猫と太刀
ある日、
「猫丸、大変な事になったぞ」
「どしたん? 八郎?」
「実は大坂城で皆が集められたのだ。
全ての大名達が集まると父上が来て、
『皆を集めたのは、他でもない。余は忍びから、ある噂を聞いたのだ』
『ある噂?』
『久遠寺で数珠丸恒次が盗まれたのじゃ』
『何いいいいいぃぃぃぃぃ⁉』
周りは冷静だったが、加藤殿だけ動揺していた。
『虎之助、落ち着け。そこで、余が考えたのは……数珠丸恒次を手に入れてしまおうかと』
『数珠丸恒次を手に入れるのですか?』
石田殿が冷静に聞くと、父上は笑って、
『そうじゃ。数珠丸恒次を余の元に持ってくる事が出来るのならば、この義元左文字……と薬研藤四郎をやろう』
『おおおおお‼ 上様の刀‼』
蒲生殿が大喜びしていたが、父上は加藤殿に向かって、
『ちなみに虎之助、お主が数珠丸恒次を手に入れたのならば、そのまま、お主の物にしてもいいぞ』
『えっ⁉』
加藤殿の声には、嬉しさと動揺が含まれていたな。
『さあ、八郎以外は皆、外に出るのじゃ!』
こうして皆が出て、私だけが残されたのだ。
私と父上だけになると、父上は真剣な口調で、
『八郎よ。実は盗んだ賊と言うのは、イルカの中に入ったと言うのだ』
『イルカですか⁉』
『そうじゃ、イルカなのじゃ』
父上は嬉しそうに笑っていた。
『もしかしたら、以前、三日月宗近を盗んだ二人かもしれぬ。それならば、また見事な名刀が手に入るかもしれん』
『……と、言う事はもし、奴等が刀を手に入れているのなら、それを奪ってこいと?』
『名刀かどうかは孫七郎に見せる。八郎達は気にせず、全て奪ってくるのじゃ!』
『はっ!』
『…………』
顔を見上げ、父上の目を見ると鋭くなっていた。
『ち、父上?』
『八郎。猫達にも言うのじゃ。絶対に折ってはならぬぞ』
『しょ、承知しました』
数ある大名の中で我々に期待されたのだ」
「また、ヤツらから刀を奪ってこい、って事だろ」
「そうだ。またイルカを見つける事だ」
「分かったけど、何で、虎之助さんは動揺しているんだ?」
「それは、久遠寺は日蓮宗の総本山なのだ」
「日蓮宗⁉ 日蓮宗って言えば、虎之助さんが熱心に信仰している宗教やないか‼」
「そうだ。数珠丸恒次と言うのは、日蓮宗の開祖である日蓮上人の破邪顕正の剣と言われる太刀なのだ」
「そんなすごい太刀なら、確かに悩むな」
「くくく……これを売ったら……」
エリンギの顔が悪人面風の表情になっている。
「……エリンギ。まず、猫のお前じゃ持ち逃げされるのがオチだぞ」
「バカ猫‼ 持ち逃げされるか‼」
エリンギが見た目通り邪な事を考えていると、八郎が、
「猫丸はどうする? 数珠丸恒次はどうするべきだ?」
「オレだけなら、返すべきやけど……八郎、八郎がやりたい様にしたらいいさ」
「そうか。では、その様にしよう」
八郎は嬉しそうに笑って、オレを見つめた。
「ああ。じゃあ、オレ達で探しに行くか?」
「そうだな。聞いてみる事にしよう」
「俺は雌猫に聞いてくる」
と言ったエリンギの表情はスケベオヤジになっている。
「エリンギ、ナンパするなよ」
「何ぃ⁉ 可愛い雌猫に声かけようと思っていたのに!」
「ナンパじゃなく、ちゃんと聞けよ!」
「ふん」
エリンギが不機嫌そうに出て行くと、オレも、
「じゃ、八郎。オレも聞いてくる」
「頼んだぞ。猫丸」
出て行き大坂の町に飛び出した。
「う~ん。聞き込みより……」
まず、あの人の屋敷に行ってみよう。
「虎之助さん。います?」
「おお! 猫か。どうした?」
虎之助さんが上機嫌でオレを迎えてくれたので、あの事を聞いてみる事にした。
「虎之助さん。数珠丸恒次の事ですが——」
「ああ、数珠丸恒次か? 宇喜多殿から聞いたのかぁ?」
「はい。大まかな事は」
「で、俺に聞きたい事は何だ?」
「虎之助さんは、数珠丸恒次をどうするのですか?」
虎之助さんは困った表情になり、
「……そうだな。確かに悩む所だ」
「悩みますか?」
虎之助さんは顎に手を当て、少し考えてから、
「返すべきか。手元に置くか。手に入れてから考えるさ」
「手に入れてからですか。……もし、オレ達が手に入れたら?」
「それなら、猫達で考えろ。俺は、あの馬鹿が手に入れなければいい」
「あー。そうですかー」
オレ達が手に入れてもいいんだ。
「まあ、上様の命令だ。皆、探しているのは同じだ。誰が最初に一番に見つけるか、と言う話だ」
「そうですね。オレ達も探している身ですからね。ありがとうございました!」
「俺の事は気にするな。先に見つけたら見つけただけの事だ!」
「はい!」
虎之助さんの屋敷を出て、町中を散策した。
「んーと、誰に聞こうかなー?」
誰に聞こうか考えていると、
「饅頭いらんかなー! 美味い饅頭やでー!」
「あー」
いつの間にか、顔を隠して威勢のいい声で饅頭を売る饅頭屋のお姉さん(ちなみに素顔は美人)の店の目の前に来たようだ。饅頭の味は絶品やけど、あのお姉さん、タダで饅頭を食わせて代金の代わりに、オレやエリンギをタダ働きさせるからな。
時々、報酬に饅頭をくれる事もあるけど……。
「でも……」
いつも賑わっているが、今日の饅頭屋には更に沢山の人の山になっている。
「何があったんや?」
不思議に思って、人込みをかき分け、饅頭屋を覗いて見ると、
「あっ⁉」




