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【三章】化け物の視た夢




世界を認識した瞬間から、何某かの物足りなさを自覚していた。

ピースが足りなければパズルも組めず、それに描かれているモノさえ掴み取れない。

その歯痒さを埋めるように、生まれた地を離れ、飢餓を癒すことを目的に生きていた。

ひっそりと隠れるように佇む建物の中、思考する。

たまたま出会った、同じく何かが欠けている女を身の内に取込み、その女の知識からここに獲物が集っていることを()る。


「ぎゃあああああああっ!!」


「うわあぁぁぁぁぁぁあ!!」


「ひぃぃ、いやぁー嫌ぁ!!」


突然現れた化け物を前に叫び、顔に恐怖を刻み付けて逃げ惑う人間の卑小さは、存外悪くない。しかし、直ぐに叫声が耳障りに感じられ、封じてしまう。

既に人の気配は邸内に無く、血臭が辺りに充ち、屍が転がるのみ。

腹は満たされたが、足りないピースに本当の意味で満たされることはないのだと気付く。

血を啜り、骨をしゃぶり、思考する切掛けとなった女に思いを馳せる。

女は、美貌と富、果ては男を(たぶら)かして権力さえも手にしていた。

だと言うのに、決して、満たされることはなかった。

人を殺したいと狂気に満ちた嗜好を抱き、女神のように柔らかく微笑する女は、完璧に、寸分の狂いもなく、それこそ「狂って」いた。


(たわむ)れに森へ足を踏み入れ、戯れに命を棄てた。


彼女は、享楽的な死生観の持ち主であった。

死ぬことさえ、女にとっては悦びであったのかもしれない。

埋めようのない寂寥感(せきりょうかん)さえ誤魔化して、命を繋ぐ日々の無意味さに気付いたのだろうか。


(ふく)(はぎ)の肉を剥ぎ取って咀嚼(そしゃく)する。


()()と共に、命を奪う悦びに心が震えたものだが、今はそれさえも味気無い。


人を殺すことが存在意義ならば、どうして満たされない。


充足感を得るには、どうすれば良いのか。

この渇きに潤いが(もたら)される時は来るのか。

だが、これらを考えた所で不毛なだけだ。

女に変化(へんげ)して森を進む。

慣れない思考は、女を身の内に取込んでから生まれた1つの『変化(へんか)』でもあった。

食うか食われるかの二択しか無かった世界が、音を立てて崩れ去る瞬間は、鮮烈にこの身を支配し、本当の意味で自我の目覚めを導いた。同時に、物慣れぬ世界で(おれ)に初めて身を寄せた女の言葉が胸に刻まれる。


「沢山の人間を、殺して―・・・、絶望を・・・」


喉を震わせて発せられる言葉は、可憐で、また、聴く者を惑わす魅力に溢れている。

女は既に(おれ)と溶け込み、消滅した。

態々、出会(わざわざ、でくわ)しただけの人間の言う事を守ってやるいわれは無い。

でも、何をするにも、目的はあった方がいい。

「ーーー殺そう、沢山。出来るだけ残虐で、惨酷に摘み取っていこう。希望を、未来を手折(たお)ってしまおう」

描いた未来は屍の山。




屍の頂点に立つ、王となるために。





⿴⿻⿸⿴⿻⿸⿴⿻⿸⿴⿻⿸⿴⿻⿸⿴⿻⿸⿴⿻⿸





道を誤ったふりをして、ある集落を訪れた。

人間の皮を被っているからか、女の出立(いでた)ちが気に入られたのか、恐らくは両者だろう。難無く集落に紛れ込むことが出来た。

本来の姿を見せれば、逃げ惑うはずの人間共が、女の姿で笑んだり泣いたりすれば、面白いことに心奪われて身を寄せてくる。


ーー面白いことだ、本当に、面白いーー


(おれ)を囲み、「大丈夫か」、「怪我はないか」、「腹は空いていないか」と親身に言葉をかける男共の目には、情欲が透けて見える。しかし、獣の如く盛ってくることはない。

永らくのさばっている人間のくせに、よく自制が効くものだ。

それに、男共だけでなく同性でさえ、ぼうっと見惚れているのだから、興味深い。

食糧に興味を抱いたのは、女の存在が根底にあったからだ。

凡愚共に比べると、女は明らかに一線を画した存在と言えた。特異な女を基準に物事を見定めるには、些か問題に思える。

暴力の限りに人間を襲った所で、今のままでは大した絶望を与えられないだろう。

であるならば、人に紛れ込み、より大きな恐怖が集う手段を探れば良い。

(おれ)に傾倒する男の元で「人間」の観察を開始した。

すると滑稽なことに、男は(おれ)の身を心配したふりをしつつ、(おの)が欲に身を任せたのだ。

果ては、求婚ときた。

真の姿を見せれば、どれだけ愚かなことをしているのか、発狂さえすることだろう。

それもまた、面白そうだ。

けれども、まだ時期では無い。

煩わしいながらも、「人間」を観察する為に婚約を受け入れた。男から熱い持て成しを受けながら、人間としての生活を見様見真似で送る。

朝早い時間に起床し、集落で飼っている鶏の卵を収穫して食事の準備、朝食を摂る。その後、各々の役割に応じて、狩猟や採取に出掛けるか、農作業や家事を行う。日が暮れる前には、全員自宅へ戻り、夕食を摂ると一家団欒を終えて眠りに着く。

そして、また一日が始まるのだ。

女の知識が先にあったお陰で、直ぐにこれらにも慣れた。

女は博識でもあったらしく、毒のある物、薬となる物等といった薬草学から、狩猟の仕方まで幅広く網羅(もうら)していた。余すことなく知識を行使して暫く、殆どの集落の住民から「家族」同然に扱われるようになった。

この見目と内包する学識の高さに、嫌悪を抱く者もそうそう居はしないのだから、当然のことだ。

だが、(おれ)()(へつら)い、甲斐甲斐しく世話を焼く男へと、苦虫を噛み潰した顔を向ける奴がいた。

そいつの存在に気付いたのは、集落の者らに夫婦(めおと)宣言を男がした時である。面倒な事だと喋りは男に任せ、笑みを刻み、くだらない時の終焉を待っていた。

その時に香ってきたのだ。


恐怖の香りが。


顔を強ばらせて、此方を見つめる日に焼けた男から、それは発せられていた。緊張して発汗しているのか、すえた臭いが鼻孔につく。

女の姿に変化(へんげ)しているというのに、問題なんてあるはずがない。

ならば、何故、この男は(おれ)に恐怖を抱いているのか。

面白いではないか。

何故、分かった?


ーーコイツを、食ってみようか・・・ーー


「あぁ、フォルス!来てくれたのか、僕は彼女と結婚するよ」

隣でピーチクパーチク喚いていた男が、そいつに声を掛ける。

フォルスという男は、二言三言祝福の言葉を述べると、さっさと(きびす)を返して家へ戻ってしまった。

時間をかけて絡めとっていくのも一興だ。

夫となる予定の男をあしらいつつ、周囲に紛れて日常を送る。


「幸せだ」


と呟く夫を無視してフォルスを監視する。

人口の低い集落でのこと、彼の情報は直ぐ手に入った。


フォルスは、この集落ーースルリカで産まれた。両親は既に他界し、まだ独り身であるフォルスを、幼馴染という夫と住民達が時に手助けしながら生活していた。

彼自身は、働きぶりも真面目な人間で、出会いの少ないこの集落に身を置いているからか、中々、結婚相手を見つける事が出来ずにいるようだ。

フォルスの情報を咀嚼していると、いつも遠巻きに此方の様子を窺っていた奴と接触する機会があった。

それは畑仕事をする夫婦から、子の面倒を頼まれた時だ。

流石に子供の面倒についてとなると、女の中に知識が無い。初めての「戸惑い」というものを感じながら、幼い子供の相手をする。

子供は一人で玩具を持ちながら、何が面白いのかコロコロと笑い転げている。

本当に、なあにがそんなに面白いのか。

柔らかく弾力のある肌、脂も筋肉もそれなりで、食べやすそうだと思わず舌舐めずりして子供へと手を伸ばす。


「ちょっと待った!!今日は俺が坊の面倒をみるから!!!」


それを横から掻っ攫ったのがフォルスだ。

腕に抱き上げられた坊や、周りでさえ、その勢いにポカンと彼へ視線を向けた。

「どうしたの?あんただって、畑があんでしょーが」

「いや、たまには俺も坊と遊びたくてな!!今日くらい、いいだろ?」

夫婦は疑問を抱きながらも、仕事が出来るなら誰が面倒をみようと一緒だと考えたのか、さっさと畑の方へ足を向け立ち去ってしまった。彼の鬼気迫る様子に気圧(けお)されたというのもある。


「・・・・・・もし、私もお相手して頂けますの?」


敵意を向ける獣さえ惹き付ける程の甘い声音を発すれば、フォルスは(かえ)って猫のように警戒心もあらわに身を強ばらせた。

思い通りにいかないものだ。


「・・・・・・っっ!!申し訳ない!今回は男同士の友情を深めたいので・・・っっ。す、すまんがコレで!!」


そう言うやいなや、坊を小脇に抱えて奴は自宅へと姿を消した。

逃げるように、否、(まさ)しく逃げたフォルスの存在に腹が機嫌悪く(うごめ)いた。

獲物を前に、みすみす逃がしてしまった腹立ちに空腹が拍車をかける。

ツンと漂う湿気と土の香りに頭を上げると、灰色の分厚い乱層雲が遠く山の向こうから顔を出していた。







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