鵺の鳴く夜は恐ろしい
山場の前に少し軽い話を入れ、四天王の中で最弱?の浄弁を出しておいた。
我らが和歌四天王は皆、歌僧である。歌僧の役割の一つが情報網である。
幕府の極秘情報を聞き出して宮中に伝えることもあれば、ガセの情報を市井にばらまく事もある。四天王の一人、浄弁は青蓮院法印であり、こうした仕事が滅法強かった。主、二条為世が私と浄弁を呼んだのも、そうした役割を期待してのことだ。
主が言ったことは単純である。最近、都は夜間の治安が悪すぎる、なんとかいたせ。そういう話であった。
私は答えた。
「鵺はいかがでございましょう?」
鵺は恐ろしい怪物であると信じられたもの。その実体はトラツグミという気味悪い声で夜啼く鳥であり、その声を聞いた者は魂を持って行かれると信じられたのである。
「鵺か!」
「左様。“近頃、鵺の鳴くのを聞いた”“鵺の声を聞くと魂を持っていかれる”そのような噂を流すのです。皆恐ろしくなり、夜討ち、盗賊どもも出歩くのを控えるでしょう」
「ふむ。それならば浄弁、頓阿、任せたぞ」
「ハッ!」
「浄弁、“天台宗、真言宗の僧らはそれから逃れる方法を知っている”との補足情報を忘れずにな」と、私は付け加える。
主が「お前ら、ちゃっかりしとるのう」と笑った。
天台宗・真言宗は古くからあり朝廷にも厚く庇護されてきたが、鎌倉幕府が出来た頃から浄土宗や禅宗に押されて活躍の場が少なくなっていたのである。とはいえ、それに不満をもって暴れることもあり、かえって疎んじられることも多かった。
「では我々、四天王にお任せを!」
「しかし、噂が効き過ぎて宮中の者も出歩きづらくなるかのう」
主の心配は尤もである。
「ご心配なく」
そう言って私は歌一首をしたためて渡す。
ぬばたまの やみにあやめも わかぬゆえ 喚子鳥とて 子をな呼ばひそ
「鵺鳥の声を聞いたならば、この歌を唱えればひとまず安心である。そう言っておけばよろしゅうございます」
「しかし喚子鳥とはカッコウを指すもので、夜は鳴かぬぞ」
「世間にはこの程度の矛盾を持たせた方が通り良いのです」
「盗人どもがこの歌のことを聞きつけたら何とする」
「この歌は言霊が仕組まれておる故、盗みなす者、人を殺した者には効かぬと伝えれば良いでしょう」
「はてさて、まこと、言の葉は便利なものよのう」
主はそう言って笑ったのである。
後に兼好が記した『徒然草』の第二百十段には次の通り書かれる。
「喚子鳥は春のものなり」とばかり言ひて、如何なる鳥ともさだかに記せる物なし。或真言書の中に、喚子鳥鳴く時、招魂の法をば行ふ次第あり。これは鵺なり。万葉集の長歌に、「霞立つ、長き春日の」など続けたり。鵺鳥も喚子鳥のことざまに通いて聞ゆ。
ここに出てくる『喚子鳥』の正体は私の仕組んだ<古今伝授>に関わることになるが、それについてはまた後日の話としよう。




