【五章】祈り
「エレナ、こっちの花で編んでみましょうか」
柔和な笑みを浮かべ、手招きする彼女の傍に駆け寄る。皺の刻まれた細い指が真赤な花を指差していた。
「ーーうん!その花、好き!!」
目が冴えるような生々しい色合の花は、エレナが、いや、この孤児院の皆が見慣れた色でもある。
院長の隣に座り、花で溢れたテーブルから赤い花を選ぶ。
食堂では、パンやスープ等の食べ物の代わりに各テーブルに色とりどりの花が敷かれていた。テーブルの周囲を子供達がひしめき合い、おもいおもいの花を取って花冠や腕輪を作っている。見渡せば、既に二作品目へと手をかけている者もいた。
自分も遅れてはいけない。
エレナは一つ頷くと、二本の花を交差させ、巻き付ける。更にもう一本巻き付けてと繰り返していけば、花冠が出来るはずだった。
やる気に満ちていた手には、知らず知らずのうちに力が入る。
「・・・あ・・・・・・」
瞬間、エレナの口から落胆の息がもれた。
握り締めた茎はヘタり、花びらが床にひらひらと舞落ちた。掌には茎から絞り出された液体がこびりついて青臭さを放つ。
「うふふ、エレナは本当に不器用さんねぇ」
それを隣で見ていたらしい院長が「可愛らしいこと」と口の中で誰にともなく呟いて、エレナの汚れた手をタオルで拭う。
タオル越しに院長の体温が感じられ、失敗したことよりも嬉しさの方が先立った。
その気持ちが伝わったのだろう、視線が合うと院長は目を点にさせたが、瞬く間に顔を綻ばせた。
「もう、エレナったら!なんだか去年も同じことがあったような気がするわ」
彼女の指摘はその通りであった。去年のこの時期も不器用過ぎるエレナのフォローを院長がしてくれていたのだ。
机に並ぶ瑞々しい花達は、エレナに壊される為に在るのではない。
一年に一度、月が高く上がり青く輝く日に女神へ日々の感謝と豊穣の祈りを兼ねた収穫祭が執り行われる。収穫祭は三日かけて行われ、その間は食べて飲んで遊びほうけることが許されるーー・・・云わばパーティーのようなものだ。大体が恋人や家族等と言った近親者と過ごすのだが、その際に腕輪や花冠等を送り合う慣習がある。
慣習に倣って現在花輪作りに勤しむ子供達だが、その一群から弾き出されたエレナを快く受け入れてくれたのが院長である。
誰に隔てることなく接する院長が好きで、同時に一抹の物足りなさを感じていた。しかし、その物足りなさこそ、孤児院というこの場において当然のーー納得せざるを得ない感情なのだと理解していた。
だから、エレナはへらりと笑って「むつかしいねぇ」と誤魔化すしかない。
「ほら、不器用さん、身体から力を抜いて。大好きな人や物を思い浮かべてごらんなさい」
両脇を持ち上げられたと思えば、すとんと彼女の膝に乗せられる。お腹に回された院長の手がしっかりとエレナを繋ぎとめた。
エレナの感情を見透かしたような行動に戸惑い、はにかみ、そして胸が満たされる感覚に瞼を閉じる。
「大好き」という言葉に先ず浮かんだのは院長、次に孤児院の皆、真赤な木苺、クッキー、猫、蝶々・・・・・・・・・
「むふふ」
頬を薄らと赤らめエレナが笑う。抑えきれずに滲み出た笑顔を背後にいる院長に向けた。
「上手くいったみたいねぇ。じゃあ、もう一度、作ってみましょうか?」
新たに渡された赤い花を一瞥してエレナは立ち上がった。
「んっとね、他のお花も取ってくる!」
落ち着きなく走り出したエレナは、動く度に誰かにぶつかっていく。
「ごめんねぇ」
腕や肩、挙句に髪までが下手したら周囲の子供らに当たり、暴走列車と化したエレナの周囲から蜘蛛の子が散るように人が消えていく。
「エレナ、せめて落ち着いて行動しなさいな」
背後で院長からの注意が飛び、慌てて立ち止まって呼吸を鎮める。
夢中になると周囲を見ることが出来ず、気付いた時にはエレナの周りに人が居なくなる。悪い癖と自覚しているのだが、気持ちが何処かに傾くとすっかり失念してしまうのだった。
気を取り直して室内を歩き、テーブルに並べられた花々を吟味する。赤だけでなく黄色と青、橙の花が目につき一つ一つを手に取っていく。
「・・・・・・・・・」
ポツンと一人、テーブルの前に佇む。
孤児院の子供らもエレナのことを嫌っている訳では無い。けれど、自身の不注意で痛い思いを経験したことのある彼らは、遠巻きにエレナの様子を窺っている。
もう慣れてしまった。
一人遊びも得意だし、院長に生き方を教わるのも好きだ。
私は不器用だから、仕方ない。
だから、少しでも。
一人でも楽しそうに笑わなきゃ。
「エレナ、もう作ってるの?」
「俺達乗り遅れたみたいだな」
「私も一緒に作っていい?」
ネル、ディック、マリーナがやって来てエレナの手の中を覗き込む。
「・・・・・・っ」
闖入者にエレナは面食らう。その場で固まったエレナを気にするでもなく、三人が席に着いて「あれが良い」、「これにしよう」と言い合い始めた。
「ララにはこの花が良いんじゃない?」
「ミミにはこの花が良いよ」
いつの間にかやって来た双子が如何にも「最初から居ました」と言わんばかりに溶け込み、互いに花を押し付けあっている。くすんだ赤ーー既に茶色に近く萎れたそれをお互いに勧めているのだから仲が良いのか悪いのか判断しかねる。
エレナは口角を上げるなり、ネルとディックが隣合う隙間に勢いよく滑り込んだ。
何故ならこの場所が一番、居心地が良さそうだったからだ。
「「狭いっっ!!」」
「あははははは!!うん、一緒に作ろーっっ!」
ほんの少し力を入れて両者の背中を叩けば、衝撃でディックが咽せ、ネルはテーブルに額を打ち付けた。
「あ、ごめん」
流石に二度目となるとネルがテーブルで寝ている原因も自分にあろう事を学ぶというものだ。謝ったエレナを二人は珍しいモノを見た顔でぎこち無く受け入れる。
「愛情表現が分かりやすいねぇ」
「愛情の威力が高いからねぇ」
双子がなにやら得心のいった顔で頷き合い、ネルとディックはその言葉に反応して頬を赤らめる。
いまいち理解が及ばなかったエレナは、二人の隙間が暑すぎることに気付いてマリーナの隣に移った。
居心地が良いと思ったのは勘違いだったみたいだ。
「最初からそうしてくれたら・・・」と赤くなった額を撫でるネルにディックが無言で首を振った。
一連の流れを見ていたマリーナは、馴れたもので動じることなく花輪を作っている。赤と白だけの配色に誰を意図しているのか、分からない程鈍感なエレナでもない。
「アルにあげるの?」
一目瞭然とも言えることを敢えて口に出す。エレナの問にマリーナがはにかんだ。
「うん、アルが私の分をくれるか分からないけど・・・。私がアルにあげたいんだぁ。いっつもありがとう、また来年もよろしくねって・・・」
エレナの健気な思いにララとミミがハンカチで目元を押える。
「「よよよ・・・こんな良い子そうそういやしないよ。お菓子いるかい?」」
そう言って双子は懐からぐしゃぐしゃになったクッキーをマリーナに差し出した。何時もお菓子を貰っている老夫妻の真似事だろう。
ディックが呆れ果てた顔で双子を窘める。
「何がよよよ、だ。何が。近所の人の物真似するんじゃない。いっつも物を貰ってるんだから、感謝して然るべきだぞ」
注意された上に受け取りを拒否された二人は、不満そうに頬を膨らませ唇を突き出す。そして互いの膨れた頬を潰し、唇から空気と共に勢いよく吐き出される唾をディックに飛ばした。
ーーこれを故意と言わずして何と言うのか。
唾を撒き散らされたディックは、額に青筋をたて逃亡する確信犯を追いかけて行った。
「あ〜ぁ、ディックも行っちゃったよ・・・。早くしないと花も良いのが無くなるのに」
「あはは!ララもミミもディックが好きだからね!!」
走り去る彼等を呆気にとられて見送るとネルがやおらテーブルから花を摘み上げ、マリーナの手元を眺めてから観念したように花冠を編み出した。
「・・・マリーナはアルにあげるんだろうけど、何時渡すの?アイツ、今此処にいないじゃないか」
いじけた態度ながらも、彼の指は手早く動き器用に花を編んでいく。
ネルの言う通り、アルレルトが孤児院から消えて二月が過ぎ去った。誰も理由は知らない。忽然と姿を消し、訝しがる子供らに向けて院長が教えてくれたのは、「ちょっとした家出よ〜」という如何にも胡散臭い説明だった。
詳しく聞けば、畜産農家であるウル爺の所で丁稚奉公をーーそれは本人が思いついた時に普段からしていたがーーそれを住み込みでしているようだった。そもそもが、家出なのか、丁稚奉公なのか、説明を受けた時点でどちらも意味合いが異なるのだから突っ込まずにはいられないと言っていたのは誰だったか・・・。
孤児院の中には、「引き取られたのでは?」 という噂が飛び交い、アルレルトへ嫉妬と羨望の念を向ける者も少なからずいる。しかし、本人が孤児院にいない今、それらさえも幻影のように不確かだ。
もしも、噂通りに引き取られて行ったのだとしたら仲間として喜ばしいことはない。
孤児院からの卒業は養子としてもらわれるか、卒業する年齢ーー18歳を迎え地域で自活するかに別れる。凡そが後者であるし、将来を見据えて幼い時分から仕事を紹介されることが多い。
卒業に至っても、地域との関係を築き、路頭に迷うことが無いよう孤児院が働きかける。時たま顔を出す先輩達は、嬉しそうに自身の子供や夫・妻を紹介し、私達に「独りにはならない」と希望を抱かせ、去って行くのだ。
「んー・・・、でも、多分アルのことだから帰ってくると思うけど・・・。その時になって考えるから大丈夫!」
マリーナの言葉に意識が現実へと還る。
むつかしいことを考え過ぎてしまった。考え事をし過ぎると体に悪いと院長が言っていた。
忘れよう。
雑念を振り払うように頭を振って、花を編もうとした手元に花冠が投げられる。
「ふーん、僕は帰ってくるかも分からない奴を待つ気はおきないなぁ。勝手に消えた薄情な奴より、渡せる人に渡すよ。・・・エレナ、それあげる」
素っ気無い態度で言い放つなり、席を立って部屋から出て行く。子供達に紛れていく背中を見ながら、改めてむつかしいと頭を掻いた。
「ネルも素直じゃないね。最初っからアルをだしに使わなくても、エレナに渡せばいいのに、もう!」
マリーナがぷんぷんと怒る横顔を見つめ、視線を手元の花冠に落とす。
シロツメクサ、ガーベラ、カモミール沢山の花が合わさったそれから、馨しい香りが鼻腔に届く。
「ネルにあげなくて良いと思うよ!あんな渡し方ってないよ?」
「ん〜・・・?でもその前に上手く作れないと思う。院長に贈るやつもまだ出来てないし・・・」
マリーナは無言でエレナの手元に視線を送り、納得したように頷いた。エレナの手から贈られた花冠とーー・・・編もうとして失敗しヘタった花が握られていた。
ネルが突然投げて寄こしたせいで手に力が入ってしまった。
次こそは上手く出来ると思ったのに。
「て、手伝うよ・・・」
「ほんと!?ありがとう!!」
エレナの気落ちした様子を見かねたらしいマリーナの提案にすぐさま飛び付く。本当に飛びついてしまえば感情の昂りのままに彼女を抱き潰していただろう。今回は気落ちしていたおかげで冷静な部分が残っていた。笑顔を向けるに留めたが、エレナの気持ちは十分に伝わったようだ。
「う、うん・・・とりあえず、どーどー。おさえておさえて」
「はっ!深呼吸、深呼吸・・・すーはーすーはー」
引き気味のマリーナに注意され慌てて深呼吸を繰り返す。呼吸の度に頭を上下させていると堪えきれずにマリーナが笑い出す。
「あはは、エレナ面白い」
「え、本当?えへへへ」
二人で一頻り笑いあってからようやくマリーナに教わりながら花冠を作り出した。
昼間から作り出したそれは、なんとか夕食前に出来上がり、院長に贈ることが出来た。
「まあ!ありがとうエレナ。それにマリーナも」
「えへへ!うん!これね、この白が院長でー・・・、水色がマリーナで、紫色がネルで、ピンクがララとミミ、んでんでえっと、とにかくみんななの!!」
誰がどの花かド忘れしてしまったエレナだったが、院長は満面の笑みを浮かべ花冠を眺めた。
「・・・そう、みんな、なのね。とっても素敵だわ。もしかしてこの花はユリウスやビアンカかしら?こっちの花はディック?」
「ーー・・・っそう!!そうだよ!!」
うんうんと何度も頷いていると院長の温かな手が頭に乗せられる。そのままゆっくりと髪の流れに沿って撫でられ、嬉しくて頬が赤くなる。
「嬉しいわ、エレナ。大事にするわね。本当に、とっても嬉しいわ」
院長が頭を下げたので、花冠を受け取り彼女の頭に乗せる。
「今日はとっても良い日だわ。さ、マリーナも来てちょうだい。ありがとう二人とも、愛してるわ」
マリーナと共に抱き寄せられ、院長の胸に顔をうずめる。太陽の清潔な香りに包まれ、エレナは嬉しくて嬉しくてたまらなかった。
マリーナもおずおずと院長の背に手を回した。院長の腕の中でマリーナと目が合うと視線が彷徨い、最後には観念したように彼女は照れ笑いを浮かべた。
マリーナは、アルのこと待ってるよ。早く帰って来ないならいーっぱい、いっぱい怒ってやるんだもんね。




