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【三章】おやすみおやすみ、また逢う日まで





アルレルトが寝入ってどのくらいしたか、太陽が傾き地平線へとその身を隠そうとしている。上空が緋色から紫へとグラデーションを重ねる黄昏時、世界が眠りにつこうとしていた。

そろそろ連れて帰らねばならない。だが、人へ変化(へんげ)するにも今日は力を使い過ぎた。


離れ難い。


しかし、また明日も会えるのだからと不満を飲み込む。

せめて森の外まで連れて行こうと、力の抜けた子供の体を抱き上げた。


『・・・・・・・・・・・・・・・』


生い茂る草木へ顔を向ける。

なんの音もしない。

虫の鳴き声も、小動物の身動(みじろ)ぎも意図的に消されたその場所から、鉄と汗と女の甘い臭い、荒い呼吸音が微かに聞こえた。


『ーーーだぁああれぇえ?』


息を飲む音、直後カサリと葉の擦れた音と共に、身を潜ませていた者が姿を現した。

そいつは女だった。

蘇比色(そひいろ)の髪は、濃緑溢れる森で紛れるには際立ち、強い違和感を覚える。

攻撃の意思は無いと両手を挙げ、緩慢な動作で歩み寄ってきた。その表情には焦りがありありと浮かび、チラチラと(おれ)の腕で眠るアルレルトへ視線を移している。


「ーーーー・・・・・・その子供は死んでいるのかな・・・」


女はゴクリと唾を飲みこみ、此方の返答を待っていた。

確かに、女が死んでいると勘違いしそうな程、アルレルトの顔色は悪い。瞼ひとつピクリとも動かず、ただ静かに意識を手放していた。

それもこれも先程までの闘いによる影響だ。

呼吸をしていなければ、(おれ)もここまで落ち着いてはいなかっただろう。


『ねぇぇえてるぅうぅ、だけえぇぇ』


この女が何者か知らないにしろ、嘘をつく必要もない。

事実を淡々と告げると、女はぎこちなく息を吐いた。

女が身動ぐ度に腰にさげた剣が音を立てる。未だ女は抜剣すること無く、その場に立ち尽くしていた。

「・・・君は知能が高いみたいだ。私に、君を害する気持ちは無い。叶うなら、その子供を返してはくれないだろうか。私は雇われの身でね、その子を無事に家へ送り届ける義務がある」

「頼むよ」と差し出された手を無表情に見つめ返した。神妙な顔をしている女に微かに苛立ちを覚える。

まるで(おれ)がアルレルトを食わんと欲する獣だと思われているようだ。

欲しはしているが、それは食欲を埋める為でもない。


アルレルトが死んでしまえば、それこそ、(おれ)の世界が死ぬのだから。


気に食わない。

「雇われ」のくせに、此奴はアルレルトが死んでいるのではないかと危惧の念を抱いたにもかかわらず、(おれ)という存在に怯えて茂みに潜んでいたのだ。

隠れていた癖に主張は一端のことを述べていて、何もかもが気に食わない。

突然出てきた輩に、好印象は一欠片(ひとかけら)も生まれなかった。

信念も誠実さも、忠誠さえも持たぬ女にアルレルトを渡してなるものか。本当に連れて帰るのかすらも疑わしい。

抱えていたアルレルトを掴む手に力が入る。

殊勝な態度を貫いていた女は、此方がアルレルトを手放す気がないのを見てとると表情を消した。

「その子を帰すつもりがないってことかな・・・・・・。私は、平和的解決が理想なんだけどね」

そう言って、スラリと鞘から剣を抜きとると鋭鋒を向ける。


矮小な人間だ。


吐き出す言葉全て、嘘を嘘で塗り固めて自己を守る盾を築く。

虚勢の塊。


「やぁぁあああああああ!!!」


気迫を込めた声を上げ、女は地を翔ける。一気に距離を詰めると洗練された動作で剣身を横薙ぎに振り払った。それが首にかかる寸前、身を(かわ)す。凶刃に見舞われ、ハラハラと赤茶色の体毛が宙を舞う。

つぅ・・・と刃が掠った首筋から血が流れた。


此方がアルレルトを抱えていることにも頓着せず、女は攻撃の手を止めない。避ければ避けるだけ二撃、三撃と追撃してくる。

苛立ちを隠しきれず、奥歯を噛み締めた。

女は不思議そうに首を傾げて剣先を振るう。

「ーーー・・・・・・君って、とっても上品に戦うんだね。あれだけの人を殺しておいて・・・・・・、化け物のクセに人間のふりは止めたらどうだい。見ていてとても・・・・・・ーーー滑稽、だよ」

相手も攻撃を躱すだけの化け物に苛立ちが募ったのか、言葉を吐き捨てる。

嘲笑の響きが滲むその言葉は、(おれ)の思考を滅多打ちにした。


人間のふりなのだ。


素振りだけ、見た目だけ、中身の伴わぬ人間のふり。

アルレルトがこの腕にいなければ、女を既に殺していた。

種族の異なる(おれ)からすれば、人間は家畜と同等だ。

食べる為に殺す。

食べることも出来ない粗悪品であれば殺す。

目障りな蝿の如く、邪魔をするなら殺す。


殺す、殺す、殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺すーーーー・・・・・・・・・・・・


消すことしかできない(おれ)の手は、血で血を洗う生き方しか知らない。何も生み出すことも出来ない、略奪者(りゃくだつしゃ)としての生が本能として刻まれている。

根本的に交わる事が出来ない存在。


それが、(おれ)だ。


女は作られた笑みを浮かべて、静止した化け物を剣で突く。

『ぐうおぉお゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛!!』

突き刺して臓腑(ぞうふ)を傷付けるように(きっさき)を捏ねくり回す動きに、飛び退り距離を置いた。

地に足が着こうとした瞬間、足は地面を踏みしめることなく宙をかく。

驚愕と共に次に襲った浮遊感に事態を把握する。

着地しようとした場所にポッカリと、まるで最初からここにあったのだと主張せんばかりに大口を開けた穴へと身体ごと飲み込まれた。

アルレルトを(しっか)りと抱え直し、突如出来た穴底に着地する。


「いやぁ・・・良かったよ」


女がひょいと穴から顔を覗かせる。

建物の2倍は高く、あるいは深く掘られた底から女の表情は影となって窺うことが出来ない。

「流石の私も君みたいな化け物を1人で相手するには荷が勝ちすぎてね・・・。こういう芸でも披露しないと、どうしようもなかった。でも、君がその子に(こだわ)ってくれて良かったよ。たった1人、その子だけの犠牲で他の人間は、君への恐怖から解放されるんだからね」

軽い調子で、どうということはないように言葉を紡ぐ。

「・・・・・・後はここを岩で塞いでしまえば、私も英雄として名をあげることが出来るだろうか。冒険者としても一躍有名になるね、悪くない」

くすくすと楽しげに語る女の声が穴の中で反響する。

女の平坦で控えめなはずのその笑い声が、やけに耳障りだった。


此奴は何を言っている。

アルレルトを犠牲にした時点で女は英雄なぞではない。この女は(おれ)だけでなく、アルレルトさえも害そうというのか。


「・・・・・・ーーーこの花畑の空気は良くないね。匂いが篭っていて、新鮮な空気が無い。あまりお喋りしていては、その子のようになってしまうから・・・・・・。もう、終わらせよう」

アルレルトは、これだけの騒ぎが起こっても未だ目を覚まさない。成程、人間の体にはあの花の香りは強すぎたらしい。


『世界の欠片、漲る力を一つとし、魔の者を封じる礎となれ』


詠唱とともに空中に力が凝縮し、それは大岩となって女から命令がくだされるのを待っている。

その大きさは、この穴を塞ぐのに十分なものだった。

「うん、これなら君でも壊せないよね・・・。では、2人とも良い夢を」

軽い挨拶の言葉で女は締め括り、ようやく主人からの命令を受けた岩が少しづつ穴を塞いでいく。頭上から注がれる光が、徐々に細くなる。


世界が完全に闇に染まるのを己はただ、呆然と見守っていた。

光溢れる世界から離れられる。その安堵が(おれ)を無力にする。

それと同じくらいに女への怒りも湧いた。だが、アルレルトと共にここで朽ちる歪んだ歓びが頭をもたげる。

腕に眠るアルレルトの重みは、確かな存在感を教えてくれる。


アルレルト、奪うことしか出来ない(おれ)は、ずっと君と一緒に居られないんだろう。

(おれ)にとって、君は『美味しい』存在だけど、(おれ)はきっと『美味しい』じゃない。

アルレルトに何も与えることが出来ない。

あぁ、アルレルトが眠っていて良かった。こんな醜い顔、もう見せたくない。


暗闇の中、化け物であることを恥じた。

真黒に溶け込み、このままアルレルトと共に深い眠りにつこう。



そっと瞼を閉じた。







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