第9話 解決したわだかまり
「すみません。またこんな夜分に訪ねてきてしまって……」
「いいえ、それは問題ないわ。というか、お互いにこの時間くらいしか空いてないのだし仕方ないと思うわ。特にあなたの方は、メイドとしての仕事があるのだし」
ランパーに注意してからしばらくして、私の元をラナーシャが訪ねてきた。
彼女は、嬉しそうにしている。それはこれから話すことが、嬉しいことだからなのだろう。
それによって私は、事態がいい方向に向かったことを理解した。故に私も、つい笑顔になってしまう。
「あれからランパーとはどう?」
「お陰様で、ランパーさんの態度は柔らかくなりました。もちろん、まだ固い部分はありますけど、でも明確な壁はなくなったような気がします」
「そう。それは良かったわね」
ラナーシャは、私が考えていた通りのことを話してくれた。
どうやら、私の注意でランパーは考えを改めてくれたらしい。
そのことに私は安心する。言い過ぎたかと思ったが、あれで適切な対応だったようだ。
「やはり、アラティア様の言葉が響いたようですね」
「そうのかしらね?」
「はい、そうです。ランパーさんがそう言っていましたから間違いありません」
「あ、本人がそう言ってたのね……」
「ランパーさん、また私に謝ってきたんです。急に態度を変えて、ごめんなさいって。それで、そのままアラティア様の話をして……」
ラナーシャの言葉に、私は少し驚いていた。
なんというか、ランパーは本当に真面目である。そういう部分は、別に言う必要なんてないのに包み隠さず言う所は、なんとも彼らしい。
「ランパーさんは、どこまで真っ直ぐな方なのですね。私、段々とそれがわかってきました」
「ええ、それはあの子の美徳ではあると思うわ。まあ、欠点でもあるのだけれど」
ラナーシャは、とても嬉しそうにランパーのことを語っていた。
彼女にとって、彼は初めてできた対等に話せる友達ということなのだろうか。その親しみが、彼女から伝わってくる。
「ランパーさんが言っていました。アラティア様は尊敬できる人だと」
「あら? あの子がそんなことを言っていたの?」
「ええ、私も思っています。アラティア様は、素晴らしい方です。私もあなたのような女性になりたいとそう思います」
賞賛の言葉をかけられて、私は思わず固まってしまった。
こんな風に褒められるなんて初めてのことだ。正直とても嬉しい。
ただ、どういう反応をすればいいのかがわからなかった。浮かれたことによって、考えがまったくまとまらない。
「ありがとう。そう言ってもらえるの嬉しいわ」
結局私から出てきたのは、月並みな言葉だけだった。できることなら、もう少ししゃれたことを言いたかった所である。
やはり私もまだまだ未熟者ということだろう。これからもランパーやラナーシャに尊敬してもらえるように、精進していくとしよう。
「ああそういえば、ラナーシャは今回のことをマグナス様に話していなかったのよね?」
「え? ああ、そうですね。はい。マグナス様には、今回のことは話していません」
褒められて照れ臭かったため、私は話題を転換した。
しかしそれは、普通に気になっていたことでもある。ラナーシャがマグナス様に伝えていなかったということ。それは私にとって、結構意外なことだったのだ。
「彼にも一報入れているものかと思ったけれど……」
「その、お兄様にあまり心配をかけても仕方ないと思ってしまって……」
「……気を遣ったということ?」
「そういうことではありません。アラティア様に相談できましたし、必要ないと思ったんです」
私の質問に、ラナーシャは少し躊躇ったような表情を見せた。
それは、質問が図星だったことを表しているような気がする。つまり彼女は、やはりマグナス様に気を遣ったのだろう。
あまり心配をかけたくないという気持ちも、頼り過ぎたくないという気持ちも理解はできる。
ただ彼女の場合、少し心配な点がある。実家にいた時も、そうやって気遣って相談したことがあったのではないだろうか。私の頭に、嫌な考えが過る。
「……ラナーシャ、あなたは今までもそうやって気を遣ったことがあったの?」
「……」
「あったのね? それも実家で……」
「……はい」
遠慮がちに頷くラナーシャの表情は暗い。それは気を遣った結果、何かしらの被害を被ったからなのだろう。
彼女の母、ドルピード伯爵夫人はかなり悪辣な人物である。故に被害は、おぞましいものであったはずだ。
「ラナーシャ、今回の場合はそれで良かったかもしれないけれど……いざという時は、助けを求めないと駄目よ?」
「……わかっています。でも、どうしてもお兄様方に迷惑をかけたくないと思ってしまって」
「気持ちはわかるわ。だけど、それは良くないことよ。自分自身を追い詰めるだけだもの」
「そうなのでしょうか……」
「ええ、そうなのよ」
辛い環境にありながら、ラナーシャはそれでも我慢していたのだろう。
マグナス様やもう一人の兄に迷惑をかけたくない。その一心で、二人に言わなかったことがあるのだ。
ただそれは、相談しなければならないことである。彼女の場合は、そうしなければならない。なぜなら我慢した結果、最悪の結果になる可能性もあるから。
「不思議です。やはりアラティア様の言葉には、力があるのですね……」
「……いえ、そんなに口が上手い訳ではないけれど」
「………………一つ、今でもずっと抱えていることがあるんです」
「え?」
ラナーシャは、かなり間を置いてから言葉を発した。
その言葉に私は驚く。彼女の表情には陰りがある。そんな彼女が抱えていることは、何か重大な秘密であるような気がする。
「でもこれは、ドルピード伯爵家を揺るがすことです。だから、お兄様達には言っていませんでした。ただこれはきっと、重大なことです」
「……それは一体?」
「私の実の母は……殺されたんです」
「殺された?」
私は、ラナーシャの顔を真っ直ぐに見つめていた。
彼女の瞳の中には、暗い感情が見える。それは私をずっと支えているものと、同じ感情であるような気がした。
「聞いてしまったんです。ドルピード伯爵夫人が話しているのを……私の母を殺したと、彼女は確かにそう言っていました」
「……」
「もちろん彼女は母を追い詰めていましたから、そういう意味なのかもしれません。でも、私は思っています。夫人が私の母を――方法はわかりませんが、殺したのだと」
ラナーシャは、真剣な面持ちで私にその事実を伝えてきた。
その発言に、私は驚いていた。内容はもちろんのこと、私と同じであるという点についても。
元々私達は似た境遇だと思っていたが、そこまで一致しているとは驚きだ。
もっとも、彼女の場合は夫人から聞いているという大きな違いがある。私のぼんやりとした疑いと同じにしては失礼かもしれない。
「この事実を、お兄様方には伝えていません。これを伝えることによって、ドルピード伯爵家が崩壊する可能性があるからです」
「……でも、あなたの本心は違うのね?」
「ええ、もちろんです。私は……母を殺した夫人を許したくはありません」
ラナーシャは、悲痛な面持ちであった。今まで気遣って我慢してきたことが、その表情から伝わってくる。
そんな彼女になんと言葉をかけるべきか、私は考えていた。二人に事実を伝えろというのは簡単だ。しかし、その発言を私がするのはひどく無責任であるようにも思えた。
夫人の過去の罪を暴くというならば、私自身も覚悟を決めなければならないだろう。
しかし、私にそんな資格があるのだろうか。何れこの屋敷を去るというのに。
「一つだけ、あなたに伝えておきたいことがあるの」
「伝えておきたいこと?」
「ええ、私の過去の話はしたわよね? 私もね、思っているのよ。母が父に殺されたのではないかと……」
そこで私は、先に自分が抱えている事情を話すことにした。
それを話すことによって、私自身の心も整理することができると思ったからだ。
その説明に対して、ラナーシャは目を丸めている。やはり彼女も驚いているようだ。
「私の方は、ただの疑いでしかないわ。あなたのように、何かを聞いただとかそういう訳ではない。でも、父ならやりかねないと思っているの。あの人は冷酷だから……母以外に彼が手にかけた人物は、知っているしね」
「……」
「私とあなたは、きっと同じなのでしょうね……私は必ず、父の罪を暴くつもりよ。まあ、本当に病死ということもあるのかもしれないけれど」
「アラティア様……」
私は、ゆっくりと自分の本心をラナーシャに打ち明けた。
その言葉を受けて、ラナーシャの表情は変わる。強く凛々しいものに。
つまり彼女は、決意したということなのだろう。それなら私も覚悟を決めなければならない。彼女やマグナス様と一緒に、真実を暴く覚悟を。




