさん達の挨拶を返してると、その都度足止めくらうんだよ」
少々うんざりした物言いになるのは仕方ない。
俺も朝早くから作業するウル爺の手伝いをしようと、急いで来ているのだ。
それが近所付き合いといえ、挨拶一つ一つに足止めをくう。その上、朝の仕事の手伝いに間に合わなくなって、ウル爺に注意されれば不機嫌になるのも仕方ないことだ。
声をかけてくれる大人達に失礼だろうが、目を瞑って欲しい。
そして、この俺の人気っぷりは、天性のものだと称賛するしかない。
自分で自分を褒めるなって?
しょうがないだろう、何故なら誰も褒めてくれないからだ!!
ぺしりとウル爺に頭をはたかれる。
あ〜〜ん、痛〜〜い。
「・・・・・・・・・畜舎にはもう行ったのか」
ウル爺の少し呆れが入り混じる声音に、彼がさほど怒っていなかったことが分かる。
「いえ、まだです。先ずはウル爺に挨拶をしてからと思っていたので」
それに倣って自身の口調も丁寧なものに変える。
ふざけ過ぎるのは良くないとこれでも自覚しているのだ。
これでもね!!
「そうか・・・・・・、なら付いて来い」
「はい」
その後は、畜舎で豚や牛、鶏の世話や糞の掃除に追われた。しかし、慣れたもので昼を少し過ぎた頃には、一通り終える。
「お腹が減りました!!」
先に家へ戻っていたウル爺に向けて高らかに宣言した。
ウル爺の眉間に2本、縦皺が追加された。
2本ならまだセーフだ。・・・いや、アウトかもしれない。
何を持ってセーフと考えてしまったのか、疲労と空腹からか自分の判断能力が落ちている気がする。
「・・・・・・早く飯を食いたければ、手伝え」
あ、セーフだ。
良かった良かった。
俺の判断能力落ちてない、順調順調。
ウル爺とのやり取りには、まだ慎重になる。
どこまで許してもらえるのか、どこからがアウトなのかそういった見えない線引きを、時間を掛けて行っている。
一度、間違えて線を超えたことがあって、その日一日、ウル爺は俺を無視した。
良い大人というか爺が大人気ないと腹は立ったものの、俺は甘んじて受け入れた。ウル爺はそういう人だから仕方ないと。
コミュ障のウル爺だからこそ、牧場を経営していてもなお、独り身なのだと。
瞬間、物凄い怒気を感じた俺は、それを発している爺をなるべく視界に入れず野菜剥きに集中した。
どうやらこれは、アウトらしい。
昼食は肉団子の入った野菜スープにパンと手作りヨーグルトにチーズ、普段食べる物より豪勢な内容だったが、悲しいことに恐怖から味が分からなかった。
心の涙を流しながら使った食器を魔法で洗う。
そろそろ魔力コントロールをした方が良いだろうと、家事ついでに訓練を行っていた。
皆に見られるのも嫌だから、もっぱらウル爺といる時か、周りに人がいない時だが。
お茶碗程度の水球を出そうとしたが、それは希望に反して俺の頭と同じくらいの大きさになってしまった。
う~ん、難しい。
皆どうやってコントロールしてんだ、コレ。本当に制御出来る自信がないんだが・・・・・・。
ふわふわと浮く水球を前に四苦八苦している俺を見かねたのか、ウル爺が珍しく助言してくれた。
「無闇矢鱈に水を出すのでは無く、茶碗サイズの水球にはその程度の魔力を。ボールサイズの水球にはその程度の魔力を放出することだ。そもそもお前は、魔力が何か分かっているのか?」
要するに威力に見合った力を注げということだろうか。
そもそも、魔力・・・・・・魔力ねえ・・・。
「いいや全然分かんないです!!」
「・・・・・・・・・・・・」
白けた目を向けられたが俺は負けない!!
「だって皆、魔力魔力言うけど、具体的にそれって何?って聞かれるとわかんないよ。院長は『身体に熱いものを感じたら多分魔力よ~』って言うきりで、後は教えてくんないし・・・」
院長はおっとりとした性格だが、反面ざっくばらんとした所がある。最初に魔法を使えるようにと簡単に教えてくれたのが院長だ。
しかし、「水よ出ろ~って念じてみて、水が出てきたらOKよ!」、「身体が熱くなってきたら、それはきっと魔力よ!もう少しで魔法が使えるわよ!!熱くなれよぉ!?」と言われるままに行動した結果、それはただの知恵熱だった。
熱が出て倒れた俺を見て、院長は笑いを誤魔化していた。
俺は笑った。
こういうやりとりで実際に生活魔法を身に付けた自分を褒めたい。
自画自賛、大事なんだよなコレが。
「・・・いや、うん。アイツは元々大雑把な所があったからな・・・。やはり他者にモノを教えるのは向かんようだ」
やはりということは、思い当たる節でもあったのだろう。
俺の説明にウル爺は納得したようだ。
ポンポンと頭を叩かれた。彼なりに慰めてくれているようだ。
「なら、基礎からだな。ある意味でアイツの要領を得ない説明で魔法を使えるんだ。基礎さえ分かれば直ぐに操れるようになるだろう」
・・・凄い・・・。
何が凄いって今日だけでウル爺が普段の3倍喋っているからだ。
ちゃんと喋れるんだね、ウル爺・・・。あ、ごめんなさい。ごめんなさい。そんな怖い目で睨まないでください。
やだ〜、ウル爺ったら俺の考えてること分かるのかな。薄々そうかなって感じちゃいたけど・・・。
滅多な事言えない、考えれない。
何この恐怖政治、クーデターまだ?
「ーーーそれで、お前は私から教わりたいのか、教わりたくないのか、どちらだ」
ちょっとばかし失礼な事を考えただけでこの睨み。
メドゥーサも逃げ出す威力を放つ男にサッと頭を下げる。下げる所か土下座に近いかもしれない。
「教えてください、お願いしゃーーーーす!!!!」
「始めからそう言えば早いものを・・・」
疲れたような表情で眉間を揉むウル爺に、「溜息は幸せが逃げちゃうよ」と言えば「やかましい」と頭を叩かれた。
痛い・・・・・・。




