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【三章】道化師





夕暮れへと溶け込んでしまいそうな、打ちのめされた顔をしたアルレルトを置いて、私は建物へと入った。

幼子に向かって、現実を叩き付ける私は人でなしだろう。

どれだけの罵詈雑言を浴びせられようとも、誰かが行わないといけなかった。

そして、それは師匠としての立場である、私でなければならなかった。

魔王として負の側面へと堕ちるか、人として人のまま正道へとひた走るか。結局の所、それを選択するのはアルレルトだ。

今のアルレルトを人としての立場に繋ぎ止めるには、多くの重石が必要だ。

孤児院()仲間(家族)、友、師、他にも繋がりがあればあるだけ、アルレルトをこちら側に引き止められる。

彪鬼(ひょうき)を魔物と知って尚、守護すべき存在と認識している幼子に否やを突きつけなければ、私達の知らない内に『アルレルト』は消滅するだろう。


それだけは()()()()


人より優れた才能を持ち合わせているなら、それを開花させたいと願うのは、大人の勝手(エゴ)だ。

だから私は、此奴を()()()()育てたい。

私は足を止め、孤児院の外観を感慨深い思いで見つめた。

先程、救護棟で見かけた子供らが脳裏を(よぎ)る。

アルレルトもまた、普通の子供として過ごすことができただろうに。

それが叶わぬ運命を疎んじ、怒りを覚えないはずがなかった。


私は怒っていた。


魔物への情を抱き続ける、子供(アルレルト)への憐れみは勿論ある。だがそれ以上に、まるで本能として刻み込まれている魔物への情、それを必然的に抱かざるをえない事実に怒っていた。

思考すらも歪められる運命の(くさび)は、地獄の門への鍵となる。

人として生誕したにもかかわらず、魔王へと変異すれば、どれ程の辛苦を味わうことか。

想像を絶する苦痛だろう。

だが、今はかろうじて人として踏みとどまっている。


「己が力を他者を傷つける為にふるうな。暴力に溺れず、守る為に使え。誇りを持って生きろ」


いつか交わした口約束でしかない、何の効力も持たぬ思い付きの言葉。しかし、奴はそうと捉えなかった。

捉えなかったからこそ、心底傷ついているだろう。

底から這い上がってみせろ。

そうすれば、お前はまた一つ、強くなる。




「あーらら、ひでぇこったなぁ、ウル爺よぅ。子供を虐めるもんじゃーぁねぇよぅ?」




ドレックザックの軽薄な声音に、私は思考の海から抜け出した。

奴は建物の入口に背を預け、堂々と私達を盗み見ていた。その口元は緩く弧を描き、趣味の悪いことに、この事態を楽しんでいるようだった。

「・・・ふん、任務を遂行したんだろうが、とっとと帰るがいい」

煙たい思いで、手を振って目の前からうせるよう促す。

しかし、ドレックザックは更に笑みを深めて此方へ歩み寄った。


「・・・・・・・・・」


こういう男だったと、安易な行動をとった己を悔いた。

ドレックザックは、天邪鬼に輪をかけて性根が腐っている。

いや、腐っているどころか崩壊している。

何処にでもいる平凡な顔つき、平均的な身体つきだ。一度でも雑踏に紛れてしまえば、見つけることも困難だろう。

癖のある性格の()()に、奴自身の見目は至って埋没的で、気配もまた曖昧ときた。

ドレックザック自身もそうなるよう意図的に顔貌を作り替えているのだろう。

食えぬ人間だ。

「まぁまぁ、そう毛嫌いしねぇでくれよぉ。俺はウル爺のこと嫌いじゃねぇぜ?」

そう言って両腕を横に広げて抱きつこうとする。

男に抱きつかれるなど気味が悪い。それが奴の相手となると余計に悪い。

近寄ってきた男の顔を打ち、改めて数歩距離をとる。

「嫌いで結構だ」

ドレックザックの気紛れに付き合う程、私の気分も時間も暇では無い。

冷ややかな視線を向けるも、余計に相手を喜ばせるだけであった。


「ひゃっひゃっひゃっ!(つんめ)てえんでやんのぉ!!いんやぁ、でもまさかとは思ったけど、アンタが餓鬼を気に入るとはねぇ!!!いつからアンタはそんな酔狂になったんだぁ?それとも実はぺドフィリアだったとか?」


癇に障る物言いは、故意以外のなにものでもない。そうと分かっていても、眉間に皺が寄るのを止められなかった。

人をおちょくる態度は極めて度し難い。

そもそも奴は他者に対して同調も、同情も、受容も、何も求めてはいない。

気狂いと嫌悪されたい、ただの道化(イカレ)だ。

「ーー戯言はいい、要件はなんだ」

ドレックザックは愉快そうに肩を揺らして、打たれた頬を撫でた。

「なぁに大したことじゃねぇさ。ご依頼主様からの伝言ってやつだよ」

そう言ってドレックザックは、衣服で隠れていた首元を肌けた。

首には複雑に細やかな文字が絡み、皮膚に刻まれている。それは、傍目に黒いロープが首に嵌められているようにも、首輪をかけられているようにも見えた。


「ーーー・・・・・・っっ!!お前、それは・・・っっ」


「いひひ、野良犬は()()を嵌められちまったのさぁ!これで野良から脱却だ、なんつってなぁ、わんっ」

軽口を叩き、ドレックザックはさっさと衣服を整える。首に(しる)された『呪い』は、布に巻かれて姿を隠した。

「その呪いは、誰にやられた」

ドレックザックは肩を竦めてそのまま、慣れた足取りで建物へと入った。

「ーーまぁ、なんてこたぁねぇよ。なぁんとなく、この国が気に食わなくてよぉ。先ずはお貴族様でも殺そうとしたら、逆に捕まっちまったってだけさ!おー、情けない話しだねぇ!っとくりゃ!!」

奴の想定以上の愚行に、私は二の句が継げずにいた。目に余る所業に、どっと心労が溜まる。

何をしているんだこの馬鹿は。

他者の目が無い時でさえ、道化(イカレ)であってどうすると脱力せずにはいられなかった。

そんな私の事など眼中に無いと言わんばかりに、ドレックザックは懐かしそうに通路を眺め、時にすれ違う子供らの頭を軽く叩いては、その頭に飴玉を乗せていく。

「ーー本当に大したことないんだぜぇ?庶民中の庶民、どころか蛆虫!虫けらの俺を殺さずよーしよしっと生かしておくんだからよぉ、寛大な措置すぎて涙が出らぁな」

ドレックザックは振り返らずに、泣き真似をしてみせる。

素直に話す気の無い相手に腹立ちを覚え、私は奴の背中を蹴り倒した。


「ぐえぇっ」


蛙のような鳴き声を上げて倒れた背中を足で抑え、グリグリと痛みを与える。

「それで、その呪いはどういったものだ。お前に呪いをかけたのは何処の奴で、お前はどうしてそんな馬鹿な真似をしたんだ」

一言一句、馬鹿にもよく分かるように詰問する。

「いててっ、乱暴な爺さんだなぁ!わあったよ、説明すりゃあいぃんだろぉ?」

足元で喚く男に溜飲が下がり、私は足を退けた。

「あーいってぇ・・・ちっ、ここで話すには場所が悪ぃなあー、婆ちゃんのとこ行くぜ」

奴は踏まれた背を擦りながら、ブツブツと不満を零した。

ドレックザックが親しみを込めてそう呼ぶ者は、一人しかいない。

それを思い出し、私はきまりの悪い思いで唇を噛んだ。

その人物には、挨拶すること無く無断で帰るつもりだったのだ。

アルレルトの心を()()()()()()踏み潰したばかりであり、はっきり言ってしまえば合わせる顔が無い。

静止した私に気付いたドレックザックは、ニヤリと頬を吊り上げた。

「なんでぇ、だーから言ったんだぜ、婆ちゃんの大切な子供を虐めるもんじゃねぇってよーぅ」

ドレックザックの揶揄(やゆ)の含まれた声音は、軽薄な色合いを装っているが確信を突いていた。

「・・・・・・・・・」

無言で明後日の方向を眺めていると、ドレックザックは喉奥で笑って歩き出す。



ーーティアラ(聖女)の居る場所へとーー







※気付いたらPV五千超えてましたいつもありがとうございます。のんびりいきます。


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