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十七歳の冒険・1972夏  作者: freedomlife
第2章 山あり谷あり
7/7

7.夜行列車にて

 ルミは電車を何本も乗り継ぎ、東京駅から岐阜県の大垣駅まで行く夜行列車に乗り込んでいた。

 慣れない東京都内の電車乗り換えに手こずり、東京駅では新幹線に乗るだけの手持ち金が無くて改札前で立ち尽くしていた所、見るに見かねた駅員から、この夜行列車に乗ればルミの手持ち金の範囲内で京都方面に行けると言われた。

 夏休み中ということもあり、電車内は学生などで大混雑で、通路にまで座り込む客の姿もあった。一升瓶を持ち寄り宴会をしている学生サークルやトランプに興じる女子学生グループがいて、あまりの騒がしさに落ち着いて眠れなさそうな雰囲気だった。ルミの真後ろの席では、数名の若者たちが手拍子を打ちながらよしだたくろうの「人間なんて」を大声で合唱していた。この歌はギター片手に訥々と弾き語るからこそ身に染みる名曲なのに、声を上げて明るく楽しく合唱するのを聴かされると、原曲の雰囲気を台無しにされたようで腹が立って仕方がなかった。

 四人掛けのボックス席に座るルミの真向かいには、小奇麗な水色のワンピースを着こんだルミより年上と思しき女性が、そしてルミの隣には、髪を無造作に伸ばした花柄のスモックにジーンズ姿の少女が座っていた。


「お嬢さんはどちらに行かれるの?」


 真向かいの女性は、大きな花柄の入った水筒を手にしながらにこやかな表情で尋ねてきた。


「京都ですけど……」

「旅行で?」

「いえ、映画に出演するためです」

「へえ、すごいね。何の映画なのかしら?」

「青春映画……みたいです。恥ずかしい話、まだシナリオをもらってないので、詳しくはよくわからないんです」

「でも、そんなお若いのに映画に出られるなんて出来ることじゃないわよ。見た感じ、まだ高校生かな?」

「はい、東北の田舎町の高校に通っています」

「私も東北出身だよ。山形から集団就職で東京に出てきたの」

「集団就職?」

「うん。実家は農家なんだけど年々収入が減って生活が苦しくなるばかりでね。中学卒業と同時に東京の縫製会社に就職したんだ。同級生で地元の高校に進学した子がいたけど、お金のことを気にせず勉強できるあなたみたいな人たちがうらやましかったなあ」

「うらやましい? 高校って、すごく退屈な場所ですよ。来る日も来る日も大学受験のための勉強ばかりで張り合いないし、学校は学生運動を警戒していろんなことを規制してくるし」

「それでもいいじゃない。勉強できる環境にあるんだもん。いいなあ、高校生。青春真っ盛りだよね。私は青春時代もないまま結婚することになりそうだから」

「結婚ですか……」

「そう。私、会社の同僚と近々結婚する予定なんだ。その人は今名古屋の工場に配属されていてね。これから会いに行くところなのよ」

「じゃあ、これから名古屋に?」

「そう。みんながまだ寝ている頃に到着するみたい。あなたたちのこと起こさないように、そーっと出ていくから心配しないでね」


 女性は笑いながら目配せすると、水筒の水をゆっくりと口に流し込んでいた。


「私たちのことなんか気にしないでよ。勝手に出ていけば?」


 突然、ルミの隣に座っていた少女がうなるような声を上げた。


「あんたはたまたま私と一緒の座席に居合わせただけの人だ。私の人生には何の関係もない。だから、変に気なんか遣わないでいい。反吐が出るからさ」


 そういうと、少女は長い髪を掻き分けて大きなため息をついた。


「あなたはどこに行くの?」

「知らない。家から遠く離れた所に行きたい」

「お家はどこなの?」

「東京。武蔵野市ってトコ」

「へえ、良い所じゃない。吉祥寺とかすごく栄えているし、井ノ頭公園にはデートで行ったことがあるわよ」

「ちっとも良くないよ。学校も親もうるさいしさ。早くあそこから逃げたいよ」

「……ご両親は心配しないの?」

「するんじゃないの? でも、自業自得だよ。自分たちのエゴで私を苦しめたのが悪いんだ」


 そういうと、少女は髪をだらりと下げ、膝を抱えて顔を伏せた。


「何か夢とかはないの? やってみたいこととか」

「ないよ。少し前までは歌手になりたいって思ってたけど、親に猛反対されて。成功するのは才能のあるごく一部だけだって……」


 少女は顔を伏せたまま、悲痛な声でつぶやいた。少女を不憫に思ったルミは、少女の肩に手を置いて、髪を搔き分けながら微笑んだ。


「やってみたらいいんじゃない?」

「はあ?」

「私も一応だけど、将来俳優になりたいって思ってるの。親には反対されたけど、それでもやりたいと思ってここまでやってきたの」

「ふーん」

「失敗するかもしれないし、自分の至らなさを思い知らされるかもしれない。でも、それでいいの。自分の気持ち、もう一度ちゃんとご両親に伝えてみたら?」

「うるさいな」


 少女は垂れ下がった髪の隙間から、鋭い目線でルミを睨んでいた。


「私の家のことなんか何も分からない癖に、偉そうに……」


 少女の語気は次第に強くなってきた。握り締めた拳は震え、隣に座るルミに今にも殴りかかろうとしている様子だった。喧嘩腰の少女に対し、ルミは我慢の限界に達し、その場で立ち上がって、腰に手を当て少女を睨みつけた。


「あんたこそ、若いのに世の中の何が分かってると言うのよ?」

「分かってるわよ。親のすねをかじりながら生きて、映画出演とか呑気なこと言ってる人間よりはね」


 二人がいきり立つ様子を見て、周囲の椅子の乗客は雑談を止め、一斉に視線を二人に向けた。すると真正面に座った女性が、とっさに手を伸ばして殴りかかろうとした少女の手を掴んだ。


「やめなさい。あなたの隣のお姉さんはこれから撮影に行くのよ。ここで喧嘩して、もしお姉さんが怪我してせっかくのチャンスをフイにしたらどうするの?」

「知るかよ。あんたたちの人生なんか、私には関係ない」

「言いたいことは分かるけど、これだけは何があっても許さないから」


 女性は徐々に手に力を込めて少女の手を握ると、少女は「ちくしょう」と吐き捨てるように言い、拳をだらりと下げた。


「さ、夜も遅いことだし、もう寝ましょ」

「はい……すみません」


 気が付けば、賑やかだった車内は出発当初よりも静かになっていた。

 朝早く自宅を出て、ここまで何本も電車を乗り継いできたルミは、慣れない旅の疲れから次第に意識が遠のいていった。ぼんやりする視界の向こうでは、女性が眠ることもなく文庫本を読み続けていた。そして時折、小さな声で少女と何か言葉を交わしているのが耳に入った。何の話をしていたのかは、意識朦朧としたルミの頭の中には入ってこなかった。


 翌朝、夜行列車は大垣駅に到着した。

 下車の準備で周囲の席が俄かににぎやかになり始め、その物音に気付いたルミはようやく目が覚めた。


「おはようございます、昨日はありがとう……あれ?」

 対面にいた女性は既に下車し、さらに隣に座っていた家出少女も姿が無かった。

 女性は名古屋で下車すると言っていたが、少女は一体どこで下車したのだろうか?

 ちょうど電車内を見回っていた車掌の姿を見つけたルミは、大きなリュックを背負いながら問いかけた。


「あの……私の隣にいた髪の長―い女の子、どこで降りたか知りませんか?」

「うーん……下車するのを直接見かけた記憶はないなあ。豊橋駅を通過した時に一度車内を巡回したけど、その時はまだ居たかな?」

「ということは……ひょっとしたら、名古屋駅で?」

「かもしれないね。名古屋駅で下車した人は結構居たから、その中に紛れていたかもしれないよね」


 ルミは何となくだけど、合点がいった。

 おそらくあの女性とともに名古屋駅で下車し、婚約者のもとへ一緒に連れて行ったのかもしれない。少女と話をしていると、彼女には誰かが傍にいてあげる必要があると感じていた。ルミに演劇の世界を教えてくれた照代や、ルミの夢を支えようと一緒に頭を下げてくれた則夫のように。


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