【二章】では、怖くない話をしよう
「猿は彼らの見間違いだったかもしれない。若しくは唯の猿だったのかも。それとも、何かを理由に猿を演じた奇人かも・・・・・・。その場合、商人をどうするつもりだったのか、想像するだけでゾッとするものがありますが・・・。まぁ、ここで話しても真実は分からないですね。この商人の話しはここでお終い。でも、別の物語を彼が知っていますよ」
そうして、シリアスはユーリスに視線を向けた。ユーリスは舌打ちして、後頭部を乱暴にかいた。
「俺はコイツみてーに話しは上手くない。チェカ、代わりに説明してくれ」
親指で右隣に座るチェカを指し示し、ユーリスは腕を組んで椅子にふんぞり返る。
「それでは、僭越ながら脳筋の上司に代わりまして、私が引き続き説明させて頂きます」
「なんだとぉ!」と彼女に食ってかかろうとする男を「まぁまぁまぁ」とシリアスが宥める。それらの出来事をチェカはまるっと無視して話しを続けた。
「2週間前に流れの行商人がジャルディナス領のとある集落で死体を発見しました。死者37名、老若男女ーー・・・集落全員が亡くなっています」
私とティアラは息を飲んだ。話の流れがきな臭いものに変わる。
「この集落、数代前の長の名前が由来でスルリカと呼ばれていました。定期的にスルリカへ訪れている行商人はいますが、今回の者は、たまたま道をさ迷って発見したそうです」
そこで商人が見たのは壊滅した集落。
閑散としたそこは腐臭が立ち篭め、蝿や蛆が至る所に沸いていた。
商人は直ぐに下山して町の防衛、治安を維持する憲兵隊に助力を求め、彼等を引き連れスルリカ内部を捜索した。
「他の37名の死者は、全員が自宅で争った形跡もなく死亡。顔見知りの犯行や野盗の仕業とも考えましたが、その線は無いそうです。共通点があるとすれば3つ。1つは、皆、自宅で亡くなっていること。2つ、同居人数によって死に様が異なること」
「―――どういうことだ」
チェカは、瞳に憂いをのせて口を開いた。
ーー食べているか、そうでないかーー
ティアラは顔を伏せた。
皆、沈痛な面持ちで、しかし、誰一人として話を止めることはしなかった。
「そう、食べられていたのです。この時点で、犯人は人間ではなく、野生の動物。若しくは魔獣、魔物であると考えられます。同居の有無によって、独居であれば嬲り殺し、家族がいれば殺した後に食べています。普通の人間では成しえない。いえ、同じ人間だと考えたくない。・・・・・・そして3つ目は、同居人がいる者達は、毒草を煎じたものを飲んで死んでいたということ。それぞれの家庭のテーブルに毒薬が入った湯呑が来客分含めてあったと報告が上がっています。この3つの共通点から鑑みるに、敵は厄介な事に知恵があり、狡猾」
長い溜息を一度吐くと、彼女は眉間を揉み暫く口を噤んでいた。
「ねぇ、少し引っかかるのだけど、人間の仕業では無いのよね?来客・・・ということは、人間が関与しているの?それともーー・・・」
ティアラの眼鏡に映る目が、敵を見定めるように細められた。彼女も薄々気が付き始めたようだ。
「いいえ・・・、人間は関与していません。それは確かです。何故なら・・・先程、集落全員が死亡と伝えましたが、実は1人・・・、生存者がいました。・・・状況が状況なので、喜ばしいと言えばいいのかどうか・・・。生存者の名はフォルス。彼はアルメリア領のモンタニア河辺で今から3週間前に発見されました。彼は全身打撲にその上、肺に肋骨が刺さり、意識不明の重体でした。ですが、手配した治癒士により一命は取り留め、数日前には会話する程度に回復しています」
フォルスが開口一番に発した言葉、「猿に皆、殺された」。
酷い怪我に一種の錯乱状態だったのだろうと、周囲は彼の言葉を信じなかった。それも、彼がスルリカ出身で集落の事件発覚以降は、彼自身が犯人だという疑いを持つ者さえいた。
しかし、結局は彼の言葉を信じるしかなくなった。
敵の正体は猿の姿に似た魔物で、人に化けることができるのだ、と彼は懐から赤茶色の獣の毛を取り出した。それは、事件現場で散乱していたものと酷似していたからだ。
『最初は美しい女の姿、そして次は俺の友に化けていた。アイツは魔物なんて可愛いもんじゃない、化け物だ。俺はそいつから逃げ切るために崖から飛び降りた。・・・・・・半信半疑だったが、俺は飛び抜けて運が良いらしい』
皮肉げに笑う顔は歪み、闇に捕えられ仄暗い眼光をたたえていた。
「彼が言うには、魔物は人化の術を持ち集落の者とも良好な関係を築いていたそうです。恐らく、人化した状況で各家に上がり込んだものと考えられます」
しんと静まり返った部屋に、彼女の言葉が響く。
「ありがとう、チェカさん。さて、情報を整理しますね。旅商人が屋敷で猿を見かけたのが、2か月前の東にあるトゥマーン領。そして、3週間前にアルメリア領のモンタニアでフォルスさんが救助されました。2週間前に迷子の商人が東隣のジャルディナス領のスルリカ集落が壊滅しているのを発見。数日前にフォルスさんからスルリカの情報を得ることができました。ここで漸く、トゥマーン領とスルリカで『猿』という共通点が浮き彫りになったわけです。本当なら、直ぐにでも領主に報告するべき案件なのですが、私の一存で先ずは、『猿』がいたトゥマーン領屋敷へ捜索隊を派遣しました。『猿』が本当にスルリカの犯人と同じか確認したかったというのもありましたし、何か情報が落ちていないかと思いまして。・・・・・・そうしたら、最悪なことに屋敷の中には、白骨化した遺体が13体転がっていました。恐らく、屋敷の使用人達でしょう。『猿』は既に私達が把握しているだけで50名を殺害しています。迅速に領主へ報告・対策を練るとともに、領地の憲兵隊・ギルド・国境防衛軍と協力して索敵・排除しなければなりません」
アルメリア領の東隣りにジャルディナス領が、そしてその隣にトゥマーン領があることを考えると、魔物は徐々にアルメリア領へ近付いて来ていた。
魔物が一度食べ損ねた人間を諦めず、生き残りのフォルスを追って来ているとしたら・・・。
「これ以上の被害を出さない為にも、ジャルディナスとの協力体制を築く必要があるな。・・・しかし、私達はまだ「この話の参加権を得た」理由を聞いていないぞ」
当初、ティアラを目的に孤児院まで足を運んできた彼等は、私の存在に驚いていた。
彼女の護衛も含めてシリアスの家に着いて行ったものの、私に席を外す事を勧めるでも、拒絶するでもなく、当然のように話しを始めたことに肩透かしを食らった気分であった。
シリアスの妻を追い出したのに、私の同席は許した訳が知りたかったが、ここまで来るとある程度予想がつく。
しかし、立場を明確にさせることが、時には必要になるのだ。
「・・・・・・ベルナードさん私はね、ご存知かと思いますが怖がりなんです」




