24話 勇者、女神に攫われる
「ええい、勇者とやらはまだ目覚めんのか!」
丸々と肥え太り、これまた煌びやかな衣服を纏った男が、ドスドスと床を踏みしめながら城内を歩いていた。
「し、しかし、勇者様はまだ眠ったままで……」
「構わん! 顔を見るだけだ!」
ぐへへ……と心の裡で舌なめずりをする男。
(聞けば、勇者とやらはまるで女のような顔をした美少年だという話ではないか。だとしたら、今のうちに唾をつけておけばなるまいて)
とか思っているんだろうな……と、隣を歩く衛兵は溜息を吐いた。
この男、国内ではそれなりの権力を持つ貴族である。それに加えて、この男はその筋では有名な小児愛癖の持ち主でもあった。
他人の趣味をどうこう言うつもりは無いが、この男に関われば幸福よりも不幸の方が割合高いんじゃないかと思われる。
だからと言って、自らの地位と横を歩く男の地位を比べると……決して関わるべきではないと思う。
勇者と言われている少年の未来を思うと不憫ではあるが、自分如きの立場の者が、下手な正義感を発揮してどうにかなるものではない。下手をすれば物理的に首が飛ぶし、自分にも養わなくてはならない家族というものがあったりするのだ。ここは見て見ぬふりをするのがベストであろう。
ぐへへ……とニヤニヤした笑みを浮かべながら、貴族の男は意気揚々と勇者の眠る部屋の扉を開いた。その時であった―――
ドゴォン! とまるで雷が落ちたかのような轟音が響き、まるで台風の如き風が室内から吹き荒れる。その風をまともに浴びた貴族の男は、軽く吹き飛びそのまま尻餅をついた。
痛みに顔をしかめ、自分をこんな目に遭わせた存在を睨み付けようとする。
「お、おのれ! この私を誰だと思って―――」
「グオォォォォォッ!!」
扉の向こうからさっきの轟音と同じような大音量の咆哮が轟く。
衛兵がその中を覗いてみると、勇者が寝ていた筈の部屋は窓側の壁が破壊されており、外が丸見えの上代であった。
その外に存在しているのは、10数メートルはある赤いドラゴンである。
圧倒的存在感と、睨んだ者を全て燃やし尽くすかのような鋭い眼光を目の当たりにして、貴族の男はそのまま失神した。ついでにじわりと床が濡れたが、そんな事に構っている余裕は無かった。
ドラゴンである。
伝説の存在であると言われたドラゴンである。
それが目の前に存在するのだ。
でも、何故ドラゴンが城を破壊する? ドラゴンは先の戦いにおいて、魔王軍と敵対していたのではなかったのか?
あまり事態に身体が硬直していたが、やがてそのドラゴンの背の上に立つ存在に気が付く。
金色の髪をそれこそ足元まで伸ばした神々しいオーラを纏う美女だ。
それもただの美女ではなく、身体が発光している美女だ。
それだけ見てもただの人間では無いと分かるし、衛兵はその美女に見覚えがあった。
いや、この国……この世界に住まうほとんどの人間が知っているだろう。
その美女こそ、世界を創造した神の一柱……女神ヒルダゲーテなのである。
女神の存在も勇者やドラゴンと同様に伝説ではあるのだが、その姿は教会の壁画や絵本等によく描かれており、この国の誰もが目にした事があった。
雷鳴のような爆発音で王都に住んでいて、屋外に居たほとんどの者がそこへ目を向けただろう。しかも、ドラゴンの破壊行為によって城を囲む城壁の一部が破壊されてその光景が丸見えとなっている。
王城の空を飛ぶドラゴン……その背に立つ女神……結果的に、国中のほとんどの者がそれを目にしたのだ。
『愚かなる人の子らよ―――』
女神が口を開く。
大声を上げたようには見えないのに、その声は城下においてその光景を眺めていた者達にもしっかりと届いたのだ。
レイやカリンならば、まるでスピーカーで通したかのような大音量であったと言っただろう。
『勇者をこの地に遣わしたのは、闇の世界の者達に対する力とする為、この世界に住む者達の希望とする為……決して、一握りの者達の剣とする為では無い』
その言葉を聞き、城に住まう一部の者達は顔を引きつらせた。
『この地に住む者達は勇者を己の為の剣にしようとした。それは決して許されぬ、恥を知るがいい』
『勇者は別の地で、魔の者達に対抗する為に力を付けさせる。
いずれ、完全なる力を身に着けた勇者が、この世界に現れるだろう。
それまで、希望を抱いて待つが良い―――』
その言葉を残し、女神はスーッとまるで溶けるかのように消えて行った。
また気づけば、赤いドラゴンがその背に勇者の子供を乗せていた。少年は意識が無いのかぐったりとしている。
ドラゴンは雷鳴の如き雄叫びをあげると王都の上空をぐるりと一周し、やがて視認できない程のスピードで去って行った。
王都の者達に希望をもたらせた勇者は去った。
その落胆は激しかったものの、連れ去った者が女神ならば仕方ない。むしろ、女神の姿を生きているうちに見る事が出来て幸せを感じる者も多かった。
問題は、女神によって糾弾された者達だ。
名指しこそされなかったものの、勇者を世界ではなくこの国の為だけの剣にしようと画策していた事がばれたのだ。
あの会議に顔をそろえていた者達は再び集まり、互いに罵り合った。
「馬鹿な! 何故あの話がばれた!?」
「誰が漏らしたのだ! 貴様か!?」
「ふざけた事を言うな!」
「ええい誰だ! 正直に白状しろ!!」
「いい加減に落ち着くのだ! 相手は女神ビルダゲーテだぞ! 誰が漏らしたとかそういう話では無いのだ」
「で、では何か……この場のこの会話すら女神には筒抜けだというのか?」
「女神だからな」
「ま、まさか本当に女神が存在するとは……」
「神達は地上から去ったのではなかったのか!?」
「例外はあるのだろう」
「おのれ……勇者などに関わらなければ……」
この女神降臨事件は当然ながら目撃者も多く、教会や他国に対しても誤魔化せるものではなかった。
ブルーネ王国は当然厳しく叱責を受け、この悪徳大臣たちは処分を受ける事になるのだが、それはまた別の話だ。
◆◆◆
『うおお、かなりMP消費したぞオイ!』
ブルーネ王国の王都より少し離れた森の中、ひたすらにじゃれついてくるドラ子達によってされるがままになりながら、俺は自分の状態を確認した。
以前テレポーテーションを使用した時程ではないが、ごっそりと消えていた。
一体何のためにこんなにMPを使ったかと言えば、大体想像つくかと思うがさっきの女神様の幻影魔法である。
はい、さっきのお城の上空に出現した女神様は当然ながら本物では無く、俺がホログラムによって映し出した幻影であります。
どうも、俺の姿を映し出す事は出来ないが、それ以外の幻影であるならば実現可能みたい。
ただ、幻影を通して人に触れたり物を動かしたりするのはアウト。そして、声を伝える事もNGみたいだ。
……ん?
ならば、あの女神様の声はどうやったのかって?
「と、ところで僕の言葉って変じゃなかったでしょうか?」
『すっごい良かったよぉ! もっと酷いと思ってたもん!』
『おう、大したもんだ』
「む、昔から……村の小さい子供たちに絵本を読んだりしてあげてましたから……。演劇も、ごっこ遊び程度なら経験があります」
『ごっこ遊びであれか……』
『ううむ、世界が違うなら立派な役者さんになったろうね』
そう、声優をやってもらったのは唯一生身の肉体を持つ人間であるエリス少年である。
彼の声を加工して、更に王都全域に声が届くまでにしてあげました。
「それにしても、女神様の名を勝手に騙るなど……本当に良かったのでしょうか?」
『いや、俺は別に女神の名を騙ったつもりはないぞ』
「え?」
『君のイメージにある女神様の姿を参考にはさせてもらったが、俺自身は女神の名前を口にはしてないものな。あくまで、あの姿を見た者が勝手にそう思っただけだ』
「は、はぁ……」
少年としては、納得は出来ないまでも理解はしたようでコクコクと頷く。
まぁ、詭弁だけどね。
ただ、あの場において比較的穏便な形で城を抜け出す方法はあれが一番だったと思う。あくまで俺の中ではね。
力尽くやこっそり逃げ出した場合は、国中大捜索されるだろうし、下手したら指名手配だ。
王国側が勇者をただの兵器として利用している状況では、穏便に……ってのはまず無理だろう。
魔王軍に連れ去られたってパターンも想像したが、その場合だと正義感の強い騎士だとか冒険者だとかが決死隊を結成して魔王軍に殴り込みかねないものな。
だから、連れ去られたことは連れ去られたが、それが信頼のおける者……勇者と同じ伝説に生きる存在である神ならば文句も出まい。ついでに城の奴等の悪巧みも暴露出来た。うむ、割とすっきりしたぞ。
「そ、それにしても……」
エリス少年は、戸惑いながらも俺の周囲に存在している赤、白、青の物体……ドラ子達を改めて眺める。
「ほ、本当にドラゴンなんですね」
『おう、本当にドラゴンだぞ』
『可愛いでしょう~』
城から脱出する際、カリンさんを連れたままだとサイコキネシスが使え無い為、空を飛ぶ為の手段としてうちの子を召喚したのだ。
一番オーソドックスなドラゴンの見た目であるからケルヴィンだけを呼んだのだが、念話ではセラフェイムとソロネも一緒に来たがっていた。気持ちは分かるが、脱出する際に何かアクシデントがあっても困るので二竜にはそのまま待機してもらったのだ。
よって、久々の再会である今はこうしてひたすらにじゃれつかれている。
『紹介しとこう。レッドドラゴンのケルヴィンだ』
『一番お兄さんなんだよー』
「がうっ!」
よろしくな!とばかりに胸を張るケヴィ。ううむ、でかくなっても可愛いのぉ。
『リトルエアロドラゴンのセラフェイムだ』
『お姉さんだよー。綺麗でしょう』
「きゅい!」
ぺこりと頭を下げるセラ。ううむ、礼儀正しい。
『リトルシードラゴンのソロネだ』
『一番下の子だねー。この子も格好良いよね』
「ぐ、ぐぅ」
ソロだけはちょこっと警戒心を残したままに軽く会釈する。相変わらずの人見知りめ。
「よ、よろしくお願いします!」
エリス少年はドラ子達に向かって深々と頭を下げる。
うむ、礼儀正しい子である。やがて、セラがちょこちょこっと近づいて、ベロンとその頬を舐めた。
当初はびっくりした様子の少年であったが、恐る恐るセラの頭を撫でると、その温かい感触に頬を緩める。
おおう、微笑ましい光景である。
『さて、とりあえずは少年の家まで送るとするか。弟子云々の話はそれからだ』
少年もいい加減に家族に会いたいだろうし、落ち着きたい気分だろう。
そう言って少年の肩にポンと手を添えると、何やらもじもじした様子で上目遣いにこちらを見上げる。
カリンさんが『うぐぉ! か、可愛い!!』とか言ってるけどとりあえず無視っす。
「あ、あの……ずっと言いそびれていた事があるんですけど、言ってもよろしいでしょうか……」
『おう、なんだ?』
言いそびれていた事ってなんじゃらほいとか思っていると、予想だにしていなかった爆弾の如き言葉がエリスの口から放たれる。
「ボク……少年じゃなくて、一応は女なんです」
『んが?』
『はえ?』
慌てて確認してみる。
名称:エリス
性別:♀
種族:人間族
HP:15/15
MP:5/5
筋力:L
魔力:K+
耐久:M
敏捷:M
……あ、マジで女の子だった。
気づいている方もいるかと思われますが、随分前からステータスの女の子表記はしていました。




