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【二章】さぁ、怖い話をしませんか




「わー、もう!ベルナードさんもお願いです、争いは止めてください!!私は安心出来る場所で暴力も武器も口論も無く、穏やかな対話と情報共有を求めます!!!私は小心者の一般市民なんですから!!」



シリアスはもう耐えられないとばかりに両手を振って、戦闘の張り詰めた空気を霧散させた。

街長(町長)に着任している時点で一般市民ではなくなっているが、敢えてそこは無視した。

「私も街長(町長)さんに賛成ねえ。正直言って、子供たちがいる場所で抜刀する人も、武器を投擲(とうてき)する人もここには居て欲しくないもの・・・。万が一があれば、決して、逃がさないわよ?」

許さないではなく、逃がさないと断言する所でようやく彼女の大切にしている場所で己の愚行に気付いたギルドの2人は、顔を蒼白にさせた。

と言っても、半分は私のせいでもあるのだが。こういうのは、黙っているにかぎる。

穏やか、しかし、ニコリともせず無表情で最後通告を受けた2人は、かたかたと震えてすっかり肝も冷えたようだ。

ティアラを尊敬しているチェカは、彼女の不興を買い、まるで死んだ魚のような目で絶望している。

女盛の女性がしていい顔ではないので、なるべく視界に入れないようにした。

見られたくないだろう、という私なりの配慮だ。



結局、シリアスの鶴の一声で、彼の自宅で話し合うこととなった。移動しながらブツブツと「ギルドでも良かったじゃねぇか」と文句をたれる男は、先程のショックから大分回復している。

「勘弁して下さいよ〜。厳つい冒険者に囲まれて冷静に話しなんか出来ませんったら。さっきの3人の牽制ですら、私の足は震えて立っているだけで精一杯だったというのに・・・・・・」

そう言い返すシリアスだが、堕鬼(だき)も裸足で逃げ出す実力派であるユーリスになんの気負いもなく意見を貫いている。その根性は大したものだ。

戦いや争いは専門外であろうが、街長(町長)として対等にギルドマスターと関係を築いている。


シリアスの家は、商店街から少し離れた住宅街にある。木造建ての集合住宅、2階の角部屋がシリアスの家であった。


「あら、貴方お帰りなさい」


寝る仕度を済ませたのか、彼の妻はシンプルなデザインの寝間着姿でシリアスに抱きついた。しかし、玄関に控える私達に気が付くと、顔を赤らめて直ぐに抱擁を解いた。

「ごめんよ、リリカ。急なお客さんだから、君はもう寝ていてくれて構わない。因みに、街長(町長)として大事な話しをするから、関係者にしか聞かせたくないんだ」

茶目っ気たっぷりにウインクするとシリアスの妻、リリカは心得たとばかりに笑顔で頷き返し、私達に会釈して早々に寝室へと姿を消した。

「お熱いことで・・・、俺達ホントにここで良かったのか?奥さんに悪いことしちまったな」

「そうねぇ、今度パンでも焼いてお礼をしましょうか・・・」

いくら家主の希望とあれど、夜間の訪問客は誰だとて良い気分では無い。各々、シリアスの妻に遠慮して言葉をかける。

「ははは、大丈夫ですよ。僕の精神衛生上、自宅は譲れません!リリカも私の性格をよく分かっているので、問題ないです」

反面、シリアスは私達に座るよう促すと、己のテリトリーでのびのびと飲み物を準備しだした。リラックスした様子を見るに、罪悪感を抱くのも馬鹿らしい気がする。

用意を終えると食卓を囲み、シリアスは茶を一口含んでから話し出した。


「ーーー先ずですね、これからお話する内容は、商人ギルドの友人から得た情報です。信憑性は保証します」

人差し指を立て、彼は人好きのする笑みを浮かべた。

「商人ギルドでは、皆様ご存知の通り、特定の地域で販売をしたり、各地で商売をしたりする行商人・旅商人や売買を仕事にする者がギルドへ登録するのが常識ですね」

商人ギルドとは、先にシリアスが述べた通り、売買を主として生計を立てる者が登録している。登録するには一定の条件があり(内容については門外不出)、認定試験で合格基準に至った者だけが登録することが出来る。

その為、商人ギルドに登録した者は、それだけで客からの信頼を得られるのだ。露店販売一つにおいても様々な商品、商人がおり、客にボロを売る悪質な輩も存在する。そういった被害者を減らすこと、商人と顧客との問題解決、円滑な経済活動の発展を主として結成された。

ギルド登録が常識と言っても、育てた野菜が余ったからたまに販売するといった不確定販売者や純粋にギルド所属を不要と考える者は、登録していない。そもそも、登録については任意である為、店を持たない者等は行っていないのが現状だ。

因みに、私は面倒臭いと考えて登録も何もしていない方だ。元々、知り合いから引き継いだ牧場であったことと、一定の固定客(顔馴染み)がいることから、登録の必要性を感じなかったのもある。


「さて、ある所に1人の旅商人がいまして、彼は夫婦で各地の農村や山間の集落を回り、人々の娯楽を与える事を目的として商売をしていました。まあ、町や首都から離れてしまえば、娯楽なんてそうそうありませんからね。ちょっとでも王都で流行りの物を見せてあげたり、噂話をしたり、お酒やお菓子なんかも良心価格で販売するような、要するにお人好しだったわけですね」

「前振りがナゲェよ」とユーリスが野次を飛ばしても、「登場人物の背景ってのは、何事も把握しておいて損はないですから」といなして話しを続けた。



旅商人の行路は決まっており、王都から南に進んで雪原のスニエーク領から、国境となる西から東に鎮座するグリモア山脈に沿ってアルメリア領の首都を目指す。この首都まで来ると後は海岸沿いを北上、アルメリア領の北隣の領地、ガザス領に入ると王都へ道成に戻る。

彼らはこのルートを繰り返して、そこここの集落を回り、1人暮らしをする老人を訪ね、時間と信頼を重ねて多くの顧客を抱えていた。

その日も、旅商人は山間の集落を目指していた。

霧も立ち篭める早朝、朝日は射しているが山の中腹から(ふもと)にかけて霧に覆われ、見通しは良くない。

慣れた山道と言えど、視界が晴れない分、時間をかけて先へ進んだ。

旅商人として、いつ山賊等といった野蛮な輩に襲われてもおかしくなく、また、ある程度はそういった危険な場面も経験していることから、神経を研ぎ澄ませていた。

だからだろう、それを発見したのは偶然と言う他なかった。


『おい・・・、あそこに屋敷なんざあったか・・・?』


『・・・あら、本当ねアンタ。・・・・・・あれだけ立派な屋敷は、領主様か貴族とかの持ち物かもねぇ』

普段であればさっさと登って気付くことが無かったろう。細く枝分かれした道が、茂る草木に隠れるようにして存在していた。その先を暫く進んだ所に、自然蔓延る場所にはあまりにも不釣り合いな建物が木々の隙間から垣間見えた。

『金持ちの屋敷ってことは、老朽化を防ぐ為に何人か使用人が住んでいるのかもしれんなぁ』

チラリと発見した道を眺め、最近まで人が使用した形跡が無いのを確認する。

『う〜ん、恐らく無いとは思うが・・・念の為、声を掛けてみよう。こんな山中だ、日用品をきらしちまってたら、直ぐ手に入らんだろうし・・・・・・』

旅商人のお人好しな言葉に妻は、呆れるでもなく相好を崩して賛同した。

『そうだねぇ、困ってたら可哀想だしね』

蜘蛛の巣を枝で除きながら小道を通り、屋敷の前まで来て「コレは誰も住んではないだろうな」と嘆息した。

遠目では分からなかったものの、屋敷は外壁が剥げ落ち、支柱が剥き出しになっている。人が住むにしては、無謀すぎる程に崩壊の危険が高い。

蔦が中に居る人間を閉じ込めてしまおうと壁や窓に這い回り、何処か息苦しささえ覚える。

一言で言えば不気味な印象の洋館に、生唾をゴクリと飲み込んだ。

玄関扉のノッカーで来客を報せてみたが、屋敷は沈黙を返すのみである。

『・・・・・・どうやら、誰もいないみたいだなぁ』

落胆半分、安堵が半分で呟き「良かったじゃない。困ってる人がいないってことよ」と明るく笑う妻の反応を心待ちにした。

舌に残る嫌な感覚を忘れ、一緒に笑い飛ばしてしまいたかった。

しかし、妻はある一点を凝視して、此方の言葉も聞いていない。


妻の見る先へ視線を移すと、洋館の2階の窓に動く影ーー・・・猿がいた。


『・・・・・・・・・なんだ・・・・・・?』


外壁が剥げていることから、何処か壊れた窓からでも山猿が侵入したって可笑しくない。

可笑しくない筈なのに・・・・・・。

猿は夫婦に目を向けて、ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべていた。

人間らしい表情は、ただただ異様に映った。

そうしてどれくらいの時が経ったか、猿はゆっくりとこちらを見ながら窓を通り過ぎていく。隣の窓に、またその隣へと私達という獲物を見据えながら。


此方を目指して。


『に、逃げるぞ!!!』


背筋をゾッとするものが走り抜けて、咄嗟に妻の手を握った。

「逃げなくては」本能と言われるものが呼び起こされ、屋敷から離れようと身体が自然と動く。視界が開けぬ霧の中、元来た道を辿って一目散に麓へ向かった。

今まで野盗に囲まれ、身包みを剥かれた以上の恐怖に駆り立てられ、旅商人は只ひたすらに走った。

漸く人里に降りた時には、二人して抱き合ってお互いの無事を喜んだのだった。

それから、里の者にこの不思議な出来事を語った後、夫婦は周りに惜しまれながら、旅商人を引退した。

今では他所(よそ)の領で畑を耕し、穏やかな生活を送っているという。



「ーーーとまぁ、これが心優しく、そして、どんな危険も経験してきた勇敢な商人の話しです。彼等は今までの生活を捨てる決心をする程、その猿に恐怖したわけですね」

語り終えると、シリアスはカップの茶を飲み干した。





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