【三章】感傷
ユーリスは振り返ることなく言葉を続ける。
しかし、ラヴィーナの耳は意味のある音として拾うことができず、ただ雑音として通り過ぎていった。
ラヴィーナの胸中では、癇癪にも似た激情と忸怩たる思いが鬩ぎ合う。爆発する寸前の危険物たる感情を持て余し、意味も無く、泣き叫び出したい衝動にかられた。
ラヴィーナも先程までそうだった。
ユーリス達と同じだったのだ。
多くの者を助ける為に、被害の少ない選択をした。結果はどうあれ、その道程にラヴィーナはアルレルトを犠牲とし、ユーリス達はアルレルト含め関係者さえも犠牲にした。
どうしてユーリスを責め立てることができるだろうか。ラヴィーナも同じことをしたというのに。
自業自得、因果応報ーーー・・・・・・だが、あまりにラヴィーナは多くを失い過ぎていた。
泣き喚くことも癇癪を起こすこともせず、ユーリスの背に揺られ、感情を殺すことだけに努めた。
自身の矜恃にかけて、みっともない姿を晒すわけにはいかなかった。
「・・・勿論、今回の報酬は領主からも、ギルドからもたんまり用意している。あれだったら、落ち着けばギルドで事務でも何でも、指導員でもいい、お前がやれる仕事を斡旋する」
ーーだから許せ、と言外に告げられている気がした。
ユーリスにそのつもりは無かったのかもしれない。
だが、ラヴィーナはそれに応えることができず、沈黙を通した。
仕事と聞いて、冒険者を辞めるつもりは無いと声高に宣言したい欲望を抑えるのがやっとだった。
ラヴィーナにも、分かっていた。
片足を失った時、冒険者としての息の根も止められたのだ。
ハンディキャップを持った状態で冒険者を続けることも、まして他の生き方を模索することも容易ではない。
今のラヴィーナでは、魔物どころか人でさえ、襲ってくれば返り討ちにすることも困難だ。
「あらあら、ギルドマスターさんったら気が早いったらないわねぇ。まだなぁんにも、終わっていないんだから」
ユーリスの言動を窘めて聖女は頬を緩めた。
反対にユーリスは、口元を歪めて話すことを放棄した。
聖女を中心に、ふわふわと鱗粉のような光が舞う。淡い瞬きが緩やかにラヴィーナの腕に落ちて、星雫のように散る。それは何の痕跡も残さずに空気へと溶けていった。
ラヴィーナは目を閉じて、光の慈雨に身をゆだねた。
「ーーー・・・・・・、貴女は怒らないのですか・・・。大切な子供が私や、他の者によって傷つけられたというのに・・・」
どうして聖女がおっとりと笑っていられるのか、ラヴィーナは不思議でならなかった。
大切な子供達の為に、孤児院へ冒険者の派遣を望んだというのに、子供達を危険から少しでも遠ざける為、身勝手に閉じ込めたというのに、鳥にさえ子供を救うよう調教したというのに。
冷静さを欠くことなく彼女は、悠揚とした物腰で言葉を口にした。
「・・・そうね、怒っていないと言えば嘘になるかしら。今回、アルレルトが人相手に捕まっていたとしたら、コレだけ冷静で居られなかったと思うわ」
「あ゛?どういうこった」
ユーリスが首を傾げた拍子にラヴィーナの視界もつられて揺れる。
「アルレルトはね、動物に好かれやすいのよ。それは生まれ持っての個性なんでしょうね。烏や鳩と友達になれるくらいですもの、人間のふりをしていた魔物にも好かれるとは思わないかしら?」
ラヴィーナの脳裏に頭を垂れる魔物の姿が浮かぶ。アルレルトにだけ異様に懐き、子供にさえも化けていた魔物が心を傾けていた相手を害するとは思えない。
だが、その魔物がラヴィーナを傷つけ、残虐の限りを尽くしたことは、揺るぎようのない真実であった。
そのような、人の道理が通じない魔物を信じたというのか?
この聖女として世に名を馳せてきた、掴み所のない笑みを浮かべる老女が。
訝し気な眼差しを向けるが、それはさらりと受け流される。
「なにより、ウィルがいるんだもの。アルレルトに傷一つつかないわよ。私は信じているの、ウィルもアルレルトも強い人だって」
「信じる」と告げる口調は何処か頼りなく、光の影響か彼女をより老けて見せた。
ラヴィーナの中で聖女の姿がブレた。
「・・・・・・・・・・・・・・・」
梟や鈴虫の鳴き声を聞きながら、一団は森の出口まで無言で歩く。
「・・・ーーー貴女は・・・、貴女が、聖女なのですか?」
その問は、ラヴィーナの意思に反して思いがけず舌に乗って外へと飛び出しだ。
ぐらぐらと揺れる視界に気持ち悪さも、吐き出したい想いも全てを押し込んで腹に力を入れる。
聖女と呼ばれた、かつて世界を救った老婆が歩みを止めて、能面を付けた顔でラヴィーナへと手を翳す。
「お休みなさいな、ラヴィーナ・・・」
翳された手に視界は完全に塞がれた。
完全に闇が訪れる前、指の隙間から見えたのはーーー・・・・・・・・・




