【五章】助けて
「さぁ、お嬢さん俺達と遊ぼうじゃねえか」
男達に引っ立てられ、少女は再びリビングへと舞い戻った。
結局、外で見張りをしているセルヴィスは二人を指揮する男の返答に苦笑してみせただけで少女を助ける気は毛頭なかった。
男達に四方を囲まれ、逃亡する道を絶たれてしまう。
歯痒い思いで少女は強く目を瞑る。
「助けて」と懇願すれば逃がしてくれるだろうか。
ーーいいや、そんなことはありえないーー
『馬鹿だなあ、売るわけじゃないからこそ徹底的に壊さないと、だろ?』
他者を傷つけ嘲笑う、暴力と血で濡れた化物。享楽的に拳を振るい、全てを奪う悪党に助けを希ったところで嬉々として少女の希望を手折るに違いない。
ならば、隙をついて逃げ出そう。
どうなっているか分からない家族を救うには、少女が動くしかない。
生唾を飲み込み、覚悟を決めてゆっくりと瞼を開けた。
全てが悪い夢だったら良かったのに、と胸に微かに残る願望が囁く。現実はあまりに少女にとって残酷であった。
下卑た笑みを浮かべた男達の視線が少女のしなやかな肢体を這う。値踏みされ、市場に出回る牛や豚になった気分を否が応でも味わわされてまで、平気な人間などいるだろうか。
許されるなら泣いてしまいたかった。泣いて、父と母に縋り付きたかった。しかし、少女にとっての救いの手が無い今、孤軍奮闘するにも一度泣いてしまえば二度と立ち上がれない気がした。
少女は震える手を抑え、唇を噛みしめる。
「ーーへぇ・・・いいなあ」
唐突にリーダー格と思われる男が口を開く。そいつは少女を小馬鹿にした男であり、セルヴィスから「兄貴」と呼ばれていた存在である。
「こういう状況になりゃあ、大の男でもチビるか命乞いするかーー・・・大体が耳障りな言葉を口にするもんだ。それが女や餓鬼ならなおさら、な」
男が少女の顎に手をかけ、柔らかな唇へ戯れに親指を押し付ける。強弱をつけて感触を楽しむ姿は、正に餌を前に舌なめずりする獣そのものであった。
武骨な振る舞いに少女の肌は粟立ち、咄嗟に親指を噛んでいた。
「ーーってぇな・・・」
少女の顎にかけられていた手が離れ、血の滲む指を男が舐める。
彼女にとっての抵抗は、彼らにとって抵抗と言えるものでは無かった。喩えるなら、猫に爪を立てられた程度のものだ。
「くくく、振られてやんの。じゃあ順番俺からでどうよ?」
背後に居る男が忍び笑い、手を挙げる。
「ばぁか、これもお嬢さんとの大切なコミュニケーションだ。まだ振られちゃねぇよ、なあそうだろ?」
無言を貫く少女の髪を催促するように軽く引く。
「ーーなぁ、おい」
しかし、それでも応える素振りの無い少女に焦れて次第に力が強くなる。
「おい!なんとか言えやっ!!」
「ーーっっ、お母さんと弟に会わせて!」
声を荒らげる男へと反射的に言い返していた。一際強く引っ張られた髪が数本床に落ちる。男の視線が自ら握る髪から床へと移り、漸く態とらしい笑みを浮かべて手を離した。
「そうかそうかぁ、母ちゃんと弟に会いてえのか」
大きな手で鷲掴むように頭を撫でられ、男の急変した態度に少女は知らず身を震わせた。
相手の意図が掴みきれない。しかし、恐怖で泣き叫ぶことだけはすまいと心に決めて、気持ちを押し殺し眼前の男を見上げる。
少女の視線を受けて鼻白んだ男が背を向けた。そのまま勝手知ったる様子でずかずかとリビングを通り抜け、「そんなに言うなら好きにしな」と寝室の扉を開ける。
少女はこくりと唾を飲み込んだ。
背後に居た男に背中を突き飛ばされ、それを弾みにして鉛のように重い身体をぎこち無く動かす。焦れったい程の時間をかけても男達は急かすこと無く、逆に互いに顔を見合わせて事態を静観していた。
見慣れた寝室には、蝋燭の焔が灯る。目に飛び込んできた火に少女は暫し目を細め瞬いててーーー・・・瞠目した。
寝台の上にあられもない姿で母が横たわっていた。言い様のない臭気が少女の鼻に届く。咄嗟に口元を手で抑え、怖々と再度母へ視線を向けた。
母の髪が寝台に散らばり、いつもの輝きが消え失せ乾涸びた蔓のようだ。
「おか・・・ぁ、さん・・・」
人形さながら身動ぎ一つせずに横たわる母へと声を掛ける。だが、人形からの反応は無く、少女は怖気付く己を鼓舞して傍へと躙り寄った。
「お母さん」
再度、今度ははっきりと声を出して呼びかける。虚空を見つめるばかりの瞳は、決して少女に向けられることはなかった。
その理由を理解出来ず・・・否、現実を拒み少女は何度も頭を振る。
「お母さん・・・起きてよ・・・・・・」
全裸の母を乱暴に揺さぶる。
暴力の痕が残る裸体には、痣と血で汚れていた。
「お願い・・・、起きて・・・・・・っ」
何度願い、祈りを捧げたところで母だったモノは沈黙を貫く。縋り付く先を失った少女には、それだけで十分だった。
現実が彼女の心を粉々に打ち砕いた。
「いやあああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
少女の絶叫に応じて背後の男達がどっと笑い出す。
本当に愉快だと言わんばかりの笑声が心を無遠慮に踏み付け蹂躙する。
あぁ、お母さん・・・。
お母さん、お母さん・・・。
どうして・・・、お母さん・・・っっ!
溢れ出す涙は既に制御がきかず、少女の頬に幾つもの筋をつくる。
恐怖に立ち向かう心を手折られ、背後から無数の手が少女の身体をまさぐっても、ただ「怖い」と身体を縮こませることしか出来ない。
「やだあっ!怖い、やだ、お母さん!やだっ、お母さん助けて・・・っ」
泣き叫ぶ少女の頭を乱暴に押さえつけて男が罵声を浴びせた。
「あーー、うっせえ!!俺ぁ、甲高い餓鬼の声が大っ嫌ぇなんだよ!!!黙って股開けや」
手足を押さえられ無我夢中で身をよじる。
「大人しくしろ、よっ!!」
パンッと軽い音が響く。しかし、音に反して少女の頬がジンジンと熱を帯び、衝撃に鼻から血が垂れた。視界に火花が散り、音が一拍遅れて耳に届く。
一方的な暴力が始まった。
衣服が破かれ、男達の欲望のままに心も身体も砕かれていく。
壊される。
「助けて・・・、誰か・・・・・・」
壊れる。
全身を襲う苦痛、汗と獣の匂いに堪らず嘔吐する。吐けば吐くほどに痛ければ痛いほど、彼らは少女をいたぶり我欲のままに貪った。
時を重ねる毎に少女の瞳から光が失われていく。
彼女もまた、息を止めれば母と同じ人形になったことだろう。それがある意味で一つの救いなのだと信じて身体の力を抜く。
助けを求めても、決して救いの手は差し伸べられない。
少女に覆い被さる男を視界から排除する為に静かに目を閉じた。
「ーーちゃ・・・」
少女は諦めていた。
自分自身が助かることを。
助けられることを。
理不尽に抗うことを。
「・・・ねぇ・・・、ちゃん・・・・・・」
だからこそ、か細い声を拾ったのは偶然としか言いようがなかった。
少女の意識が覚醒する。
室内に視線を巡らせ、見つけた。
「ぁ・・・・・・」
寝台の下、狭い隙間に父が倒れていた。少女から背を向けて横たわる。頼もしく逞しい背には、幾つもの創傷が刻まれ一面血で濡れていた。その事実を認識すると共に鼻腔に腐臭がささる。
「・・・・・・いや・・・」
置物となった父の身体が動いた。仰向けに倒れた拍子に、庇うように抱きしめられていた弟が姿を表した。
「い・・・ゃ・・・・・・」
顔半分が火傷に爛れた子供が少女に向かって腕を伸ばす。小さな手が助けを求めていた。
視界を奪われても声がする方に、少女ーー姉の気配を察知してもぞもぞと動く。
「・・・ねぇちゃ・・・・・・」
寝台から這い出した弟の手に向かって咄嗟に手を伸ばした。
今度こそ、掴まなければいけなかった。
弟を助けなければいけなかった。
だってーー・・・
「あ?まだ生きてんのかよ、邪魔くせ」
弟の頭部に男の足が振り下ろされる。
まるで虫でも踏み潰すように軽い調子だった。ゴンッと重い音と振動が床越しに伝わる。
意味が、分からなかった。
まさかと笑って否定しようとして、弟の腕が床へ落ちていることに数拍遅れて気付く。
「あ・・・、あぁ・・・・・・」
少女は誰からも助けられなかった。
自分自身も愛すべき家族を救うことが出来なかった。
伸ばされた手を掴み取ることが出来なかった。
「あ゛あ゛あ゛あ゛ああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
激情に咆哮する少女の声が辺りに響いた。
大切なものを守ることも、救いを求めることも出来ないのなら、無価値な己を殺してーー・・・・・・
「だっから!うっせ・・・」
少女に向かって固い拳が振り上げられる。しかし、それは少女に届かずに静止した。
男の心臓に穴が開く。ぽっかりと拳大に開いた穴の向こう側に寝室の壁が見える。木造の壁に石が突き刺さっていた。
男は自身の胸を呆然と眺め、吐血して倒れ込んだ。
「ーーみんな、消えろ」
瞬間、礫が少女を中心に放たれた。




