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【三章】愛と罰




寝台が潰れた騒動で、双子は悪戯が過ぎると院長に説教部屋へと連行された。


「「ララ(ミミ)も遊びたかっただけなのに・・・」」


ララとミミがしおしおと落ち込んでいるのを尻目に、院長は俺以外の三人にも「花と野菜を片付けなさい」と釘を刺して部屋を出て行った。

壊れた寝台は、木の破片をそこら中に撒き散らせている。破片と混ざって花と野菜が散乱しているのだから、救護室は惨憺(さんたん)たる様相を呈していた。

改めて部屋に充満する匂いに辟易した俺達は、窓を開けて空気の入換に取りかかった。

院長の雷が落ちるのが怖かったわけじゃないったらない!

俺が寝台の破片を集めるために屈み込む。すると、慌ててネルとディックに止められた。

二人から「病み上がり」云々と小言をくらい、俺は諦めて作業している様子を眺めることにした。邪魔にならないよう、部屋の隅に座り込む。

エレナが「これに座ってたらいいよ」と南瓜(かぼちゃ)を指し示したので、俺は丁重に固辞した。

エレナ・・・、南瓜は枕でも椅子でもなくて食べ物だからな。多分だけど近日中には食卓に上がるぞ、ここにある野菜は。

彼女はすっかり普段の調子を取り戻して元気に野菜と花を拾い集めている。

換気の行き届いた新鮮な空気を肺いっぱいに取り込み、一息ついた所で俺は左肩を(さす)った。

先程からズキズキとした痛みを訴え続けているその場所には、いつの間にやら包帯が巻かれている。

何時できた傷なのか、どれだけ記憶を掘り返しても思い出せない。

その代わり、瞼に鮮明として浮かぶのは、坊の死に顔や猿の魔物のことだった。

そして、黒狗(ブラックドッグ)へ魔法を放ったあの瞬間が脳裏に咲きみだれ、俺は鳥肌を立てた。


「ーーーハァ・・・っ、ハァ・・・」


異質な冷たさが腹で蠢く。見て見ぬふりをして恐怖で震える手を握りこんだ。

あの後、本当に何が起こったのか、坊はどうなったのか、確認したいことが山ほどある。

しかし、この場で答えを持ち合わせている者は、誰一人としていない。唯一、全てを把握しているとしたら院長だろう。

乱れる呼吸を静めることに集中していた俺は、部屋に侵入してきた人物に気が付かなかった。


「ーーー起きたか、アルレルト・・・」


聞き覚えのある嗄れた声は、俺が会いたくて堪らない人物のものだった。

「ウル爺!!」

ウル爺が部屋の隅で座り込んでいる俺の前へと足を向けた

表情筋の死んでいる彼は、久しぶりの再会だというのにニコリともしない。冷めた双眸で俺を見下ろした。

普段と同様に、あるいはそれ以上の張り詰めた雰囲気を出して、部屋の空気が一段と重くなる。

ネルとディックが居た堪れないと言わんばかりに、お互いの顔を見合わせた。

ただならぬ空気に、俺はウル爺に説教を受けるに違いないと身構えた。

そもそも、院長の約束を破って孤児院から抜け出したり、子供だけで貧民街や森まで足を踏み入れたりしたのだ。

俺の身勝手な行為を咎められても仕方がなかった。

俺は一喝どころか二喝・・・、果ては百以上の喝をくらうだろうと腹を括ったものの、いつまで経ってもウル爺の怒号が飛ぶことはない。

恐る恐る俯いていた顔を上げる。

ウル爺は俺ではなく、ぎこちなく掃除をしている三人を見ていた。

エレナは緊張しているのか素でやっているのか「野菜、野菜、花、野菜」と、掻き集めたそれらを野菜と花で仕分けしている。

俺の見間違いでなければ、野菜の方に何故か花がいくつか放り投げられていた。

それをネルが拾って、正しく分け直していく。

完全な二度手間だった。

そしてあまりにも変わりのない、普段の彼らだ。


「・・・・・・ウル爺?」


訝しんで再度相手を呼ぶ。考え事をしていたらしい彼は、俺の呼び掛けに「あぁ」と気の無い返事をした。

そのまま、ウル爺は顎をしゃくって俺についてくるよう合図をすると、部屋を出ていった。

曖昧な態度はウル爺らしさの一切無いもので、俺は余計に疑念を抱く。

しかし、考える暇もないまま、さっさと歩き出したウル爺を追って部屋を出た。

疾風の如く歩くウル爺の後を、全力で走ってついて行く。

足の長さから身体付きまで、何もかもが違う大人と子供だ。普通ならば、大人が子供のペースに合わせるものだろう。

だと言うのに、ウル爺は俺を振り返ることなく通路へと歩を進めていく。必然的に俺は全力疾走するしかない。

起き抜けの急な運動に息が上がり、心臓が痛いくらいに拍動する。

左肩の引き攣れたような痛みも加わり、ウル爺の背中を「思いやり!!」と叩いて訴えたくてしかたない。若しくは、俺の眼前で揺れる臀部に、怒りを込めた「カンチョー」をしたくて堪らなかった。

息を切る俺に気付いているはずなのに、一切振り返ることなく、労りの言葉すらかけないウル爺に、俺は腹を立てた。


自分、決めましたわ。特攻かけさせていただきます!!


両手を合わせ、両人差し指を立てて「カンチョー」の準備を進める。標的をウル爺の臀部に定めて、俺は足に力を込めて駆けた。


()てまえやぁぁぁぁぁぁ!!」


狙うは爺の尻。目指すは痔!!

座る度に優しくなかった己を悔いるが良いわ!!

俺の指先が標的へと向かった瞬間、ウル爺が横に避けた。

「え?」

目の前の尻が消えたことに戸惑いの声を上げたが、今更勢いを殺すことも出来ずに俺は通路に倒れ込んだ。

「カンチョー」の形を組んでいた人差し指が行き先を見失い、虚しく宙をかく。

「任務・・・失敗っっ!!」

俺が悔しがっていると遥か頭上から、ウル爺がため息をついた。

「一人で何をしているんだお前は・・・」

呆れたもの言いと冴え冴えとした眼差しが俺を貫く。

俺も何をしているんだと思った。起きたばかり、病み上がりのはずなのにどうして爺のケツを追っかけないといけないのか。

だが、ようやくウル爺が俺を見たことにある程度満足して起き上がる。

「そんなことより、ウル爺。俺を怒りに来たんじゃないの?」

怒られると思っていた。だから心の準備も完全に済ませたというのに、何時まで経っても説教されず、ある意味期待が外れた気分だった。


「怒られたいのか」


ウル爺は目を瞬かせて、俺に訊いた。

「・・・・・・かもしれない」

決して、自分がドMだとかなんだとか、そんな性癖があるわけじゃない。ただ、院長は心配してくれた。皆が俺を愛してくれていた。

じゃあ、ウル爺は?

俺を認めてくれた師匠は、俺を愛してくれているのか?

そんなことを素面(しらふ)で問えるはずもなく、俺は気まずさ故に頭を搔く。

黙り込んだ俺に何を思ったのか、ウル爺が手を出してきた。

「来い、確認したいことがある・・・」

差し出された手をポカンと間抜けな顔で見つめる。

中々その手を握り返せずにいると、ウル爺はばつが悪そうな顔で「不要か」と独りごちて手を引っ込めようとする。

俺は慌ててその手を握り返した。

たった一度だけ繋いだその手は、変わらず節くれだって硬かった。

俺が焦って握り返したことに驚いていたウル爺が、次には満足そうに口端を吊り上げた。

悪どい笑みにも感じられるそれは、彼の精一杯の友好的な笑顔だった。




その後、俺はウル爺の手に引かれて庭へと出た。

日が傾く時間帯に差し掛かり、庭で遊んでいた子供達が徐々に建物の中へと姿を消していく。それでも、ギリギリまで粘ろうと遊び続ける子供達の相手を一人の男性がしていた。

デルナを含めた大人達は、今頃厨房ですったもんだしていることだろう。

俺達は手近な腰掛けに座りこむ。

建物の入口からほど近い場所で腰を下ろし、束の間、無言で平和な景色を眺めていた。

心地好い静寂に身を委ねていると、不意にウル爺が口を開いた。


「ーーあの日、何があったのか、お前は覚えているか」


俺は静かに頷いた。

忘れられるはずが無かった。

辿々しく坊と出会ったことから、誘われて森へと向かったこと、そこで出会った黒狗(ブラックドッグ)についてを語った。

「ウル爺、知ってるなら教えて欲しい・・・。坊は・・・、アイツは、今何処にいる?どうなったんだ?アイツが俺をここまで連れて来てくれたの?」

坊が魔物だと知った後でも、坊と過ごした時間が何時までも記憶に残っていた。姿が変わったからといって、坊に対する好意が消えるわけではなかった。


「あの魔物は、死んだ」


俺は自分の耳を疑った。

さらりと告げられたその意味を理解するのに、時間はかからなかった。

ウル爺は憂いの無い目を遠い眺望(ちょうぼう)へと向けたままだ。

「は、はあ?どういうこと?何の冗談だよ・・・」

「冗談ではない。お前を(かどわ)かし森へと連れ去ったのは、魔物だ。魔物は人を食う。人間と魔物が理解し合えるわけが無い。生かしておいてなんになる、百害あって一利なしだ」

狼狽える俺を後目(しりめ)に、ウル爺は淡々と如何に魔物が害悪であり、おぞましいか言い表した。

俺は言い様のない不快感に駆り立てられ、「でも」と反論する。

「坊は確かに・・・、確かに俺に魔物だってこと隠してたよ!ずっとちっちゃい子供に化けてた。でも、何時だってアイツは無邪気で、俺と遊んでた。()()()()()みたいにっっ」

息せき切って髪をくしゃくしゃにしたまま待ち合わせ場所に来ては、俺が手櫛で整えていた。嬉しいことがあると屈託なく笑って、自分が悪いことをしたら落ち込んで、何処にでもいる普通の子供だった。

だから、俺は弟とも思えるくらいに気に入っていた。


もう会えない?坊に?


本当は魔物だったから?


だから・・・、殺した?


隣に座す男は、俺を見ることなく視線を遠くに注いでいる。


何処を見ている。


そこに一体、何がある。


俺を見て答えろ!!


頭に血が上った俺は、彼の襟ぐりを掴んで引き寄せた。体格の差から必然的に、腰掛けに足をかけて、座ったままのウル爺を見下ろす形になる。

「魔物と言うだけで、坊が何をしたって言うんだよっっ!!」

ウル爺は悠揚(ゆうよう)迫らぬ態度を崩さず、襟を掴む俺の手を握った。


「ーーしているに決まっているだろう、この愚か者が」


声を荒らげることなく、言い切った。

手を跳ね除けられた勢いで、俺はバランスを崩して尻もちをつく。


「ーーーー・・・・・・っっ!!」


俺は息を呑んだ。


ウル爺は、紛れも無く激怒していた。

山吹色の瞳には、静寂に揺蕩う炎が(とも)り、言葉や態度よりも雄弁に怒りを物語っていた。

太い指で顎を掴まれ、顔を背けることが出来なかった。

「視野の狭い子供にしっかりと教えてやろう。あの男を見ろ」

砂場で子供の遊び相手になっている中肉中背の男性へと、力強い手で顔を向けられる。

そこで俺は、彼が初めて見かける人間であることに気が付いた。冒険者の中に、彼のような者はいなかったはずだ。

若干、(やつ)れているようにも見えなくもない男性は、静かに微笑んで子供達と砂山を作っている。

「あいつの名前はフォルス。この街から遠い山間の村で生きていた、普通の人間だ。フォルスがいた村は、あいつを除いて全員が殺された。奴自身も、命からがら逃げ出して発見された当時は、瀕死の状態だった」

俺はゴクリと唾を飲み込んだ。

これ以上、聞いていたくなかった。

認めたくない現実を、彼が突きつけようとしている。それを本能的に察知した。

耳を塞ごうとした俺の手を、ウル爺が掴んで離さない。

彼は逃げることを許さなかった。


「お前が普通の子供と言って誤魔化している、その魔物がフォルスのいた村人や他の人間達を食い殺した」


ウル爺は残酷にも言葉を紡ぐ。

「何人犠牲になったと思う。私達が把握しているだけで50だ!お前の知っている坊という魔物は、ラヴィーナにも手をかけたぞ」

血の気が、引いた。

あの坊が、本当に?

他者からこの話しを聞けば、俺は笑いだしただろう。「何の冗談だ」と尚も信じなかったはずだ。

けれど、それを告げたのがウル爺だった。

彼の為人(ひととなり)を知っていた俺は、静かに怒りを(ほとばし)らせているこの男が、真実を語っていると認めざるを得なかった。

「ら、ラヴィーナは・・・」

やけに喉が渇き、口に出した言葉は掠れ、頼りない。

「片脚を失ったが、命はある。命、はな。・・・・・・今までの通りには、いかんだろうよ」

尻もちをついた体勢のまま、俺はみっともなく身体を震わせる。

信じていたものが崩れ去った感覚に、世界が薄ぼけて見えた。

「さぁ、それでもお前はまだ、アレが無害であると盲目的に信じ、アレを殺した()()糾弾するか」

俺は、何も言い返せなかった。


「そうであるなら、言え。フォルスに向かって、ラヴィーナに向かって、アレに害された人間達に向かって、「あの魔物は悪くない」と言いに行け」


ウル爺の言葉が俺の心臓を刺す。それは鋭利な刃となって、俺の心と言わず、全身を深く抉った。

「・・・・・・お前は、あの魔物のために、魔法を発動させたな」

それは、黒狗(ブラックドッグ)との戦闘を指していた。坊を殺されたと怒りに燃えた俺が、殺意を沸かせて放った魔法だった。

怒りのままに放ったお粗末な魔法、初めて俺が攻撃として発動させた魔法、何も『守れ』ない見苦しくも忌まわしい記憶に俺は目を瞑った。

震える身体が顕著に恐怖を表していた。


「アルレルト、お前は魔物と人、どちらの味方なんだ」


それに答える術を、俺はまだ持ち合わせていなかった。

いや、あったのかもしれない。

けれど、口は無意味に開閉を繰り返すだけで、何の意味をなさなかった。

黙り込む俺を一瞥して、ウル爺は静かに首を横に振った。

「・・・・・・いいだろう、無理に今、答えを出すな。お前の生涯でもって、答えを探し続けろ」


ーーそれが、私との誓いを破ったお前への罰だーー


まるで、そう告げられた気分だった。

この日から、俺は魔法を使うことが出来なくなった。









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