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【三章】帰還





意識がゆっくりと浮上して、俺は覚醒した。

永い夢を視ていた気分で、身体が声高に気だるさを訴えている。

目覚めたばかりの働かない頭も、何度か深呼吸しているうちにゆるゆると稼動を始めた。

見上げた天井は、慣れない救護棟の一室に酷似していて、恐らくそこに運び込まれたのだろうと見当がついた。


どうしてここに運ばれたんだっけか・・・。


暫く考え込んで、記憶の糸を手繰り寄せていく。坊の笑顔が唐突に頭を掠めて行って、俺は唇を噛んだ。


そうだ、確か坊と一緒に孤児院を抜け出して、森へと入ってーー・・・・・・。


唾を飲み込み、俺は再度、深呼吸して・・・ーーーあまりの臭さに()せ込んだ。


「く、くっせぇっ!ゲホッ、おぇぇっ!!」


何だこの甘ったるい匂いと、鼻の奥にまで染み付くようなニンニク独特の臭いは!?

今までボーッとしていて分からなかったが大分酷い。目がなんか開けてるのがつらいし、臭いの暴力だ。

公害だ。

悪臭に苦しみ悶えていると、夢と同様に、身体が動かなかった。四肢が押さえ付けられている感覚に遅れて気付き、俺は力を入れて抵抗した。が、何者かによる拘束が余計に強まっただけに終わってしまう。

周囲を確認する為に、混乱した頭のまま横を向けばニンニクがあった。

「へぁ?!」

訳が分からず、反対方向に首を回せば、玉ねぎがあった。


「何でだよ!?そりゃ、くせーわっっ!!」


俺が渾身の力で喚き散らしていると、白桃色の髪が突如として視界に入り込む。同時に、両腕の拘束が消えた。


「「おはよぅ、アル!!」」


そのまま抱きつかれ、俺は二重に響くソプラノに声の主を理解した。

「おはよう・・・ララ、ミミ・・・」

解放された両腕で二人を抱きとめると、双子は喜色を浮かべて額を俺の胸に寄せた。

「ララね、ずっと待ってたの」

「ミミね、ずっと待ってたの」

そう言って寝台の上で飛び跳ねる。その弾みでギシギシと枯れた音が鳴り、花が舞う。

双子のはしゃぎっぷりに、俺は取り残された気分で「あぁ・・・、うん」と気の無い言葉しか返せなかった。しかし、俺の反応は耳に届かなかったのか、特に興味がなかったのか、二人は寝台の上で花を巻き散らせながら、「「院長に報告しようねぇ」」と言って部屋から飛び出して行った。

嵐のような勢いで、彼女らが開け放った扉を茫然と眺める。双子が落として行った花々が、転々と扉まで続き、まるで道のように広がっていた。

俺は上半身を起こして、未だに思う通りに動かない下半身へと目を移した。

目を移して、眩暈をおぼえた。

心を落ち着かせる為に一度目を閉じた。


幻かな?幻じゃないね、現実だ。


そろりと薄目を開けて、変わらぬ光景に遠い目をしてしまう。

俺の両足を抑える形で、ネルとエレナが花の敷き詰められた寝台に眠りこけていた。エレナによって蹴り落とされたのか、ディックは彼女の足下の床で寝心地が悪そうに唸っている。

お前ほんと、かわいそうに。

誰も彼もが花まみれで、よくよく観察すれば、一人は南瓜(カボチャ)を枕にしている。もう(こら)えきれずに俺は、笑いを爆発させた。

「・・・はっ・・・・・・あはははは!!な、何で野菜と花!!くさい・・・っっ、ははは!!!」

俺が笑い転げていると(実際には、足を抑えられているので転がることが出来なかったけど) 、俺の笑い声を聞いて三人がのそのそと起き出した。眠たそうに瞼を擦って、エレナが眠気眼を俺に向ける。

俺が「おはよう」と口を開きかけた次の瞬間、彼女に全力のタックルをかまされた。


「えふぅっっ!!」


流星のような磨かれた技をかけられた結果、押し倒されてまた天井を見上げることになった。

寝台に逆戻りした俺は、必死で藻掻く。

「アル!!」

「アルレルトッ!!」

俺の憐れな悲鳴にネルとディックの眠気が飛んだらしく、明確な声音で俺の名前を叫んだ。二人はエレナの肩を掴んで、彼女の暴走を止めにかかる。

しかし、それは何の意味もなさず、エレナの腕によって俺はぎゅうぎゅうに抱き締められて身体のあちこちが激痛で悲鳴をあげた。

「あだっ、あだ!死ぬ!死ぬぅぅぅぅ!!!」

ギブアップの意思表示をしてみたが、エレナの耳には届かない。

無理やり引き剥がそうとエレナの顔を見た俺は固まった。


「~~~~・・・バカッッ」


彼女は、力強い視線で俺を射殺さんばかりに睨み付けた。

「アルのバカあぁぁぁぁぁっっ!!」

ぼろぼろと涙を流して、エレナは俺を責めた。

「・・・・・・・・・っっ」

普段にこにこしている彼女しか見たことのなかった俺は、言葉を失くした。自分が大きな過ちを犯してしまったのだと、その憂悶(ゆうもん)を抱えた表情に漸く理解した。

エレナは泣き叫びながら、決して抱き締める腕の力を緩めない。

他の二人もエレナにつられて涙ぐみながら俺に抱き付いた。

「そうだぞ!エレナの言う通りだ、このバカ!!」

「心配かけさせるなよっっ!バカ!」

二人からも罵られ、俺は唇を噛んだ。

「ごめん・・・みんな・・・」

俺のせいで三人が泣いているのに、腹の底から湧き上がるこそばゆい気持ちと、三人の体温の心地良さに安堵の喚声があがる。

それがあまりにも心地好くて、俺はされるがままになっていた。

ぎゅうぎゅうと引っ付きあっていると、慌ただしい足音を響かせて院長が駆け込んできた。


「アルレルト!!」


何時も綺麗に整えている髪が少し崩れ、柔和な笑顔がかき消えたそこには、心労の色が濃く広がっていた。

俺が声をかける前に、院長は引っ付き虫のようになっている俺達ごと抱きしめた。

院長は何も言わずに、眉間に深い皺を刻んだ。

叱責されると考えていた俺は肩透かしをくらう。

エレナよりも力強く俺をかき抱く院長を放心して眺めていた。

何処から、走ってきたのだろうか。

背中に回された院長の手が細かに震えていることに気付く。

「・・・・・・あ・・・」

それを見たら、もう誤魔化しがきかなかった。

俺の目から(たが)が外れたように涙が流れ落ちた。涙で(かす)む視界に、院長の柔らかな目が光る。それは、俺と同じに濡れていた。

俺は院長からも、エレナからもディック、ネル、皆から愛されている。

ミミとララが一緒にいてくれたことも、エレナが泣き叫んだことも、ディックとネルが泣いたことも、全部が全部、俺を心配していたから。

好きでいてくれるから、俺の軽率な行動で沢山の人を傷つけた。

それが本当の意味で理解出来た瞬間、言葉が考えるよりも前に口をついてでた。

「ごめんなさい・・・、ごめ゛んなさぃ・・・いんちょー、みんな・・・っっ!!」

俺の涙で皆の服が湿っていく。それでも、全員が離れようとせず、その場で一つになっていた。


俺・・・帰ってきたよ。

皆のいる家に帰ってきた・・・。

俺の家に、帰ってきたよ。


「・・・・・・っっ、アルレルト・・・」

院長がはくりと息を飲み込んで、俺の名前を呼んだ。俺はネルの肩に埋めていた顔を上げた。

院長が俺の髪を撫でて、皺くちゃの笑顔を浮かべる。


「おかえりなさい」


いつも通りの声を出そうとして、ほんの少しだけ掠れたそれは、心の込められた温かい言葉だった。

骨張った手で俺の髪を撫でる院長の手は、まだ微かに震えている。俺は夢の中で坊がしていたように、その手に頭を押し付けた。


一番最初に、院長が俺の髪を()()()くれた。

だから、俺はここに居れる。

みんなが俺のことを呼んでくれるなら、ここがやっぱり俺の家なんだ。

帰りを待っていてくれるなら・・・。

ありがとう院長、俺に居場所をくれて。


「ただいま、いんちょー・・・」


院長の手は、もう震えていなかった。

院長の鼻に乗った眼鏡が涙で汚れ、彼女は照れくさそうに笑って、それを外した。

一頻(ひとしき)り泣いて、叫んで、謝って、互いの息遣いや体温を実感した俺達は、ゆっくりと身を離した。

俺は涙で瞼が腫れた酷い顔になっていた。でも、俺だけじゃなく他のみんなも同じありさまだった。

照れ隠し代わりにディックから頭を小突かれて、ネルは頬を赤らめて俺から顔を背けた。エレナは密かに鼻水を俺の服で拭っていた。

反撃として、ディックの脇をこちょこちょして、ネルのかけていた眼鏡に指紋を付けてみた。

しこたま怒られた、理不尽の極み。

物理的な反撃を恐れた俺は、エレナには何もしなかった。

ちょっと残念そうな顔をされた。

ごめん、怖かったんだ君が。

俺がいつもの調子を取り戻して巫山戯ているとひょっこりと開いた扉から双子が顔を出す。一部始終を見ていたらしい彼女達は、邪悪な笑みを浮かべていた。


「「ララ(ミミ)も混ぜてぇ!」」


そう宣言して白桃の髪を揺らし、俺達の座り込んでいる寝台へと飛び込んできた。

その瞬間を、俺は一生忘れないだろう。





俺達の重みに耐え忍んでいた寝台がとうとう潰れた。





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